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第5話 港町ペンデュラム

 シンクとイズは砂浜から十分ほど歩いた先にある港町ペンデュラムまでやってきた。


 ペンデュラムの市街地はカラフルな石を敷き詰めた道路と規則的に並ぶガス燈が整備されており、木漏れる陽光に照らされながら朝食をいただく人や散歩を愉しむ老夫婦や親子の姿がある。


 落ち着いて優雅な時間が流れる港町。そこでまず最初に行ったのは宿屋探しだ。


 流石に疲れたし、先ほど食べた鳥だけではお腹が満たされない。そんなシンクたちはお金はないが困っていることを伝えれば泊めてくれるだろうとラミアーヌ島での感覚で宿屋の店主に話を進める。


 しかし何件宿屋を巡っても一文無しの二人を泊めてくれるところはない。


 イズと一緒にぶつくさ文句を言っていると後ろをついて来たルシアが呆れた表情でお札を手渡してきた。


「さすがに見てらんないわ。これで濡れた服の代わりを買って、余ったお金で宿屋に泊りなさいな」


「おおー! 優しいじゃん! ありがとー!」


 イズがお札を受け取ろうとしたため、シンクはその手を叩いた。


「痛っ⁉ なにすんだよ!」


「良く考えろ、イズ。外界ではお金が全てらしい。それは今よくわかったな?」


「ああ。よくわかった」


「と言うことはだぞ。このおば……ルシアが大事なお金を何の見返りも無しに俺たちに渡すなんておかしい! 何か裏があるぜ!」


「そ、それは本当か⁉ 一体全体俺たちをどうするつもりなんだ⁉」


 イズの反応が面白かったのか、ルシアは笑いながら手を振った。


「何もしないわよ。本当に見かねただけ。でもそんなに疑うならあんたたちのことを教えてよ。生まれ故郷とかさ。それが見返りってことで!」 


 シンクはリスクがないか脳内シュミレーションしたが、すぐに思考を放棄してお金を受け取ることにした。リスクより今は熱いシャワーを浴びて、昼寝をして、暖かい食事をとりたいという欲求が勝ってしまった。


 気まずい気持ちを抱えながらシンクは手を差し出す。ルシアは微笑みながらお札を手渡してきた。


「はい、どうぞ」


「どうも……」



 お金を受け取り、ルシアと一緒に服を購入した後、宿屋にチェックインしてシャワーを浴びた。


 そして軽く昼寝をしてから宿屋に併設されるレストランでルシアに昼食を奢ってもらいながら、シンクはこれまでの生い立ちなどをかいつまんで話した。


「なるほどね。社会から孤立した島の出身だったの。ド田舎出身だとは思ってたけど……あんたらが非常識なのがよくわかったわ。それにしてもラミアーヌ島なんて初めて知ったな。それに希少なラミア石を二つも所有する老婆。八歳の子供を旅立たせる島民たち。うーん……」


 ブツブツと独り言ちるルシア。約束通り聞かれたことには全部答えたシンクだったが、冒険前日の夜、ヤエとマザーケトが話していたアクソロティ協会とセカンドチルドレンの話だけは避けることにした。


 あの日の話は未だよくわかっていない。しかし、あれだけ深刻に話していたのだから外部には漏らさないほうがいいと考えたのだ。


 そんなシンクの苦悩を知らないイズは呑気に煮込みハンバーグを食べている。


「ラミアーヌ島知らないのはおばさんが無知なだけじゃないの?」


「お姉さんだって何度言えばわかるのかしら……この口? この口がいけないの?」


「ひゃ、ひゃへほよ……」


 ルシアは笑顔でテーブルの向かい側に座るイズの口を引っ張る。その隣でスープを飲み干したシンクはルシアに目を向ける。


「これでわかったろ? この石は俺たちにとって大切な贈り物なんだ。外界でどれだけの価値があるかは知らないけど、これだけはやれないぜ」


「盗ったりしないわ。確かにとても希少価値はあるし、喉から手が出るほど欲しいものではある。けどね、見くびってもらっちゃ困るわ。私だってそれくらいの節度は持ち合わせてるのよ。――それにしてもあんたは賢いのね。頭の悪いガキどもかと思ってたけど……お姉さん賢い子は好きよ」


