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第29話 戦いの役目

 何もない空間から突如として発生した真空の刃。その発生元からぼんやり人の輪郭が浮び上がると一気に色を帯びてガルマードが姿を現した。


 右腕に感じる激痛を我慢しながら力を込め、筋肉で血流を抑制したイズは上着の一部を破って切断部を覆う。そして一応の止血を行った後、高笑いをしながら近づいてくるご機嫌のガルマードに目を向ける。


「第二ラウンドだ、クソガキ。貴様は殺すと言っただろ?」


「あー確かにそんなこと言ってたね。でも不意打ちとかずるくない?」


「これが戦略だ。貴様だけなら先ほどの攻撃避けられただろう。しかしノロマなリコを庇うため必ず助けに入ると確信していた。戦闘において相手の弱点を狙うのは基礎中の基礎。何か反論はあるか?」


「反論はありません! ガルマード先生!」


「そうか。では冥土の土産に俺が貴様のためだけの特別授業をしてやろう。光栄に思え」


「マジ!? 俺のための特別授業!? やったー!」


 喜びながら左手を上げるとガルマードはニヤリと笑う。


「右腕が無くなり、出血で身体機能が低下した状況でどれだけ強がれるか見ものだな」


「バカ言うな。俺は元気満々だぜ!」


「そうか。ならば手加減はいらんな」


 言葉の終わり。ガルマードは黒のオーラを纏うと肉体が不自然に隆起した。最初は黒い木の根が体を這いずり回っているのかと思ったが、よく見ると小さな蜘蛛だ。


 蜘蛛が体内の至る所に入り込み、筋肉を隆起させているように見せている。けれどそれがどういう効果を得るかイズにはわからない。


 だから注意深く観察していると次第に皮膚が黒光りし、腕が枝分かれして四本になり、背中から鋭利な鎌のようなモノが生えた。


 殺気が研ぎ澄まされ、体に纏うオーラの量が抑えられると完成を見た。これがガルマードの戦闘に特化した形態なのだろう。今までと比較にならないくらいのプレッシャーを感じる。


「行くぞ、クソガキ!!」


 罵声と同時に一気に距離を詰めてきたガルマードは拳を振り下ろす。音のように速い拳だがグレムリンの光線よりは遅い。


 しっかりと拳の打つ地点を見極め、二発目、三発目と続く拳や鎌の攻撃を想定しながら回避し、わずかに空いた防御の隙間を突いて回し蹴りを繰り出す。


 大きな乾いた音が大地に響く。蹴りはガルマードの腰に当たったがダメージを受けた様子はない。


「貴様の攻撃効果は理解した。オーラは感じないがおそらく侵食系の魔術だろう。そうとわかればいくらでも対策を講じられる。あまり俺を舐めるなよ、クソガキ」


「じいさんなんか舐めないって。それに今のキックは魔術じゃない。メガトン勇者キックだ」


「ふん。ふざけやがる。それならこれはどうだ!」


 プレッシャーが強まりさらに攻撃速度が上がった。老齢に見合わぬ流れるような華麗な連撃を繰り出すガルマード。避けきれない攻撃は確実に左腕で払うが直撃したかのように重い。


 体から少しずつ生命エネルギーが抜けていくような感覚があり、強い虚脱感を覚える。今のイズにガルマードを倒せる余力や策はない。


 それなのに何故だろう。敗色濃い戦いで、負けたら間違いなく命を奪われる戦いで、どうしようもなく胸が高鳴る。


「貴様。そんなに俺に痛ぶられるのが楽しいか?」


「痛ぶられるのは楽しくないよ。でも戦うのは楽しいな。なんかワクワクする。俺って変かな?」


 仲良くなる気なんて一切ない。高揚して抑えきれない気持ちの赴くままにそんな問いかけをしただけだ。


「ふざけたクソガキだ。貴様のようなクソガキ。俺は人生で一度も見たことがない」


 そう語るガルマードの鎌を後方に飛んで避けたイズは乱れる呼吸を整える。


「まあそんなことはどうでもいいことだ。貴様はもうじき死ぬ。血を流し過ぎだ」


 止血はしている。けれどガルマードの言うとおり血を流し過ぎた。体は普段のように言うことを聞かないし、少し動くだけで息切れする。このままではガルマードと会話しているうちに倒れてしまいそうだ。


 先ほどから見えない巨大な手に体を握られているかのような感覚を受けるイズはぼんやりとし始めた目を擦りながらガルマードと対峙する。



 今すぐ助けに入らなければ。このままではイズが殺されてしまう。そう思うのに身体が言うことを聞かない。


 リコは自分の不甲斐なさに悔しさを感じながら拳を握る。その拳を包み込む感覚があって隣に目を向けるとミウも悔しそうな表情を浮かべていた。


「私、魔力を使い切って何もできない。オーラすら感じ取れないの。だからイズくんに何も手助けしてあげられない」


 そう言ってミウは拳を握ってきた。本当に悔しそうに。


 ミウはグレムリンを倒すのに全ての魔力を使い切ってしまった。でもリコは一度も魔力を使ってない。言わば万全の状態。万全でないのは心だけ。


 心が平常でないのはガルマードが怖いからだ。過去に受けた指導を思い返すだけで嘔吐してしまうほどの恐怖が心に刻まれている。


 命令を素直に聞き、都合の良い子を演じ、魔術師としての結果を出せば指導されることはない。今までずっとそうしてきた。先生たちの期待に応える健気な優等生を演じてきた。


 けれどセカンドチルドレンたちを深く知るようになり、どれだけ待遇の差が、差別があったのか理解したとき、自分の中に自我が芽生えた。


 このまま虐げられて生きていくだけの人生は嫌だ。自分も誰かに愛されて生きていきたい。自分の好きなことをして生きていきたい。そう思って小さな抵抗をしてきたのだけれど、実際は子供の力だけではどうすることもできない。


