第3話 隠されていた秘密
二人の少年がパーティー会場中央ステージで剣の手合わせを行うという話が一気に広まり、ロイケット社交界のメンバーたちの視線がシンクとガラハッドに集まる。
シンクはミーシャという女性から受け取った刀を腰に差し、刃が潰されていることを確認した。この刀で相手を斬ることはできないだろうが骨折させるくらいはできる。
ガラハッドが提示した勝利条件は相手の剣を折るか一太刀入れること。死ぬことはないだろうが防具もないし下手をすると大怪我する可能性もある。それなのに周囲の者たちは止めるどころか興奮した面持ちで二人の試合を待ち遠しそうに話している。
二階フロアに目を向ける。レテルと何人かの者たちに囲まれながら心配そうにこちらを見つめるルシアがいた。けれどこの試合を止める様子はない。中央ステージの袖にいるエリウェルですら試合の件はガラハッドたちに何も言わない。
皆がこの試合を臨んでおり、それがシンクに嫌悪感を覚えさせる。この試合は明らかにロイケット社交界メンバーたちに仕組まれていて、何かの思惑があってシンクの力の程を確かめようとしている。不快でしょうがない。
「シンク! 絶っ対に負けるんじゃねえぞ! なんかこいつらムカつくからぶっ潰せ! あのふざけた鼻へし折ってやれ! 俺たちの勇者パワー観客たちに見せつけてやろうぜ!」
この会場で唯一何の思惑もなく純粋に試合を楽しもうとしているのはイズだけだ。そんなイズからの激励がシンクの気持ちを前向きにさせた。
今考えても何もわからない。だからイズの言うとおり勝って強さを見せつけるだけだ。ガラハッドの鼻をへし折ってやる。
「そうだな! 俺が最強だってところ見せつけてやるぜ!」
そのうち大きな歓声とともにガラハッドがステージへと上がった。
「行けーシンク!! 絶対に勝てー!!」
「おう!! まかせとけー!! イズ!! 俺がガラハッドをぶっ潰す!!」
息まきながらステージに上がるシンクに拍手と歓声が巻き起こる。互いに勝ちを譲る気のない少年たちの視線がぶつかり会場が熱を帯びる。
止める者は誰もいない。会場は闘技場で死闘を繰り広げる戦士たちを鼓舞するような声援が飛び交う。
シンクは腰を落とし、いつでも鯉口を切れるよう刀に手を触れながら抜刀の構えを取る。
一方、両刃剣を抜いて正面に構えるガラハッド。その所作はとても美しい。これが剣術を学んだ者と我流の違いなのだろうか。そう思いながら観察しているとガラハッドは不思議そうな顔をした。
「シンク。きみは誰かに剣術を習ったことはあるかい?」
「魔術はルシアに習ってるけど剣術は我流だ。」
「そう……か。それにしては随分と様になっているね。隙がない。剣術が得意という情報は間違いではなさそうだ」
「それはそれは。お褒めの言葉どうも」
様になっていると言われても基礎も型もわからない以上、どういった構えが正しいのかもわからない。だから自分が一番戦いやすい刀の構え方をするだけだ。
それにしてもガラハッドと会ったときから口にしている情報という言葉が気になる。恐らくロイケット社交界が入手した情報の中に「シンクは剣術が得意」というものがあったのだろう。そしてそれはロイケット社交界メンバーに共有されている。
剣術が得意な子供の情報など普通は共有しない。つまりこの情報は重要だと認識されている。では何故重要だと認識されているのか。それはほぼ間違いなくシンクがセカンドチルドレンだと知られているからだろう。
そう考えるとロイケット社交界メンバーがこの試合に注目する理由はなんとなく察しがつく。きっとセカンドチルドレンの実力を自分たちの目で確認したいのだ。
そしてセカンドチルドレンの実力を確認することに熱中する理由は一つしかない。熱い歓迎をされていたルシアを見ていればわかる。シンクのことをロイケット社交界に引き入れるつもり又はもう引き入れたと思っているのだ。
シンクは確かに剣術は得意だ。けれど魔術師から「剣術が得意」と判断される活躍はほとんどしていないため、情報としてメンバー間で共有するには弱い。つまり誰かが事実を誇張したか、あるいはシンクの潜在能力を知ったうえで情報を流布した者がいる。
潜在能力を知っている、とはシンクがセカンドチルドレンであることを知っているということに繋がる。そう考えたうえで今の状況を総合的に勘案すると導き出される答えは一つ。
これら一連の状況全てはレテル・ミラージェが仕組んでいる。
