第11話 クラス委員長
「俺たちはこれから職員会議がある。貴様たちはこの場所でおとなしく待機しろ。くれぐれも羽目を外すな」
そう言い残すとガルマードたちチャイルドヘイブンの教員は部屋から出ていった。
ティンバードール郊外の大屋敷。その一室にある広々とした談話室に集められた十組二百名の生徒は教員たちがいなくなったことに安堵の表情を浮かべた。
室内には生徒たちの監視役として十名の教育実習助手が目を光らせる。けれど教員と違って目に余る行動さえしなければ基本的に大抵のことは見逃してくれる。つまり生徒たちにとって事実上の自由時間だ。
どんなに厳格な指導を受けても遊びたい盛りの子供たち。制裁を与える教師がいなくなれば軽口など平気で叩く。あちこちで生徒たちの会話が始まった。
「ガルマード先生。外界の子供に煽られて逃げ出したな」
「ああ。間抜けな顔してたぜ。いい気味だ」
「嘘つけ。あのガルマード先生が外界の子供相手に逃げるかよ。どうせ制裁されて殺されたってオチだろ。信じられるかよ」
「いやいや本当だって。口喧嘩に負けてブチ切れまくってたぜ? しかも制裁できなかったうえにダサい捨て台詞吐いて逃げて来たんだよ。うちのクラスの奴は全員見てるって」
「マジかよ!? お前らのクラス最近面白いことあり過ぎじゃね!?」
ケラケラと笑い声をあげる生徒たち。本来ならこの会話はガルマードに対する侮辱に当たり告発されれば制裁案件だがおそらく誰も告げ口はしないだろう。
そしてここにいる教育実習助手も元はチャイルドヘイブン出身者たち。ガルマードから随分と理不尽で屈辱的な指導を受けてきたので安定の黙認。むしろ面白い話をしている生徒たちに聞き耳を立てている様子だ。
「まあな。マジ最近面白いぜ。新任のアリティエ先生はガルマード先生のこと軽く煽ってるし、そんでリコ委員長はいつもの反抗期。今度こそ殺されると思ったけど外界の子供に助けられたんだよ」
「またリコの反抗期か。指導受けるのにいつもよくやるよ。――けど外界の子供って結構やるんだな。それとも案外ガルマード先生のほうが大したことないの?」
「んなわけねーだろ。ガルマード先生は特級大魔導士だぞ? 仮に外界の子供がセカンドチルドレン級だって勝てないだろ」
「でも確か半年前のクラス替えでお前らの担任がガルマード先生になったとき、授業最初の模擬戦で先生を圧倒したセカンドチルドレンがいたんじゃなかったか?」
「あれはほら。セカンドチルドレンの最高傑作様だよ。ガルマード先生の煽り文句を鵜呑みにして聖天大魔術を重ね掛けしてぶっ放したんだ。半年以上前、チャイルドヘイブンと外界に巨大なトンネルが繋がったって大事件あったろ。覚えてない?」
「ああ、思い出した。それもあってアレン様はお姫様をさらに溺愛しだしたんだよな。八歳で聖天大魔術を使える奴って魔術史始まって以来の偉業らしいし、マレージョたちが活発にセカンドチルドレン狩り始めたのもその頃らしいぜ」
「そうなの? マレージョの件は知らなかった。お前情報通だな」
「うちのレイニード先生わき甘いからさ。機密情報のメール開いたパソコン教卓に置きっぱにすんだよ。それ覗き見しただけ」
「マジか。そのうち情報漏洩の罪でレイニード先生粛清されるかもな」
三人の会話に聞き耳を立てているとフードを脱いだ二人の少年がこちらに手招きしているのに気づいた。生徒たちが興味のある会話をしていたのでもう少し聞いていたかったが仕方ない。
フードを脱いで二人の元に行くと一人が不満げな顔を近づけてきた。
「おい、シンク。本当に実習に来たわけじゃないぞ。真面目に待機するな。馬鹿か貴様」
