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第6話 バカンスで見極め

 一度自室に戻り、レースのホワイトカーディガンを水着の上から羽織ったルシアは屋内レストランに向かう。そこには円卓テーブルに座る三人の姿があった。既にマリーンの左右にはイズとエリウェルが席を陣取っていて楽しそうに会話をしている。


 見た目も言動も一目瞭然でマレージョだが、リゾート施設の従業員は特に気にする様子は見せずにマリーンを接客している。むしろお得意様とでも言わんばかりに親密に、そして丁寧な接客だ。


 メルトリアにおいて、マレージョが居住を許された特区は存在しない。それはアクソロティ協会が許可しないからだが、どうやらこのシャーデットという施設では密かに人間とマレージョが異文化交流をしているようだ。人間とマレージョが相席し、楽しそうに食事を堪能する光景が見て取れる。


 超常の災害によってメルトリアへと転移したマレージョの中に、温厚な個体も存在したという話は聞いたことがあった。けれどすぐに戦争が始まってそんなことを調べる余裕もなくなった。マレージョを殺さなければ人間が殺されてしまう。


 あれから十年以上が経過し、ファイーナたちと知り合うこととなり、マレージョにも和平を志す温厚な個体もいるのだと実感することができた。知ろうと思えばもっと早く知れたのかもしれないが、初めからマレージョは悪だと決めつけて何も見ようとしなかった。


 それを直視するきっかけをくれたのはいつもイズだ。本当に不思議な男の子だ。


 イズたちから聞いた話だが、ファイーナたちとは大都市ネオベルで会う約束をしているらしい。その前にイズもルシアもマレージョのことを知る必要がある。今回はその機会に巡り合えたのだと前向きに捉えることにした。


 とはいえ、イズは必要以上に仲良くし過ぎている。人間とマレージョが雇用関係を結ぶなど深く踏み込み過ぎだ。


「お待たせしました、マリーンさん。それでバイトの件ですがやっぱり――」


「――まあまあ、お母さん。まずは食事にしよう。――エフォート! こちらにも同じ料理をお持ちしなさい!」


 促されるまま席に座ったルシア。すぐにエフォートという初老の男がマリーンの元にやってきた。その姿を見たルシアは思わず声を漏らす。


「エ、エイかしら……?」


 エフォートは燕尾服を着ているが衣類とは明らかに異なる大きなマントのようなまだら模様のヒレが体から垂れている。


 どうやら既にエフォートとも面識があるようで、イズは尾てい骨付近から伸びる尾棘が揺れるのを面白がって見ている。


「エフォートって人間なのになんでお尻から毒針生えてるの?」


「ちょっとイズ。失礼なこと言わないの。謝りなさい」


 どう考えても言い逃れができない身体的特徴。完全にマレージョだ。けれど本人たちが人間だと言っている以上、見て見ぬ振りが一番良い。余計な争いはなるべく避けたいところだ。


「イズ様。私が毒針を生やしているのは、そうしたほうがカッコいいからです。イズ様はそうは思いませんか?」


「思う! ってかずっと思ってた! いいなー。俺にも毒針があったらなー」


 物欲しそうに見つめるイズは尾棘に触れようとする。しかしエフォートは尾棘をイズとは反対方向に移動させ、代わりに手に持っていた皿を乗せるとルシアが座るテーブルへと料理を置いた。


 器用なことをするな、と思いながら料理に目をやると鶏肉、エビ、豚肉、牛肉、野菜などが豊富に使われた炒飯が微かに湯気を立てていた。香ばしい匂いに混じってこの地方特有の独特なスパイスが鼻孔をつく。


「どうぞ、ルシア様。熱いうちにまずは一口」


 エフォートからスプーンを受け取ったルシアは促されるまま一口食べた。香りこそ独特だが、豊富な食材の味が絶妙に絡み合って間違いなく絶品。むしろスパイスが食材の余計な臭みを中和して癖になりそうだ。


「え? 美味しい!」


 感動を覚えながらエフォートに目を向ける。すると向かい側のマリーンが笑い声を上げた。


「マーレマレマレマレ! それはよかった。生きの良い人間を食材にした甲斐があったな、エフォート」


「はい、マリーン様」


 ルシアは思い切り炒飯を吹き出した。イズからブーイングが飛ぶ中、マリーンは再び笑い声を上げた。


「マーレマレマレマレ! マレージョギャグだ! 笑いたまえ!」


 続けてエフォートが会話を繋ぐ。


「御安心ください、ルシア様。人間を食材になどしておりません。全て現地で採れた人間が食用とする素材を使用しております。――そもそも人間は臭みが強くて我々の舌には合わない」


「そ、そうなんですか……。安心しました……」


 そう言って必死に笑顔を取り繕ったが、末尾の言葉はまったく安心できない。そしてさっきから多用するマレージョギャグとはなんだろうか。マレージョであることを隠したいのかそうでないのかわからない。