 そんな葛藤を抱えているとき、変えられないと諦めかけていた自分をイズが変えてくれた。自分の欲しかったものに気づかせてくれた。


 そんな恩人とも呼べるイズが死に物狂いで戦っている。憎くてしょうがない男と。


 一人なら怖くて対峙するなんて無理だ。でも今は一人じゃない。恩人のイズと親友のミウが近くにいる。戦うべきは今。己の恐怖と対峙するのは今だ。


「ミウ。気を遣わなくていいから正直に答えて。私がイズくんと一緒に戦ったらガルマード先生に勝てそう?」


 そう言ってミウに目を向ける。ミウは少し驚いたようだったがすぐに真面目な顔で考えた。


「勝てないと思います」


「そう。ならどうしたら私イズくんの役に立てると思う?」


 自分では何も思いつかない。だから素直に問いかけることにした。もう今さら恥ずかしいと考えている場合ではない。恩人のためなら何でもやってやる。


 そんながむしゃらな気持ちをミウにぶつける。


「そう……ですね。リコちゃんの魔力を私に譲渡していただければイズくんの体力は回復できますが……」


「魔力を譲渡って……他人の魔力を変換して取り込むってこと? そんなことできるの?」


「かなり難しいので譲渡された半分以上は取りこぼすかもしれませんが可能ではあります。でも問題はいただいた魔力でイズくんを回復させて、それでこの事態を解決できるかどうかです」


「イズくんの回復じゃなくてミウが魔術でガルマード先生を倒せばいいじゃない。グレムリンを倒したみたいに」


「あれは莫大な魔力を消費するので……」


「ふーん。私からちっぽけな魔力貰ったところで足しにもならないってわけ」


「そ、そうじゃなくて――」


「――いいのよ、気を遣わなくて。本当のことだから。それよりイズくんのことで気になることがあるの」


「気になること?」


 イズのことで気になること。それはオーラを放出せずに肉体強化していることだ。しかも戦えば戦うほど身体能力が向上し続けている。これはヴォイニッチですら驚愕していたことだし、イズの理解できない成長速度と人間離れした強さはリコも目の当たりにしている。


「イズくん凄く強いけど魔術を行使したわけでもオーラで肉体を強化したわけでもない。それどころか多分アクソロティも投与されていないと思う。普通の人じゃ有り得ないことでしょ? 憶測だけどこれは親の遺伝に関係していて、何か問題があって魔力を扱えないんじゃないかしら。もしそうならその問題を一時的にでも解消できればイズくんは今よりもっと自由に力を使いこなせるかなって思ったの」


 アクソロティが普及し始めた近年。魔術の才能が開花しなかった両親から生まれた子供がアクソロティ無しで自発的に魔術を行使できる事例も増えていると授業で学んだ。


 魔術の才能という点を差し引いて考えればイズの強さはセカンドチルドレン級。だからと言ってセカンドチルドレンであるかどうかはわからないが、いずれにしても魔力がなければイズの人間離れした強さは説明できない。


 魔力は必ず目に見えない魔力炉という臓器から生成され、魔術集積回路を通って魔力が可視化されオーラとなり、そして魔術を行使する。これは自然の摂理だ。人類が魔術を行使する際、全てこの工程を辿る。例外はない。


「イズくんの力については私も不思議だなって思ってました。――そう……ですね。なら……それに賭けてみます?」


 そう言ってミウが微笑んだ。その笑顔が見られれば十分だ。説明を聞いている時間が惜しい。防戦一方のイズが今にも倒れてしまいそうだ。


 リコはオーラを放出してミウの手を固く握る。一刻も早く魔力を譲渡できるように。


「ええ。それに賭けるわ」


 一方のミウは不思議そうな顔をしている。


「説明……聞かなくていいんですか?」


「賭けるのはイズくんのポテンシャルにじゃない。私の親友に賭けるの。失敗してもいいからやれることやってみなさい。私は魔力を譲渡して、ミウの邪魔をされないようにガルマード先生……いいえ、ガルマードを全力で止める。それが私の役目」


「でも……リコちゃん。その――」


「――私はミウを信じる。だからミウも私を信じて。すぐに死んだんじゃ足止めにならないでしょ? 大丈夫。ガルマードと会話して時間を稼ぐわ。――ってかもうこんな機会ないだろうからあの筋肉ハゲじじいに今までの恨みつらみ全部ぶつけてやる! 今から楽しみで仕方ないわ!」


 本当は怖くて怖くて仕方なかった。でも自分を奮い立たせるため、イズの真似をして笑顔で強がって見せた。するとミウは愉しそうに笑い声を上げる。


「リコちゃんお口悪いですよ? でも私そんなリコちゃんが大好きです! ――では……早速行きたいと思います。もし心の準備が必要なら待ちますけど、どうします?」


「私にそんな時間必要ない。魔力の充填ができたらいつでも行って構わないわ」


「カッコいいです! リコちゃん! ――では……瞬間移動します!」


 その言葉と共に視界が一瞬で切り替わる。目の前に現れたのはイズの背中。その背中をミウが急いで抱き締める。


 それを横目にリコは駆け出してガルマードの前に立ち塞がる。ミウの邪魔をさせるわけにはいかない。


「おい。邪魔だ。どけ」


 強烈なプレッシャーを放つガルマード。相変わらず恐ろしい顔をしている。


「いいえ。邪魔させてもらうわ、ガルマード」


「なるほど。自殺希望か」


 怖くて足がすくむ。でも負けるわけにはいかない。リコは自分を奮い立たせながら漆黒のオーラを放出してガルマードに余裕の笑みを見せた。

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