第4話 漂流少年とおばさん
リズミカルに打ち寄せる波。白い砂浜。朝方の海岸は人影がなく、海は穏やかで波の打ち寄せる音と海鳥の鳴き声が聴こえてくる。
その穏やかな朝の海岸の雰囲気をぶち壊すように立ち上がり、イズとシンクはずぶ濡れ姿で大声をあげた。
「本当に死ぬかと思ったぞー!」
「なんだよあの天候! 許さねえー!」
イズたちはラミアーヌ島を出航して意気揚々と船を進めたのだが、出港時の穏やかな天候から一変し、激しい雷雨や高波に襲われた。
困難を極める航海。必死に舵をとって進み続けるも努力虚しく船は転覆。そのまま海に投げ出されてしまった。
その後の事はよく覚えていない。とにかく必死に泳ぎ、気付いたときには岸まで辿り着いて現在に至る。
立ち上がって叫んだが、不眠不休で神経を張りつめていたせいか力なく倒れた。
お腹が空いた。喉も乾いた。食事にしたい。けれど船が転覆したときに荷物を全て海に流されてしまい、飲食物、衣類、お金、大切な勇者冒険譚まで無くしてしまった。
唯一あるのは首に下げていたラミアーヌの滴だけだ。
ドキドキでワクワクな楽しい冒険が待っていると思っていたが、実際はそう甘くないと現実を突きつけられたようで気が重い。
それに先ほどからチラチラと綺麗なお花畑が見えるし何だか眠い。このまま寝てしまおうかな、とイズは考えているとシンクがせわしなく体を揺らす。
「なんだよ。今、せっかく綺麗なお花畑を見てたのに……」
「おいイズ! 死にかけてる場合じゃねえぞ! あれ見ろよ!」
イズはかすむ目をこすりながらシンクが指し示す先に目線を移す。そこには全長一メートルはある綺麗な青い鳥が砂浜で羽を休めていた。
イズは唾を飲み込んでシンクを見つめる。
「鶏肉だな……」
「ああ。鶏肉だ……」
◆
朝の爽やかな海風でブロンドの長髪をなびかせる女性ルシア・フェルノールは周囲を注意深く観察しながら海岸沿いを歩く。
ルシアは七聖鳥を捜して東大陸にある辺境の海岸まで追いかけてきたのだが、浜辺に着いた途端見失ってしまった。
七聖鳥という神の鳥は産卵時ラミア石と呼ばれる宝石のような赤い石を一緒に産み落とす性質がある。
このラミア石は希少性の高さから未だその性質を解明できていないが、災いから子供を遠ざける守りとして伝承されている。
そんな石を手に入れるため、七聖鳥の足取りを追ってきた先に二人組の子供がたき火をしている姿を見つけた。
ルシアは消えかけた望みを繋ぐべく、子供たちに声をかけることにした。
「ねえ、そこのあんたたち。この辺に七聖鳥が飛んで来なかったかしら?」
二人は咀嚼しながらルシアの方を振り返り、それから互いの顔を見合わせた。
「しちせいちょうってなんだ? わかるか、シンク?」
「蝶の種類じゃね? ――俺たちそんなの見てないよ」
銀髪の子供はルシアに目線を戻す。
「そう。それはざんね……ん?」
ルシアは子供たちの周りに七聖鳥の羽根が散乱していることに気づく。さらに注意深く観察すると子供たちは香ばしい匂いのするこんがり焼けた鶏肉を持ち、それを美味しそうに頬張っていた。
状況証拠的に何が起きたか明白ではあるが、ルシアはしっかりと言質を取るため恐る恐る子供たちに確認する。
「あんたたち……七聖鳥食べてないわよね?」
「食べてないよ。――なあシンク? そもそも蝶って食べられるのか?」
「さあな。でもあんまり美味しくなさそうだよな」
「七聖鳥は蝶じゃなくて鳥よ。青色の羽根を持つ大きなひな鳥。この浜辺に散乱してる羽根が七聖鳥のものなんだけど……」
「ああ、これなんだ! じゃあ食ったよ」
「食った食った。この鳥、味付けしなくても美味しいよな」
「ああ、美味だよな」
予想通りの結果にして困惑していると、それを見た銀髪の子供は何かを閃いた顔でルシアに香ばしい鶏肉を差し出してきた。
「ほら! 鶏肉食べたいんだろ? 少しだけならわけてやるぜ」
ルシアは後ずさりをして手を振った。そんな罰当たりなこと絶対にできない。
「た、食べないわよ! 神鳥を食べるなんてどうかしてるんじゃないの⁉ 罰当たり過ぎるわ!」
鶏肉を頬張る黒髪の子供は不思議そうな顔をルシアに向けてきた。
「え? おばさん鶏肉嫌いなの?」
「お、おば……。私はおばさんなんて年齢じゃないのよ! まだ三十三歳よ!」
おばさんとは聞き捨てならない。これは七聖鳥を食べたことを叱るより先に教えるべきことがありそうだとルシアは拳を握る。
そんなルシアの思いなどつゆ知らず、黒髪の子供は話を続ける。
「三十三歳じゃおばさんだろ。もう結婚して子どももいる年齢だろ? 違うの?」