変装をして顔を変えてもイザークは相変わらず口が悪い。そう思いながらシンクは口を開く。
「小声だとしても俺の名前を呼ぶな、イザーク。正体がばれたら大変なことになるぞ」
「おい、貴様も俺の名前を呼ぶな。殴られたいか」
「喧嘩はやめるんだ、シンク、イザーク。ミーシャが骨を折って僕たちを外界実習に潜入させた苦労を無駄にする気か?」
「「だから俺たちの名前を呼ぶな、ガラハッド」」
ガラハッド、イザークとは約一か月間毎日一緒にいるが、未だ仲が深まったとは思えない。過度に仲を深める必要はないかもしれないが、それでも同じ潜入作戦を決行中のチームである以上、呼吸を合わせて困難を乗り越えなければいけない場面もきっとある。今は悪い意味で呼吸は合っているのだが。
とにかく今は気持ちを切り替えよう。
「言い争いしてる場合じゃない。教員たちがいない今がチャンスだ。とにかく俺たちの仕事を実行しようぜ」
この作戦の目的はチャイルドヘイブンに囚われた子供たちを奪還すること。けれどそれを実行するのは非常にハードルが高い。
まずチャイルドヘイブンの場所を特定する必要がある。場所を特定しても厳重な警備を掻い潜って子供たちを奪還する策が必要になる。奪還しても子供たちをどこに匿うか決める必要がある。
そして最終的にロイケット社交界とアクソロティ協会は全面戦争に発展する。その戦争に備えて戦力を整える必要がある。
考えること。やることは山のようにある。ロイケット社交界はそれをずっと水面下で準備してきたわけだが、今回の作戦はアクソロティ協会を打倒する大きな第一歩となる。
何故なら人質に取られている子供たちが解放されれば親の魔術師たちはほぼ間違いなくロイケット社交界に加勢する。戦力が一気に増強されることとなる。
つまり子供達奪還の成功は今後の戦況を大きく左右する非常に重要な作戦だ。その重要な作戦の下地を整えるのがシンクたちの役目である。
シンクたちが担う役目とは生徒として外界実習に潜り込み、チャイルドヘイブンの場所や出入口の情報を入手すること。そして生徒たちの中からこの作戦に協力してくれる人を見つけて仲間へと引き入れること。
この外界実習は魔術師としてレベルの低すぎる者や逆にレベルの高すぎる者は参加していない。今回の実習は一般社会に溶け込むことを目的としており、魔術師として中間層に位置する者はいずれアクソロティ協会によって社会の中間層に組み込まれる。その訓練と適性検査を兼ねた実習のようだ。
ちなみに上位層はいずれ支配階級に組み込まれるため一般社会に溶け込むことを目的とした外界実習は行わない。代わりにアクソロティ協会長アレン・ローズによる直々の帝王学授業が受けられる。
もっとも、アレンの授業を受けられるのは一握りの超優秀魔術師だけだし、栄光ある生徒に選ばれたのは今まで五人しかいないようだ。
これらは全てチャイルドヘイブンの教育実習助手としてミーシャが入手してきた情報だと聞いた。ミーシャは幻惑の聖天大魔導士ケティシア・テンジェルという優秀な女性の孫娘らしい。その女性の才能を引き継いだのか二つ名のとおり他者を惑わす力に長けているようで、諜報活動を得意とするようだ。
そんなミーシャは今、教育実習助手としての仕事を全うしており、基本的にこの作戦の助力は乞えない。だからこの場は三人で何とかするしかない。
まずは生徒たちと仲良くなってチャイルドヘイブンの場所が特定できるような情報を聞き出す。
ミーシャ曰く、チャイルドヘイブンと外界の行き来は乗り物に乗り、瞬間移動をするらしいので行き方を聞いても意味はないし、そもそも滅多に外出を許されない生徒たちに話を聞いたところで得られる情報はない。