何故ここまで手の込んだことをするのかはわからないが、生まれながらに魔術師としての能力の高いセカンドチルドレンをロイケット社交界に加入させたいという趣旨は理解できる。
マレージョが殺して回っているという事実から考えてもセカンドチルドレンは魔術師としての価値はある。それは以前バランドーアがエリウェルを襲った際にも言っていたことだ。
これで大体の疑問に一応筋の通った答えを出せた。
けれど一つだけ疑問が残る。ガラハッドは唯一イズのことだけは情報にないと言っていた。レテルならヴェルフェゴール戦でのイズの活躍を見ているだろうし、共有してもおかしくない情報のはずだ。それなのにガラハッドたちはイズを知らなかった。
それはまだ謎のままだが考えるのは後でいい。どうせこの試合を終えたらレテルを問い詰めるつもりだ。
シンクは降り注ぐ歓声が落ち着き、会場が静まり返っていくのを感じながら心の中にある雑念を取り払い、刀と体が溶けて混ざり合っていく感覚に身を委ねながら試合開始の合図を待つ。
「結界を構築します。――それではお二方、準備はよろしいですか?」
そう確認するミーシャはシンクたちを取り囲むように中央ステージに透明の膜を構築した。シンクとガラハッドは何も言わず互いに睨み合う。もう二人とも準備万端だ。
「始め!」
ミーシャのかけ声とともにシンクはガラハッドの懐に飛び込んで抜刀した。
ガラハッドは素早く避け、シンクの喉元目がけて突きを繰り出してきた。突きを避けたシンクは刀を上段に構えて勢いよく斬りつけるが剣で受けられ、つば迫り合いとなった瞬間、ガラハッドの蹴りが飛んでくる。
シンクは後方に飛んで避け、足が床に着いたと同時に腰を落とし、突進してくるガラハッドの剣を刀で受け止めた。
互いに後方へと飛び、距離を取って刀を構えると観客たちから大歓声が巻き起こる。その大歓声にイズの声が混じっている。
「シンクー! こんな騎士野郎に負けるんじゃねーぞ!」
イズに笑みを返したシンクは刀を正面に構えながら小さく息を整える。刃を交えてなんとなくガラハッドはまだ本気を出してないと感じる。シンク自身もまだまだ本気を出してない。
相手に一太刀浴びせるためには互いに本気を出さなければいけない。しかしその場合、剣を折ってしまう可能性が格段に上がる。この試合のルール上、剣が折れれば負けとなる。
だからつば迫り合いはよくない。刀身の薄いシンクの刀はガラハッドの両刃剣より耐久性が低い。真正面で攻撃を受けすぎると刀が折れてしまう。
それはガラハッドもよくわかっているだろう。だからあえて力加減をしながら慎重に距離を詰めてシンクに攻撃を受けさせようとしている。
一方でこの戦術はシンクに本気を出させようとしているようにも考えられる。本気を出して一太刀狙いにしないと勝負には勝てない、とシンクに促しているかのように。
やはりシンクの実力を見定めようとしているのは間違いない。しかもその理由をシンクに説明することなく。
だからシンクは一太刀狙いはしないと決めた。相手の思惑に乗るのは無性に腹が立つ。とは言えこのまま持久戦に持ち込まれて刀を折られて負けるのは無様なうえに屈辱的だ。
さあどうするか。そう考えていると突然ガラハッドの移動速度が上がった。
喉元に向けた高速突進による打突を紙一重でかわしたシンク。その目線に横薙ぎへと変換した剣先が迫り来る。急いでしゃがんだシンクはそのまま後ろに飛んでガラハッドと距離を取った。
追撃がないことを確認してからシンクは止めていた呼吸を再開する。
今のはまずかった。力加減した状態での戦闘に慣れたせいで反応がだいぶ遅れた。 もう少しで両目を真っ二つにされるところだった。
「持ち味を生かせー! シンクー! 足を使えー! 感覚を研ぎ澄ませー! 曲芸得意だったろー!」
会場内を埋め尽くす大歓声の中、結界をこれでもかと叩きながら大声で指示を飛ばすイズ。かなり応援に身が入っている。とは言えそれはイズだけじゃない。二階フロアのルシアも大声を上げてシンクを応援してくれている。
変に気負っていたシンクだが、二人の熱のこもった声援に笑みが零れた。そして体が軽くなるのを感じた。ルシアは変わらずいつものルシアだ。
イズとルシアに応援されてようやく冷静な自分を取り戻せた。ロイケット社交界とか、思惑があって仕組まれた試合だとか、そんなこと本当はどうでもいい。自分をないがしろにされたまま話を進められたことに腹が立っただけだ。