 そう考えているとエフォートがスープ、サラダ、トロピカルドリンクなどを配膳してくれ、ルシアのテーブルが豊富な料理で彩られていく。


 向かい側のテーブルは既に空になった皿が積み重ねられていて、相変わらず食欲旺盛のイズは追加で注文した料理をすぐに平らげた。


「あー美味かった! たくさん食べたしそろそろバイトしようかな。エリウェルも一緒に行こうぜ!」


「うん!」


 マリーンは胸ポケットに入れていた葉巻を取り出すと指をこすり合わせて火をつける。一息で葉巻を根元まで吸い尽くしたマリーンは上を向いて大量の紫煙を吐き出した。


「それでは早速で済まないがよろしくお願いしよう」


 吸殻を灰皿に押し付けたマリーンはイズとエリウェルに笑みを向けた。すると二人は席を立って厨房に入っていったためしばらく様子を見ていると、人間とマレージョが座るテーブルに料理を届けた。


 配膳のバイトだろうか。そう思って見ていると今度は人間の老夫婦とマレージョの二組がぎこちない顔で相席するテーブルに向かった。そしてイズは笑顔を見せる。


「こんにちは。ここはマレージョのマリーンおじさんたちが経営するお店だけど、ここのマレージョはおじいさんとおばあさんに嫌なことしないから安心してね。だからおじいさんとおばあさんもマレージョに嫌なことしないでね」


 イズは人間とマレージョの間を取り持つように会話を始めた。そのおかげかこわばっていた老夫婦とマレージョの表情が柔らかくなった。


「おやおや、そうなのかい。知人の紹介を受けて初めてここに来たけど……人間もマレージョも温かい心の持ち主ばかりだ。施設も充実していて心が安らぐ。とてもいい場所だ」


 髭のおじいさんがそう言うと、隣に座る品のあるおばあさんはエリウェルに笑顔を向けた。


「可愛いウェイトレスさんね。でもどうしてここでお仕事を?」


「えっと……。マレージョにも優しい人がいっぱいいるんだってことみんなに教えたい。だから少しでも人間とマレージョの懸け橋になりたいってイズ――いえ、私の……その……ボーイフレンドが……。なので私は……協力しているだけで……温かい人じゃないかもです……」


 顔を真っ赤にして伏し目がちにそう答えるエリウェル。おばあさんは顔に手を当てて微笑んでいる。


「あらあら。そうなの。でも、それでもいいじゃない。きっかけは大好きなボーイフレンドだったとしても。こうやって人間とマレージョの懸け橋になっているんですから。これからも頑張ってね。応援してますから。異種族の懸け橋も、可愛らしい二人の恋の行方も」


「は、はい! 私、頑張ります!」


 今の会話でなんとなくバイトの内容は理解した。どうやらシャーデットを経営しているマリーンたちマレージョに対する、人間の偏見という垣根を取り払うバイトだったらしい。


 そう考えるとイズとエリウェルのキャスティングは最高だ。幼い子供のカップルが人間とマレージョの懸け橋になりたいと言って接客すればかなり警戒心はなくなる。


 それと先ほどの老夫婦の会話から気づいたことだが、このシャーデットは会員制である可能性がある。


 むしろ人間とマレージョが集う秘密のリゾート地など公に周知できないのだから、信用できる会員たちから紹介された者しかシャーデットに受け入れない、としたほうがリスクマネジメントとして真っ当だ。


 地元民ですらあまり立ち入らない断崖絶壁を降りた先にある入江。そこに建てられた施設という時点でかなり人目を避けている。今考えればシャーデットのことを知ったうえで来ないとなかなか辿り着けない場所にある。


 ルシアは狙って来たわけではなくイズたちに見せたいものがあり、本当に偶然この場所に辿り着いただけだが。


「どうでしょうか、お母さん。息子さんたちの働きぶりは。マレージョと人間の懸け橋になるということはバイトというちゃちな言葉では表現できない大きな仕事です。そんな仕事をこなす子供たちの背中を見ることができ、親御さんとしては感慨深いものがあるのでは?」


 そうマリーンが尋ねてきた。確かに次の世代の子供達が明るい未来を切り開く一助に加担している姿は心温まるものがある。それは否定しない。けれど一方で今の時代を担う大人たちのエゴでもあるとルシアは思う。


 人間とマレージョの懸け橋を子供たちに手伝わせるということはアクソロティ協会に反抗させていることと同義。言葉巧みに子供達を騙し、旗振り役として戦場の最前線に立たせているようなものだ。


 幼い子供達が戦争の最前線に立って健気に戦う姿を見ればきっと大人たちは心を打たれるだろう。こんな子供達が戦っているのだから自分たちも戦わねば、と勇気を与えられ憧憬の念に火が灯るだろう。