では誰からどんな情報を聞き出すのか。それはセカンドチルドレンでも上位層と呼ばれる者との繋がりを持つクラス委員長から秘密の部屋への行き方を聞き出せばいい。
上位層は一般生徒たちとの共通授業のほかに特別授業があり、さらに個室を与えられる。中でも超優秀なセカンドチルドレンは一つの城を与えられたらしい。それが先ほど三人の生徒たちの会話に出てきたセカンドチルドレンの最高傑作様。
アレンは普段からメルトリア中を飛び回って何かしら暗躍しているようだが、セカンドチルドレンの最高傑作様との面会時にはその城に直接足を運ぶらしい。そして生徒を統括する都合上、クラス委員長のみチャイルドヘイブンからその城に向かう方法を教わっているようだ。
このためクラス委員長からそれらの情報を聞き出せばいい。その内容によっては外界から直接秘密の部屋に行くことができるし、そこからチャイルドヘイブンにも向かえる。
そう考えるとクラス委員長を説得して仲間に引き入れるのが一番手っ取り早い。クラス委員長に選出されたくらいなので魔術師としてのレベルも担保されている。
その仲間引き入れ第一候補となるのが先ほど耳にしたクラス委員長のリコという女の子。けれど生徒たちの話を聞く限りどうやら問題児のようだ。
いくら優秀でも組織の環を乱す者はあまり好ましくない。足並みが揃わなくなって秩序が乱れ、組織としての強みがなくなる。だから仲間への引き入れではなく情報収集のためだけに近づいたほうが無難だろう。
そもそも仲間が多すぎると隠密行動が難しくなるし、秘密を共有する者が多くなればそのぶん情報漏洩の危険性も高まる。仲間選びは慎重に行わなければならない。
シンクは周囲を見渡してリコを探すと一人ソファに座って魔術書を読んでいた。自由時間に学友たちとコミュニケーションを取る気はないようだ。
しかしよく見るとリコの顔は傷だらけだ。整ったとても綺麗な顔立ちをしているのに。美人顔が勿体ない。
「リコは難攻不落だからやめておいたほうがいい。プライドが高く、気が強く、大の男嫌いだから」
横に並んだガラハッドがそう耳打ちしてきた。非常に嬉しくない情報だ。有力な情報を持っている相手が男嫌いだと三人の誰も攻略できないことになる。
「さっき小耳に挟んだ話だと、あの男嫌いが超絶エリート魔術師様の居場所を知ってる。何とか口説き落とせないか、ガラハッド。お前そういうの得意そうだし」
「失礼な。僕は硬派な男だよ? それにあんな年下の女の子に興味ないね。僕は年上で包容力のあるグラマラスな女性がタイプなんだ。――そういうシンクが口説き落としなよ。多分同い年だろ?」
「悪いが俺もタイプじゃない。俺も年上で包容力のあるグラマラスな女性がタイプだ」
「そうか。シンクも僕と同じ女性がタイプだったか。――それならイザーク。きみの出番だ。見た目が年下っぽい女の子タイプだろ? エリウェルみたいなさ」
「そんな訳あるか。ふざけてないで貴様らのどちらかが行け。俺が一番不適任だ。女ごときのために何故俺がわざわざ足を運んで話しかけなければならない。あの女が俺に会いに来い」
「とか言いつつ恥ずかしくて女の子に声かけられないだけなんじゃないの?」
ガラハッドの挑発に舌打ちで返したイザーク。二人のやりとりは見ていて飽きない。
「いいだろう。挑発に乗ってやる。そこで待ってろ。俺があの女を懲らしめる」
「おい、イザーク。ガラハッドの挑発に乗るのはいいが本当にリコを懲らしめるなよ?」
シンクの言葉など聞いておらず、イザークは足早にリコの元に向かった。