ごちゃごちゃと考えて戦うことがどんなに馬鹿らしいかようやく実感した。最初にイズが言っていたことが全てだった。
なんかこいつらムカつくからぶっ潰す。
シンクは刀を鞘に納め、飛んでしまいそうな軽やかな気持ちでガラハッドの元へと歩みを進める。
「おや? 観客たちからの期待の重圧に押しつぶされて気でも狂ったかな?」
「挑発はもういいからかかってこいよ、ガラハッド・リ・シュバイツェル。そんなに見たいなら俺の剣技を見せてやる。見惚れて俺の剣技に酔いしれるかもしれねーけどな」
そう言い返すとガラハッドは感心したようにほほ笑む。
「へえ。このまま本気も出さずみっともなく負ける選択をするかと思ったけど……面白い。見せてもらおうか、シンク・クロース。きみが僕たちを統べる王たる器かどうかをね」
また意味の分からないことを言っている。けれどガラハッドの言葉はもう聞かないことにした。話を聞くのは勝利を飾ってからだ。
シンクは歩いて距離を詰め、ガラハッドは横薙ぎに剣を構える。
歩いて歩いて距離を詰めるシンク。そうして二人の制空権がぶつかり、重なり、侵食し続ける。辛抱強く待ったガラハッドだが、このままいくと間合いが近すぎて剣を振れなくなると判断したのだろう。無防備なシンクを前に剣を水平に振った。
右頬へと迫り来る刃。けれどシンクは避けない。空を切る音が聴こえ、間もなく右頬に触れようとしている刃。通常ならもう回避できる距離ではなく、刃を潰しているといっても当たれば頬骨に深く食い込むだろう。
それでも動じないシンクは全ての意識を集中させ、感覚を研ぎ澄ます。右頬の角質から表皮に触れた刃の圧力は次第に真皮へと伝播する。その頃には既にシンクの細胞は左方向への移動を終え、剣から伝わる威力を運動エネルギーに変換させた。
刃は右頬を滑り、シンクの体は独楽のように高速で左回転する。
「通常の人間の……生物の取るべき動きじゃない! なんだそれは!?」
ガラハッドは声を荒げながら剣を上段に構えようとしている。シンクは両足で回転の勢いを殺し、続けて振り下ろされた剣に対して受け身の体制を取る。そして剣の圧力が頭皮まで到達した頃には体を丸め、運動エネルギーを変換させて前方に縦回転した。
「それならこれはどうだ!」
縦斬りと横斬りが駄目なら、と言った様子でガラハッドは打突してくる。シンクは剣と接触する瞬間、縦回転の方向をずらして打突の威力を逃がし、続けて剣の刃先に乗って回転した。
そのままガラハッドの後ろに回り込んだシンクは回転を解き、床に足をつけると姿勢を下げて腰の刀を握る。そしてガラハッドの背中に向けて抜刀した。
けれどガラハッドは背中を向けたまま横に飛び、上段に構えながら振り向き様に斬撃を繰り出そうとしている。
「残念! その行動は読んでい――」
ガラハッドの読みは正しい。けれどシンクを油断させるために背を向けたことと、一旦距離を取らずに直接攻撃に転じてきたことは詰めが甘い。
シンクはすぐに次の行動ができるよう加減して抜刀し、その直後ガラハッドの死角になるように背後へと移動した。そしてガラハッドが斬撃を繰り出した瞬間を狙って、背後から剣の横っ腹に刀を振り下ろした。
横っ腹を叩かれた剣は簡単に折れ、欠けた刀身を見つめてながらガラハッドは唖然としている。
「剣を折った者がこの試合の勝者でいいんだよな?」
そう問いかけるもガラハッドは答えない。観客たちの歓声は無くなり、唯一イズだけが勝利の雄たけびを上げている。
その光景に気を取られている隙にいつの間にかガラハッドはシンクから距離を取り、含み笑いを浮かべながら視線を外に向けていた。
その先にいるのは静かに頷くミーシャの姿。その瞬間、周囲の結界から強力なオーラが放出された。嫌な予感がする。
「おい! この試合俺の勝ちなんだからさっさと結界解けよ!」
「剣の勝負はきみの勝ちでいい。次は魔術で勝負しようか」
「そんな話聞いてねーぞ! だいたいこんな模擬刀で何が出来る――」
結界を突き破って刀が降ってきた。床に転がるのは『夢幻白桜』。レテルに貰ったシンクの愛刀だ。
顔を上げるとレテルが笑顔でこちらに手を振っている。その隣にいるルシアはなにか言いながらレテルに怒っているようだが急に外の音が聴こえなくなった。どうやら結界で音を遮断したようだ。それと同時に結界内に熱気が籠もってきた。
熱気の原因はガラハッドが放出する炎のオーラ。体に纏う眩い炎は次第に結界内を覆っていく。
「勝負は簡単。この結界内から無事脱出できたらきみの勝ち。できなければきみは灰になって消えるだけさ」
