第13話 突然の相手
ガルマードとの夜の食事はうやむやになり、リコという女の子の制裁を防いだお礼としてルシアはイズとエリウェルをおもちゃ屋に連れて来た。
おもちゃは旅をする上で邪魔になる。なのであまり買い与えたくないのだが、イズがあんなに頑張ってくれたのだから今日くらい甘やかしてもいいだろう。そうルシアは考えた。
ティンバードールにおもちゃ屋は何軒かあるが、イズの欲しがる変身ベルトと超合金ロボットを二つとも販売しているお店は一店舗しかない。このため昨日来たばかりなのに今日も同じお店にやってきた。おかげで店員に顔を覚えられてしまったようだ。店内で大はしゃぎするイズを見て店員たちが笑っている。
ルシアは笑顔で頭を下げながら店員をやり過ごし、変身ベルトが飾ってある陳列棚に向かう。けれど二人の姿はない。周囲を見渡すとショーケースの前に立っていた。
「欲しいのあった?」
そう訊ねながらショーケースを覗き込むと変身ベルトが展示してある。その値札を見て驚愕した。
「え!? このおもちゃ一つで一週間分の宿泊代払えるじゃない!?」
最初にイズに買い与えた通常版変身ベルトでさえ一日分の宿泊費と同じで、イズが欲しがっていたマスターグレードは宿泊費三日分だった。今、目の前に展示されているのはパーフェクトマスターグレード。昨日までは魔法少女変身セットだったはずなのに今日に限って展示品を変えたらしい。
余計なこと。こんなの見たらイズは絶対におねだりしてくる。そう思っていると案の定、目を輝かせるイズが買って買ってオーラを出している。
「なあルシア? あれ、凄くかっこいい変身ベルトだと思わない? 俺、今日すごく頑張ったんだから買ってくれるよな?」
ルシアのスカートを掴んで甘えた声を出してくるイズ。けれどそこまで甘やかす気はない。こうやって際限なく甘やかすと本人のためにならない。甘えることが癖になってしまう。
「マスターグレードって約束でしょ? 駄目よ」
「そんなこと言わないでさー。買ってくれよー。売り切れたらどうするんだよー」
「売り切れてもどうもしない。だって私は困らないもの」
「でもあの変身ベルト。限定品って書いてあるぜ? ルシア限定品好きだろ?」
「限定品ならなんでも好きってわけじゃないの。それに私は限定品だからって散財したことないわ」
「でもでも大事に持っておけば価値が上がるかもしれないぜ?」
「ぼっちゃんはお目が高い!」
そう言ってルシアの隣に寄り添って来た女性店員。
「この正義の仮面戦士ビクトリークレイジーパーフェクトマスターグレードはアストリーク大陸どこのおもちゃ屋を巡っても入手困難な逸品。それが本日入荷したんです! しかも一点だけ! ぼっちゃんの言うとおり単なるおもちゃじゃなく資産運用として所有を検討してはいかがでしょうか? お母さま?」
「でもどうせうちの子おもちゃ乱暴に扱って壊すので。昨日買った変身ベルトも壊しちゃったくらいですし」
「先ほどお子様がおっしゃられていたお話ですと、頑張ったご褒美として変身ベルトをお買い求めいただく予定だとか。それならパーフェクトマスターグレードを資産運用兼観賞用として。マスターグレードを普段使いとして購入なさっては? お母さま?」
「でもでもうちの子悪戯好きなのでどんなに駄目って言っても結局パーフェクトマスターグレードで遊ぶようになって壊しちゃうと思うんです」
「お子様を信頼するのも立派な情操教育ですよ? 人に信頼されて思いやりのある大人に成長するのですから。ですので今日たくさん頑張ったお子様のためにもご褒美を与えてはいかがですか? きっと将来、今与えた優しさがお子様を大きく成長させることでしょう。どうです? 今一度、再考なさってはいかがです? お母さま?」