気配を感じたようでリコは少しだけ目線を上げた。けれどまたすぐに魔術書に目線を戻す。明らかに興味を持たれていない。
「おい、クラス委員長のリコ。俺の話を聞け」
「何? ヨーデルくん」
ヨーデルくんとはチャイルドヘイブンにいる生徒の名前だ。ヨーデル本人は魔術の成績が悪くチャイルドヘイブンで自習しているが、ミーシャが外界実習の資料を一部改ざんし、イザークがヨーデルの変装をして替え玉外界実習をしている。
ちなみにシンクはカビロンくん、ガラハッドはパラプーアくんに変装している。いずれも成績が悪くてチャイルドヘイブンで自習中だ。
シンクたちは三人ともミーシャに変装を施してもらった際、生徒たちの個人情報を受け取り、頭に叩き込んで来た。
一応、三人の性格になるべく近い人物に変装しており、イザークの高圧的な性格はカバーできているかもしれないが、確かヨーデルくんは女性に対し引っ込み思案な性格だ。俺の話を聞け、なんてヨーデルくんは言わない。
「いいか、よく聞けリコ。貴様……俺の女になれ!」
「は? キモ。舌噛んで死ねば?」
あまりにド直球なストレート告白。それに対してリコは全力で打ち返してきた。それが華麗すぎて一瞬理解していなかったイザークだが、次第にこめかみに筋が出来始めた。
「お、おい! 貴様……今この俺になんと――」
「――同級生の会話ならいいわ。けど男を出すなら私の前から消えて」
「そ、そうか……。ならもう二度と俺を見なくて済むよう今すぐ消して――」
「――ごめんねリコちゃん! ヨーデルくんちょっとご乱心中だから」
今にも襲い掛かりそうなイザークを羽交い絞めにしたガラハッドは紳士的な笑顔を向ける。
「離せ! 離せ貴様! 俺はこの女を抹――」
「――はい黙ろうかヨーデルくん!」
ガラハッドはイザークの口に無理やり手を添えて会話を中断させる。確かに実力行使じゃないとイザークは止まらなそうだ。
「本当にごめんねリコちゃん。ヨーデルくんには後でしっかりと言い聞かせるから。女の子と接するのに慣れてないから気持ちの伝え方がよくわかってないんだよ。だから多めに見てくれ。僕の顔に免じてさ」
そんなヘラヘラと笑うガラハッドを見たリコは薄ら笑う。
「パラプーアくん。あなたって薄っぺらいのね? 芯が無く誰にでもヘラヘラして二枚舌。恥ずかしい人。私の大嫌いな男ツートップだわ」
「は、はぁ~ん? なるほどね~? 僕が歩む騎士道を馬鹿にするってわけか。これは喧嘩を売られたって理解でいいよね~?」
「騎士道? なにそれ? もしかしてお友達と騎士道ゴッコしてるの? 楽しそうね。でも私、幼稚なごっこ遊びをするお子様って好きじゃないの。目障りだからもっと遠くでチャンバラごっこしてくれない?」
「はいきたー! 馬鹿にしたー! 僕の騎士道をごっこ遊びって言ったー! これはもうあれだねー! 懲らしめるしかないねー!」
パラプーアくんの資料には確か内気でごっこ遊びが好きな性格だと書いてあった。ガラハッドは不本意かもしれないが普通の子供は騎士道を歩むなんて言わないだろうからごっこ遊びってことで誤魔化せてよかった。けれど内気なパラプーアくんは決して他人を懲らしめるなんて言わない。
シンクは小さく溜息をつくとイザークとガラハッドの首根っこを掴んだ。
このままだと本当に襲い掛かりそうだ。それに大騒ぎしすぎて完全に周囲の視線を釘付けにしてしまった。ミーシャも心なしか呆れている。
「ヨーデルくん! パラプーアくん! 目立ち過ぎだ! 行くぞ!」
そう言ってシンクは無理やり二人を引きずってリコから距離を取った。