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第12話 予期せぬ警報

「おいお前ら。大いに反省しろよ」


 ガラハッドとイザークを引きずってリコから遠く離れた支柱の裏手に連れて来たシンクは腕を組んで二人に注意する。けれどあまり効果はなさそうだ。特にイザークのほうは。


「あの女め! この俺に対し、ふざけたことをぬかしやがって! やはり今すぐ懲らしめて――」


「――だからやめとけ。もうこれ以上騒ぎにするな」


 支柱から飛び出そうとするイザークの肩を掴む。シンクは一か月間こんな感じで二人が暴走しないよう面倒を見ながら周囲との調和を取っている。さながら暴れ馬を乗りこなす騎手のように。上手く手綱を引ければ二人は非常に有能だ。


 豪華客船アンヌリーク・ポエル号でレテルから実の息子だと告白された後、シンクはロイケット社交界の目的を聞き、アクソロティ協会と対立するため作戦に協力して欲しいと説明され、半ば強引に仲間にされた。


 突然イズやルシアと離れ離れにされ、一か月後に会えるから作戦に協力してと言われればシンクに断る余地は無い。ロイケット社交界の仲間にならなければ最悪船から追い出されるのではという不安もあったし、エリウェルもいなくなったためシンクは船の中で完全に孤立無援状態。母親のレテルはそもそも論外だ。


 急にレテルから自分は母親だと言われても実感は湧かないし、むしろ狡猾な性格を知っているぶん好意的には思っていない。好意的に思わないのはあまり言葉を交わさないためでもある。


 だから何故自分をラミアーヌ島に預けたとか、父親は誰かとか、そんなことを聞ける関係値にまで至っていない。


 けれど正直なところシンクは自分の出自など興味はないし、レテルが実の母親であっても情が湧かない。レテルにしても息子に対する愛情表現はかなり希薄だ。


 むしろシンクは血の繋がらないルシアに対して母親を感じている。感じているというのは正確ではなく、自分の理想とする母親像がルシアそのものだ。


 ルシアは感情表現が豊かで一緒にいて楽しい。それに知識や経験や愛情を惜しみなく与えてくれるし、魔術師として優秀なのでとても頼れる存在だ。フットワークが軽くとっつきやすいため話は弾むし、慈愛の心を持つため疲れたときは甘えさせてくれる。なにより美人だし豊満な体型が好みだ。


 最高の親友と最高の母親。二人に囲まれながら旅をした半年間はこんなにも楽しく満ち足りた日々だったのかと改めて実感する。


 シンクが今行っていることは人々の、そして世界のためになること。勇者になると言って旅をしていた頃より余程夢に向かっているはずなのに充実感がない。苦労が積み重なるばかり。


 とは言え逃げ出すわけにはいかない。ここで逃げたらかっこ悪いということもあるが、イズやルシアと合流したとき、恥ずかしくて顔向けできない。どうせならしっかりと仕事をこなして堂々と二人に会いたい。そうすれば二人に胸を張って自慢できる。


 妙な高揚感とホームシックにかかったような心細さを感じるシンク。早く二人と合流してまた気楽に旅がしたい。そう考えていると談話室の扉が開いた。


「貴様ら! 待機時間終了だ! 迅速に隊列を組め!」


 どうやら職員会議が終わったようだ。シンクはガラハッドとイザークに目配せをしてから自分たちの潜伏するクラスに戻った。



 十組によるクラスの点呼が終了して教員の言葉を待つ。


 担任、副担任、教育実習助手の合計三十名が列を成してチャイルドヘイブンの生徒たちを見つめる。その様はまさに圧巻だ。今、目の前にいる全員が魔導士階級の者たち。アクソロティ協会は世界を掌握するほどの超巨大組織だが、魔導士階級は魔術師総数の二十パーセントほどしかいない。