「そうだぞ? お母さま? 頑張ったお子様のためにご再考なさっては?」
女性店員に便乗したイズはルシアに抱き着いてきた。けれどどんなに甘えてこようが、どんなにセールストークをされようが買う気はない。正面と隣から発せられるキラキラした視線から顔を逸らしたルシアはエリウェルに目を向ける。
「ねえ? エリウェルはどう思う? 高級な変身ベルトなんて要らないわよね? そんなものにお金使うなら三人で美味しい物食べたり映画観たほうがいいわよね?」
エリウェルを経由してイズに諦めさせる作戦。堅実で現実的なエリウェルなら用途が限定された高級おもちゃより三人で楽しい時間を共有できることにお金を消費したいと考えるはず。だから味方に引き込もうと思ったのだが、少し様子が違う。
エリウェルは恥ずかしそうに頬を赤く染めながら恐る恐るルシアに抱き着いてきた。そして瞳を潤ませながら上目遣いで小さな口を開く。
「わ、わたし……。イズの喜ぶ顔……見たい……です」
「か、かわいい……!」
恋は盲目とは言うがエリウェルはイズのためにこんなあざといことまで出来るようになったらしい。女の子の成長速度に感服しつつ、これからエリウェルをレテルに引き渡すと思うと背筋がゾッとした。
物静かで恥ずかしがり屋の純粋なエリウェルを溺愛していたレテル。戻って来た愛弟子があざとさを身に着けたと知ったらどう反応するかわからない。過剰に褒め称えられるか、陰湿な意地悪を受けるか、その二択であることは間違いない。
ルシアは溜息をつきながらイズとエリウェルの頭を撫でた。
◆
エリウェルのあざといおねだりに負けたルシアは結局イズに変身ベルトのパーフェクトマスターグレードを買い与えることとなった。
「ねえ、イズ。お願いだから大事に使ってよ?」
「わかってるわかってる。大事にするから。――どうだ? エリウェル。俺カッコイイか?」
「うん! イズ! すごくカッコイイよ!」
「だろだろ!? やっぱこの変身ベルト最高だぜー!」
どうせ壊してしまうのだろうが、せめてティンバードールに滞在している間だけでも原型を留めて欲しい。そんなことを思いながら会計を済ませておもちゃ屋から出たところで白衣の男に声をかけられた。
「んっん〜ん。きみのその変身ベルト。いかし過ぎやしないかい?」
丸メガネのブリッジを中指でくいっと持ち上げた男は、腰まで伸びた黒い前髪から覗かせる細目をイズの変身ベルトに向ける。
伸ばしっぱなしで無造作な髪。薄汚れた白衣。丸メガネ。その見た目から医者や科学者などの風貌だが、身だしなみが整っていないせいか、どこか近寄りがたい。
「おいおい! メガネのにいちゃん! よくわかってるじゃん! それなら特別に見せてやるぜ! ――俺、変身!」
そう言ってイズは腰に巻いたおもちゃのベルトのボタンを押すと軽快な音楽が流れ始める。
「俺は正義の仮面戦士ビクトリークレイジー! 悪事を働くナイトメヤーめ! 正義の拳でお前たちを抹殺してやる!」
ベルトのスピーカーから仮面戦士ビクトリークレイジーの決め台詞が流れた。腰に手を当てて満足げな様子のイズ。一方、メガネの男は手を叩いて歓声を上げている。
「おお〜! 凄いね〜! カッコイイよ〜! そのベルトはいつでも正義の味方に変身できる優れ物ってわけだね〜! 私も欲しいな〜!」
男の褒め殺しに気を良くしたのか、イズはニヤケ面でベルトのボタンを指差す。通常版にはない特別仕様の決め台詞ボタンだ。
「ここ、押してみ?」
男は言われたとおりベルトのボタンを押す。
「おのれ! 悪事を働くナイトメヤーめ! 世界の平和のため、確実に抹殺してやる! 喰らえ! 俺のコスモジェネレーターソード!」
