第8話 去り際の手紙
「それではな、イズ。また遊びに来ておくれ」
フロントで宿泊の精算をしているルシアとエリウェル。その後ろ姿を見ていると声をかけられた。振り返るとマリーンが葉巻を持ちながら笑みを浮かべている。
「マリーンおじさん。三日間ありがとな。料理はおいしいし、ゆっくり過ごせる施設だったし、店員のみんなも面白い人たちだから凄く楽しめたよ」
「マーレマレマレマレ! それは何よりだ! シャーデットのオーナーとして腹がデカい! ――いやなにマレージョギャグだ! 笑いたまえ!」
笑い声を上げながらマリーンのお腹が大きく揺れた。それを見てイズも笑い声を上げる。
初日以降、マリーンたちと仲良くなったルシアはシャーデットに滞在した三日間ずっと楽しそうに過ごしていて、お別れする今日までヴォイニッチに関する話題は口に出さなかった。
本当は色々と聞きたいことがあるのかもしれない。ヴォイニッチは狡猾な戦い方をしてくるらしいのでどんな目的や方法でティンバードールを襲撃するのか事前に知っていれば対策を立てられる。そうすればレテルが実行しようとしている子供達奪還作戦の障害は激減する。
けれどそれは過ぎた話だ。ルシアはマリーンたちからこれ以上何も聞かないと腹をくくったのだ。それにヴォイニッチがティンバードールを襲撃するという情報を知れただけでも十分ありがたい。知らなければ襲撃に備えて身構えることもできなかったのだから。
「エリウェル、ルシアさん。シャーデットではゆっくり疲れを癒せましたかな?」
そうマリーンが問いかけたので後ろを振り向く。ルシアとエリウェルが精算を終え、エフォートと一緒に立っていた。
「はい。おかげさまでしっかり羽を伸ばせました。またのんびりしたくなったら立ち寄らせていただきます」
「わ、私も! 今度はレテル様と一緒に来たいです!」
「マーレマレマレマレ! 皆さんならいつでも大歓迎だ! 我々マレージョ一同心よりまたのお越しをお待ちしております」
◆
それから三日間お世話になった店員たちに挨拶を終え、シャーデットの外に出る。ここは断崖絶壁を降りた先にある入江に建てられた施設だ。帰るためには海に出るか崖を登るしかない。
人目を忍んで経営するシャーデットは送り迎えをしてくれないので、一般客は基本的に船で来るようだが、そんなことを知らないイズたちはルシアの魔術で断崖絶壁を降りてきた。
そのため帰りはルシアの瞬間移動で崖の上に戻ろうかと輪になって話していると突然細長い棒が砂浜に突き刺さった。どうやら空から落ちて来たようだ。
「ちょっと危ないわね! 何よこれ!」
ルシアがぶつくさ文句を言って突き刺さる棒を睨みつけた。驚いて腕に掴まってきたエリウェルに笑みを見せた後、イズも突き刺さる棒を観察する。
なんかこの棒かっこいい。見覚えがある。そう思って記憶を辿っていくとエフォートの尻尾を思い出した。
「あれ? これって毒針じゃね? エフォートの」
そう呟くとエリウェルは声を上げた。
「あ! 針の先端に何か巻き付いてるよ!」
エリウェルに指摘され、ルシアと顔を見合わせた後、砂浜に刺さった針を引き抜いて巻き付いた物を解いた。どうやら紙を折りたたんで針の先端に縛り付けたようだ。
その紙を広げて中を確認すると文字が書いてある。
「手紙だ」
「手紙ね」
ルシアと再び顔を見合わせ、それから三人で手紙に目を通した。
――読んだらすぐ燃やしてください。間もなくティンバードールはアレンたちの実験場となります。
互いに目を合わせた後、イズは持っていた手紙を無言でルシアに渡した。ルシアは手紙をくしゃくしゃに丸めて針と一緒に砂浜に投げ捨て、指を鳴らす。すると手紙と針が一瞬で業火に包まれて灰になった。
その灰が風に吹かれるのを眺めた後、ルシアに目を向ける。
「まだ焦る時間じゃないぞ? のんびりマイペースに冒険しながらティンバードールに向かおう。俺がついてるんだから絶対に大丈夫だ」
「ええ。頼りにしてるわよ、イズ」
そう言ってルシアは優しい笑みを浮かべた。