「そんなこと初対面のあんたたちに話す必要ないわよ! ――だいたいなんなのあんたたち⁉ 失礼にも程があるわ!」
その言葉を聞き、二人がにやけた。
「ぷっ。聞いたかシンク? 絶対結婚してないぜ、強がりが見え見えだよな?」
「イズ。そんなこと言ってやるな。おばさんはきっとそのことを悩んでるんだ」
「悩んでないわよ! 私は東方の三賢者と言われる凄く偉い人なの! それにデートの誘いや求婚されることなんて沢山あるんだから! 知的でクールビューティーなモテる女なんだから!」
黒髪の子供はルシアをチラチラと見ながら銀髪の子供に話しかける。
「だってさシンク。おばさんモテなさすぎて妄想と現実の区別ついてないよ」
銀髪の子供もルシアをチラチラと見ながら黒髪の子供に話しかける。
「そうでもしないと現実を生きて行けないんだって。でもあれじゃん? 結構年上のおじさんにはモテそうな体つきしてるよな?」
また始まったと言わんばかりに黒髪の子供は溜息をつく。
「お前本当に女の趣味悪いのな。こんな太たらしい体型のどこがいいんだよ?」
「俺の話よく聞けって! 俺の趣味じゃなくておじさんからモテる体型だって言ったんだよ!」
憎たらしい子供二人が当事者を無視して盛り上がっている間、ルシアは両手で拳を作るとそれをそれぞれの頭に落とした。
銀髪の子供は頭を撫でながらルシアを睨み付ける。
「痛ってなー! 何も殴ることないだろ、おばさん」
ルシアも負けじと腰に手を当て、鼻を鳴らし睨み付ける。
「さっきから言いたい放題言ってくれたわね。まず私はおばさんじゃないの! そもそもあんたたち何歳?」
「八歳だよ」
「八歳って言ったら私のむ……まあいいわ! じゃあ私と二十五歳も離れてるってことよね? それならまず目上の人を敬いなさい。それとあんたたちからしたら私はおばさんかもしれないけど、社会的にはお姉さんなの! わかった?」
「わかったか? イズ?」
「わからん! 俺たちから見ておばさんならあんたはおばさんだろ?」
「お、ね、え、さ、ん! 私はお姉さんなの!」
ルシアのあまりの迫真ぶりに銀髪の子供は諦めたように頷いた。
「わかればよろしい。それと私は太ってない! ボンキュッボンなの。スタイル抜群なの。ガキのあんたたちには大人の魅力がわからないでしょうけどね」
「ウソつけ! 証拠あるのかよ!」
黒髪の子供の言葉に対抗意識を燃やしたルシアは上着を脱ごうと裾に手をかける。
「いいわ。証拠を見せてやろうじゃないの。今から裸になるからじっくりと――」
銀髪の子供はこの状況が耐えられなくなったようで、黒髪の子供に変わって話を引き継いだ。
「――わ、わかったよ! おば……いや、お姉さんはスタイル抜群だ! だから服を脱ぐな」
「あらそう? まあわかればいいわ」
ルシアはそう言いながら脱ぎかけた服を着直した。
「まったく。あんたのせいで話が脱線しちゃったじゃないの」
「脱線させたのはおばさんだけどな」
即答する黒髪の子供を睨みつけた。
「はい? なんか言った?」
黒髪の子供が再び言い返そうとすると銀髪の子供に口をふさがれた。
「イズ! 余計なこというな! 話が進まないし、それに俺は疲れた……」
◆
互いに自己紹介を終えたシンクとイズは、ルシアから七聖鳥は食べては駄目な鳥であることを説明された。説明が終わったところでルシアの目線が二人の首飾りに向く。
「ねえ。さっきから気になってたんだけど……。これってもしかして……本物のラミア石?」
「えっと……。なんだったっけ? シンク」
「多分、おば……お姉さんの言ったとおりラミア石なんだろうな。島ではラミアーヌの雫って呼んでたけど外界では呼び名が違うのかも」
「頭いいな! さすがシンクだぜ!」
その答えにルシアの目が輝いた。
「ウソ! やっぱりそうなのね! ちょっと見せて?」
シンクは首飾りを手渡すとルシアはじっくりと石を見つめている。まるでこの石を欲しがっているかのように。
ひとしきり見終わった後、ルシアは微笑んだ。
「あのー。もしよかったらこの石――」
「――よし! 飯も食ったしそろそろ行くか! イズ!」
「よっしゃ! ようやく冒険の始まりか!」
シンクはルシアの手から石を取り返して立ち上がった。シンクは思い出したのだ。マザーケトからラミアーヌの雫は大事な物であり、貴重であるため外界の人には見せるなと。
この石を狙う者は外界では多いのかもしれない。ルシアの目が変わったのが良い証拠だ。
「ちょっと待って! あんたたちに色々聞きたいことがあるの。ねえ、聞いてるの? ねえってば!」
冒険は早くも前途多難。それでもシンクとイズは期待に胸を躍らせ歩を進めた。