熱血漢溢れるセリフとともにやかましい効果音が流れる。それから爆発音とともにセリフが続く。
「どうだ! 俺のコスモジェネレーターソードの味は! 地獄でこの味を思い出して泣くんだな! ナイトメヤー! これでお終い!」
男とエリウェルは決めポーズをするイズに拍手を贈る。しかし子供向けおもちゃとは思えない穏やかじゃない言葉はなんとかならないのだろうか。何が子供たちの心に響くのか全く理解出来ない。
「んっん〜ん。最高だね〜。子供向けおもちゃなのにためらいもなく抹殺とか言っちゃうところが実にハイセンスだ。さらにそのセリフを正義の味方が吐き捨てるところが高得点だね〜」
本当にそう思っているのか皮肉なのかわからないが引っかかる点はルシアと同じだ。そもそも突然声をかけてきた男は何者だろうか。
「子供たちの相手をしてくれてありがとうございます。それで……私たちに何かご用でしょうか?」
そう問いかけると男はケラケラと笑いながら白衣のポケットからバングル状のおもちゃを取り出した。
「すみませんね〜お母さん。私、おもちゃを開発してる者でして。おもちゃを見ると興奮せずにいられないんですよ〜。あっ! これ、お近づきの印に」
「は、はあ……。それはどうもありがとうございます」
初対面なのにやたら粘着してくる。あまり関わりたくない相手だ。そう思いながらもお礼を言ってバングル状のおもちゃを受け取るとイズとエリウェルが群がってきた。
「なんだこれ!? めっちゃカッコいいじゃん! 見ろよ、エリウェル!」
「あっ! コレあれだよ!? 仮面戦士ビクトリークレイジの永遠のライバル! 仮面戦士モーマンタインがバイク呼び出すときの機械だよ!?」
「なに!? めっちゃカッコいいと思ったらどおりで!」
バングル状のおもちゃを受け取った二人は早速手首に取りつけると大騒ぎしながら仮面戦士の変身ポーズを真似ている。
「高価な物をいただいたようで本当にありがとうございます。あの、タダでいただくわけにもまいりませんし、少しですがお支払いさせてください」
ルシアはハンドバッグに入っている財布へと手を伸ばす。しかし男は両手を前に出しながら首を横に振った。
「んっん〜ん。子供たちが喜んでくれればそれでいいんですよ〜。お金が目的でお渡ししたわけではありませんし〜」
「そうですか……。では、ありがたくちょうだいいたします。――私はルシアです。あらためて、子供たちのためにありがとうございます」
お礼を述べながら手を差し出す。すると男も間を置かず手を握ってきた。
「私はヴォイニッチです〜」
「ヴォイニッチさんですか。ほら、あんたたちもヴォイニッチさんにお礼を――ヴォイニッチ?」
嫌な名前だ。マレージョの八貴族と同じ名前。だからと言って本人かどうかわからない。ルシアはヴォイニッチとは一度も面識はない。
「あの……私のこと知ってたりしないですよね?」
そう問いかけて答えるとは思っていない。けれどヴォイニッチは丸眼鏡のブリッジを中指でクイっと持ち上げてにやける。
「聖天大魔導士ルシア・フェルノールさんですよね~? 有名なんで知ってますよ~? マレージョの間でも、ね」
「やっぱりあんたがヴィオニッチなのね! ――イズ! エリウェル! 二人は私の後ろに――ってあれ?」
先ほどまで騒いでいた二人の姿が見えない。またいつもの悪戯に出掛けたのかと考えたが、それにしてはいなくなるのが早過ぎる。まるで神隠しにでも遭ったかのように忽然と姿を消した。
ルシアは急いでヴォイニッチのほうに顔を向ける。けれどヴォイニッチもまたルシアの前から姿を消してしまった。