 ルシアは笑いながらシンクの頭を撫でてきた。


「やめろよ。俺の頭を撫でるな」


「あっはっはっは! シンク照れてやんのー!」


「はあ⁉ 照れてねえよ! ふざけんなイズ!」


 そんな話をしていると突然、店にサーベルや銃を持ったガラの悪い男たちが怒鳴り声を上げ、レストランに入店してきた。


 先ほどまで穏やかだったレストランは凍り付いたように静かになり、店内の人たちはうつむいて動かなくなった。


 穏やかじゃない状況。シンクは様子をうかがっていると、そのうちガラの悪い男たちの筆頭らしき者が目当ての客に近づいていく。


 そしてわざとらしく両手を広げ、歓喜の声を上げた。まるで感動の再会をしたと言わんばかりに。


「おお! ディランくん! バレリーちゃん! 先週急に行方くらましたと思ったらこんな辺境の港にいたんだね! 俺たちとーっても心配したんだよ! ゴルフィート様も凄く心配してた! なあ、どうして何も言わず急にいなくなっちゃったのさ⁉ 俺たちのこと嫌になった? それとも別の理由?」


 ディランと呼ばれる男はガタガタと体を震わせうつむいている。


「ちょ、ちょっと……体調が悪かったんです。それで……その……船を降りて病院に。今はその……調子が良くなったんで食事に……」


「おやおやそうかい。それは大変だったね。うちには立派な船医もいたのにそんなに大病だったんだね? ――それでバレリーちゃんはどうしてここへ?」


 バレリーと呼ばれる女性もうつむいて体を震わせている。


「私も……体調が優れなくて……病院に。それで……体調が戻ったので昼食をしようとしたら……偶然ディランさんと会って……」


 明らかに見え透いた嘘だとわかる。それでも男は笑顔を崩さない。それが余計に不気味に見える。


「そうだったのか。そんなときに話しかけちゃって悪いね。まあゆっくり食事してくれ――って、んなわけあるかい!」


 男はディランの頭部を掴みテーブルに叩きつけ、バレリーは悲鳴を上げた。男に顔を持ち上げられたディランは鼻血を出して苦しそうに呻いている。


「ディランよお……俺たちはお前とバレリーのことよく知ってんだぜ? 嘘はやめてくれよ。俺は嘘と海鮮料理が……大嫌いなんだよ! おら! わかってんのか⁉ 殺すぞコラ!」


 何度もテーブルに叩きつけられたディランの顔は血にまみれている。けれど抵抗する気はないようだ。テーブルに置かれた皿が割れ、食べかけの料理は白布を色彩深く染め上げる。


 バレリーは頭を抱えて泣き叫ぶばかりで店内はうつむいたり、頭を抱えて机の下に隠れている者もいる。


 シンクは振り向くと椅子に座っていたはずのルシアの姿がどこにもない。すると何かをすする音が聴こえ、テーブルの下を覗くとルシアは何事もなかったかのようにコーヒーを飲んでいた。


「こんなところでなにやってるんだよ。誰も助けないみたいだけど、あいつ助けなくていいのか? このままじゃ死んじまうぞ」


「助けなくていいのよ。あんたたちは知らないだろうけど、ゴルフィート団みたいな野蛮人は世界中に大勢いるの。一応、野蛮人を取り締まる組織もあるけど、こんな辺境の港町じゃすぐに助けなんか来ないでしょうね。だから面倒ごとには関わらないのが得策ってこと」


 イズはテーブルの下で料理を食べながら悩ましい顔を見せている。


「わからん! どうして住民は一致団結してゴル、ゴル……ゴルなんとか団を倒さないんだ?」


「空挺海賊ゴルフィート団。奴らはゴルフィートを親と慕う家族組織なの。もしゴルフィートを倒してもその家族たちに延々と命を狙われ続けることになる。ゴルフィートの家族を倒してもまた同じこと。だから見て見ぬふりが一番」


 説明を聞いたシンクはディランたちに目線を移す。


「なるほどな。それであんたは何でわざわざ隠れる必要があるんだ? そのゴルフィート団と関係あるのか?」


「えーっと。それは……そう! ゴルフィート団の団長、ゴルフィートは美しい女性に目がないの! 私みたいな美しくてナイスバディな女性を見つけたらモノにしたいって思うでしょ? ――ってあれ? あんたたちどこに……って、げっ!?」


 ルシアとの会話を早々に切り上げたイズは海鮮料理を食べながらゴルフィート団の前に立ちはだかっている。それを確認したシンクは団員からディランとバレリーを引き離す役目を果たすことにした。


「大丈夫かお前? お手拭タオルしかないけどこれで止血しろよ。――姉ちゃんはなにやってるんだ!? 恋人なんだろ!? 止血手伝ってやれ!」


「す、すまない坊や……でも俺は大丈夫だから逃げなさい。こんなことしたら命が危ない」


「そうよ。お姉さんたちは大丈夫。だから早く逃げて」


 自分のことより他人の心配をするお人好しの二人。その姿を映したシンクの瞳が天井を映し、自然と溜息をついた。


「全然大丈夫じゃねえだろ。お前らバカか? 今の自分の状況もわからないわけ? このままじゃあんたら殺されるぜ」


「わ、わかってるさ……でも……どうすることもできないんだ。俺たちには力がない……もう、死ぬ運命なんだよ」


「全然わかってないね! まあ、黙って見てろよ」


 虚勢ではない。確固たる意志でそう言い切ったシンクの視界が海鮮料理を食べ続けながらゴルフィート団の前に立つイズの背中を映した。


 子供が呑気に海鮮料理を食べながら大人たちの会話に割って入る。そんな光景だ。心の広い大人なら笑って諭すかもしれない。けれど相手は荒くれ者。割って入ればどうなるかは火を見るよりも明らかだ。