 大人にとっては都合がいい。けれど子供にとっては残酷だ。翼を折られて自由に飛べず、ただ鳥籠の中で観賞用として飼われるだけの鳥にさせられているのだから。


 そんな残酷なことをレテルは行おうとしているようだ。血の繋がった実の息子シンクを使ってロイケット社交界の旗振り役に仕立て上げようとしている。


 だからルシアは許せなくてレテルと意見を違えた。レテルは決して残酷な女ではないし、嫌いになった訳ではないが、今回の考えはどうしても理解できない。会いたくて会いたくて仕方がなくて娘のことを探すルシアからしたらそんな残酷なこと到底受け入れられない。


「感慨深くはあります。けれど……マリーンさん。私は卑怯だし残酷だとも思います」


「ほう。それは何故ですかな」


「メルトリアの治安はアクソロティ協会が維持しています。アクソロティ協会のルールはメルトリアのルールです。メルトリアではマレージョと仲良くすることはルール違反なんです。それは……マリーンさんもご存じなのでは?」


 マリーンは小さく笑う。


「なるほど。処罰されることを知りながらより効果的な方法を取るため子供達を使う。露見すれば子供達はアクソロティ協会に処罰され未来を失う。それは大人たちのエゴだ。卑怯だし残酷だ。――そう言いたいわけですかな?」


「はい。そのとおりです」


「確かに卑怯で残酷かもしれん。しかし子供を使うのはアクソロティ協会とて同じこと。子供達に厳しい魔術教育を強要し、アクソロティ協会に逆らわぬ従順な魔術師を作り上げようとしている。それを見過ごすお母さんも同罪では?」


「それを無くしたいと考えています」


「本当ですかな? 私が入手した情報ではお母さんのお友達は一か月後、ティンバードールに集結し、チャイルドヘイブンに襲撃をかけて子供達を奪還する計画を立てているのだとか。その旗振り役は子供が担うと聞きましたが?」


 そう言うとマリーンは葉巻に火をつけた。その姿を見つめながらルシアは苛立つ神経を必死になだめる。


 その話は先日エリウェルから聞いたばかりの情報だ。それなのに知っていたということはロイケット社交界の情報がどこかで漏れているということになる。そもそもマリーンはこの情報をどこで知ったのだろうか。


 計画の内容を具体的に知られている以上隠し通す意味もないし、情報が漏洩しているのであればマリーンだけ口封じしても意味がない。情報元を探らなければ。


「よくご存じですね、マリーンさん。その情報。どちらで仕入れました?」


 マリーンは顔を上げて大量の紫煙を吐き出し、天井に設置されたシーリングファンが煙を拡散させていく。一息で根元まで吸い終えた葉巻を灰皿で潰すとマリーンの鋭い眼光がこちらを向いた。


「それを知ったところで情報元へは辿り着けないし、既に八貴族間に拡散された情報だ。口封じなど意味をなさない」


「と言うことはマリーンさん。あなたはマレージョの皇帝に仕える八貴族の一人ってことでよろしいのですか?」


 ルシアが睨むとマリーンは笑みを浮かべる。


「だとしたら殺すかね? 私を。今この場所で。刻限の聖天大魔導士ルシア・フェルノールさん?」


 やはり知られていた。レテルのことを知っているのだからルシアのことを知らないはずはない。


 さてどうするべきか。ここで争いになれば無関係な人たちまで巻き添えにしかねない。それに八貴族は強い。以前、ヴェルフェゴールは聖天大魔導士三人がかりで倒したが今度はその援護は期待できないし、イズとエリウェルに協力を仰ぐわけにはいかない。


 そもそも友好的に見えるマレージョたちを襲うのはとても躊躇する。けれど狡猾に人間たちの優しさに付け込んでいる可能性も否定できないので無条件に見逃すこともできない。


 頭を悩ませながらマリーンを見つめていると右手を握られ、目を向けるとイズが寄り添っていた。


「もう少しだけここに居て様子を見ないか? それから判断しても遅くないだろ?」


 確かにまだ判断材料が不足しすぎている。決断するには早計かもしれない。イズの言うとおりもっとマリーンのことを見極めてから行動に移しても遅くない。もう既に色々と知られてしまっているのだから。


「そう……ね。そうしましょうか」


「ああ、そうしよう! ――それとルシア。顔怖いぞ? せっかくのバカンスなんだからもっと楽しまなきゃ!」


 そう言ってイズは白い歯を見せて笑顔を向けてきた。自分ではわからなかったが、随分と怖い顔をしていたようだ。イズの接し方がいつもより優しい気がする。


「そうよね。バカンスなんだし楽しまなきゃね」


 ルシアは笑みを作るとマリーンの笑い声が聴こえた。


「マーレマレマレマレ! 何日でもいい。ここでじっくりとくつろぎながら我々を見極めるといい」


 そうしてマリーンは席を立ち、エフォートと一緒にレストランを後にした。

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