 その中で担任になれるのは大魔導士以上。つまり二百名中十名が目の前にいることになる。これはチャイルドヘイブンに限っての話。それより上の教育機関には四十名の大魔導士以上の者たちが魔術教育に従事している。


 大魔導士以上の者たちの実に二十五パーセントが魔術教育従事者。そう言った意味ではアクソロティ協会はかなり魔術教育に力を注いでいる。それもこれも全てはアクソロティ協会長アレン・ローズの方針。神の子供達計画が進められている。


 以前聞いた話だと、アレン・ローズは魔術が飛び交い魔物が跋扈するようなファンタジー世界を本当に実現させようとしているらしい。けれどチャイルドヘイブンで教育を受けた一部の魔術師を除き、全世界の大部分が非魔術師だ。


 その原因はアクソロティの製造に時間と金がかかるからであり、技術的に不十分だからであり、魔術教育を行える教員が少ないからでもある。つまり何もかもが不足している。


 今の状況を見る限り絵本に出てくるようなファンタジー世界が訪れるのはまだまだ先の話だ。そんな夢の世界が訪れる前にアレンの寿命が尽きてしまうのではないだろうか。そうしたらアレン政権が終わり、今の暴力と恐怖で支配するアクソロティ協会が自然崩壊するのではないだろうか。


 そんなことを思いながら列の中にいると視線を感じた。正面以外に目線を向けると指導の対象となるため本来ならするべきではないが、シンクは視線の先に目を向ける。


 そこに立ってたのは鮮血の髪の女性アリティエ・ノヴァだ。チャイルドヘイブンの教員であることは以前に本人も言っていたし、今回の外界実習に来ることもあらかじめ知っていた。だから驚きはしないのだが、明らかにこちらに視線を送りながら笑みを見せつけてきた。


 正体がバレているのだろうか。シンクは不安を感じながらも正面に目線を戻す。もうアリティエを見ないほうがいいだろう。


「よし! 貴様ら! これから外界実習を行う! あらかじめ決められた五名の班となり、一般人の生活に紛れてもらう! 魔術師と思われるような不審な行動は取るなよ! 俺たちが巡回する上で不適切な言動を見かけたら即制裁……」


 先生の説明が止まり、目線は端のクラスの生徒に向いている。見るべきではないがどうしても気になってシンクは先生の目線の先を辿る。


 羽だ。生徒の背中に虫のような羽が生えている。当の生徒は真面目に話を聞いている――ように思えたが目玉がおかしい。顔と比較して明らかにアンバランスな大きな赤い目玉がついている。


 そこでようやく気づいた。一人だけじゃない。各クラスに一人、教育実習助手に一人、人間であって人間じゃないモノが混じっている。


 腕に鎌が生えているモノ、口先が鋭利に尖っているモノ、右腕だけ以上に巨大化しているモノ。様々な異形種が生徒や教員の中に入り混じっている。


 なぜ今まで気づけなかった。いつ姿を変えた。そんなことが脳内を駆け巡る中、突然、雨が降ってきた。


 屋内なのにどうして。そう考えた矢先、これは血の雨なのだと気づき、次いで頭が泣き別れしてカーペットに転がり落ちた生徒の隣でサソリのような尻尾を持ち、全身銀色の光沢を放つ異形のモノが大きな口を開いた。


「センアルス! サクヲレン! コウジツノ!」


 その言葉の直後に強力なオーラを放ち、それに呼応するよう異形種たちもオーラを放って闘気を剥き出しにする。


 一体の異形種が甲高い奇声を発し、外からはマレージョが街に出現したときに鳴らす緊急事態宣言を知らせる警報音が鳴り響く。


 予期せぬ不測の事態とは突然降り注ぐものだ。常に身構えておくことなんかできないし、不意打ちを防ぐこともできない。


 四方八方から感じる禍々しいオーラが膨れて爆発する瞬間。シンクの視界は一瞬にして真っ白になって何も見えなくなった。

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