「どけっつってんのがわからねえのかクソガキ! お前から先にぶっ殺すぞ!」


 飛び交う罵声。しかしイズは相変わらずのマイペースさで海鮮料理を食べ続ける。


「おっさん海鮮料理嫌いなんだろ? もったいねえな。こんなに美味いのに」


「このくそガキ……俺の前で海鮮料理食ってんじゃねえ! 俺はなあ、ガキの頃に食べた海鮮料理で中毒になって死にパクったんだ! それ以降なぁ、海鮮料理見るたびに吐き気がすんだよ!」


「そ、そうだったのか……なんかごめんな」


 イズは急いで料理をたいらげた。


「いや、わかればいいんだよ。――ほら坊主。要は済んだだろ? さっさと退け……ってまた店の料理勝手に食い出すんじゃねえ!」


 イズは他のテーブルにあったパスタ料理を手に取り、美味しそうに食べている。


「なんだよ……別の料理ならいいだろ?」


「ダメに決まってるだろ! それはお前が頼んだ料理じゃないだろ! 金も払わないで人の料理食ったら犯罪なんだぞ! そんなこともわからないのか!?」


「あっはっはっは! ――ばれたか……」


「て、てめえ……ふざけてんじゃねえ!」


 怒鳴り声を上げた男はイズがちょうど食べ終わった空の皿を手で叩き、腰のサーベルを抜いて大きく振りかぶる。そして勢いよくイズに振り下ろされて店内に悲鳴が響き渡る。


 しかしイズは指先に挟んで刃を止め、男は青ざめていく。イズは目の前のサーベルを少しずらし、男にしっかり顔を合わせた。


「あっぶねーなー! ――こりゃあ……お仕置きだ!」


「い、いや! ちょっと待て!? お前まさか……」


 笑みを浮かべたイズはサーベルを掴んだまま左手に拳を作って男の腹部を殴る。すると男の体は木製の扉を突き破り、外に放り出された。


 そのまま男の体は地面に二回ほど跳ねた後、転がりながら欄干にぶつかり、ようやく勢いを失った。


 その光景を見た他の団員たちは激高し、イズに銃口を向ける。


「銃弾は当たると痛いんだよなー。 ――なあ、シンク。お前刃物の扱い得意だよな?」


 イズは持っていたサーベルをシンクに投げ、後方に下がった。シンクはイズと立ち位置を交換するように前に出て、サーベルを振り回して感覚を掴む。


「俺こんな刃の長いものは使ったことないんだけど……まあ、なんとかなるか」


「後は頼んだ! 俺は飯にする!」


「お前! まだ食うのか!?」


 シンクが後ろを向いたとき、三発の銃声音が店内に鳴り響いた。シンクはすぐさま向き直ると舞うようにサーベルを振った。迫り来る銃弾は二股に別れ、店内の壁に銃創痕を残す。


 その光景に団員たちは絶句している。


「まだやる気あるなら相手になるぜ?」


 シンクが一歩前に出て睨み付けると団員たちは血相を変え、急いで店の外に出ていった。


 その光景を目の当たりにして、イズは思い出したように店員からマジックペンを借り、外で倒れている男に駆け寄った。そして男の顔に落書きをしてから、腰を抜かしている団員たちに声をかける。


「ぷっ。見ろよこれ! 起きたらきっとびっくりするだろうな。こいつどんなリアクションとったか教えてな? 明日でいいから。俺たちはあそこの宿屋に泊ってるからさ」


 宿屋を指差しながら満面の笑みを向けるイズ。その目の前には、顔面に幼稚な落書きが施された男が倒れている。


「ち、ちくしょうー! 覚えてやがれー!」


 団員たちは倒れた男を抱え、半べそをかきながらレストランから去っていく。その後ろ姿をシンクは大笑いし、イズは何度も手を振っている。


「リアクション教えに来てくれよー! 絶対だぞー!」


 そしてすぐ二人で店内に戻ると一斉に拍手が沸き起こった。


「ありがとう! キミたち本当にありがとう!」


 ディランとバレリーから何度も何度も感謝の言葉を口にされる。イズは嬉しそうに優越感に浸っている中、シンクはルシアの独り言を耳にした。


「あんたたち。もしかして……」

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