「くっ! この一方的に!」
シンクは持っていた刀を投げ捨て、紫炎のオーラを放出しながら床に落ちた夢幻白桜を手に取る。刀を引き抜いて腰に鞘を納め、迫り来る炎に飲み込まれる前に魔術を行使した。
「亡霊の隠匿」
炎に飲み込まれて灰になるはずの肉体は原型を留め、密閉された結界内ではシンクとガラハッドの視線がぶつかり合う。しかしガラハッドは何も言わずただ笑みを向けるのみ。やはりレテルを問い詰めるしかないようだ。
シンクは刀を水平に構えて紫炎のオーラを流し込む。亡霊の隠匿は相手の攻撃を受けない回避系の魔術だが、応用すると攻撃に転ずることもできる優れた魔術だ。
今はまだ難しくて複雑なことはできないが、この閉じられた結界から抜け出すだけなら十分に使える。
「ぶった斬るぜ! 死にたくなけりゃしゃがんでろ!」
そう言ってシンクは構えた刀を強く握り、水平方向に一周斬撃を放った。斬撃に乗った紫炎のオーラは結界をいとも簡単に切断し、密閉されて飽和状態の炎が外に吹き出す。
斬られた結界は瞬時に消失し、その後を追うように炎も消えた。周囲に攻撃性のある魔術がないことを確認した後、シンクはオーラを解く。
すると一斉に拍手と歓声が降り注いだ。
「なん……だよ」
周囲を見渡すと皆の視線が集まり、シンクの勝利を祝福している。初めて出会った連中に何も聞かされていない試合を無理やり受けさせられ、勝利すると気持ちの悪い言葉で祝福される。
――さすがはシンク様。あの方の息子だけある。やはり我らを導くのはシンク様しかいない。
知らない連中に褒め称えられるのはこんなに不快なものなのだと初めて知った。
「なん……だってんだよ」
鳴り止まぬ拍手と歓声。言い知れぬ不安が感情を支配して急に心細くなった。
「お見事だ。まさか本当にミーシャの結界を斬るとは」
左隣に目を向けるとガラハッドの姿がある。
「おい! これはどういう――」
「――まずはステージから降りたらどうだい? レテル様もお待ちかねだ」
そう言われて目線を下げるとレテルが微笑みながら手を振っていた。今の萎縮した心境でレテルに食って掛かる自信は無くなってきたが、それでもこれは憤らなければならないとシンクは思い、刀を鞘に納めてガラハッドとステージを降りるとイザークと目が合った。
「及第点と言ったところだ。もう少し貴様を見定めさせてもらうぞ、シンク・クロース」
何を言っているのかわからない。意味が理解できないのもあるが段々と言葉も理解できなくなってきた。そんな状態でレテルと相対した。
「これは一体どういうことだよ……」
そう問いかけるとレテルは扇子を口に当てて上品に笑う。
「随分と動揺しているようね。大丈夫? 抱きしめてあげましょうか?」
「そんなことしなくていい。それより――あれ?」
ようやく気づいた。一番近くで大騒ぎしていたイズの姿がないことに。周囲を見渡しながらイズの姿を探すもやはりどこにもいない。
「イズもルシアもここにはいないわよ、シンク」
「な、なんでだよ……。イズなんてさっきまでここにいたのに。二人でどこに行ったんだ……?」
「心配しなくてもまた二人と会えるわ。アストリーク大陸のティンバードールで」
今、聞き逃せない言葉を聞いた。
「お、おい! 今アストリーク大陸って言ったか? もしかして今イズとルシアはこの船にいないのか!?」
そう問いかけるとレテルは腕を組みながら人差し指を頬に当てる。まるで問い詰められて困ったように言いわけをする者――を演じているかのようだ。
「本当はこんなことする気なかったんだけどルシアが暴れそうだったから仕方なくアストリーク大陸まで飛ばしたの。それを知ったらきっとイズは暴れるでしょ? だから二人仲良く飛ばしてあげたの」
「と、飛ばしてあげたのって……。なんでそんなこと……。ルシアと一体何があったんだよ……」
困惑しすぎて頭が回らない。言葉もうまく出てこない。そんな中で振り絞ったシンクの疑問に対してレテルは答えを口にする。
「シンクを私たちの戦争に参加させるって言ったら怒ったのよ。だから頭を冷やしてもらうためにもアストリーク大陸に飛ばしたの。だって怒られる言われもないでしょ? 自分の息子をどう使おうが母親の勝手だもの」
「いや、それは怒るだろ。いくら俺がレテルの息子だからって子供を戦争の道具に使うなんて聞いたらルシアの性格上どう考えても――」
今、絶対に聞き逃せない言葉を聞いた。
「――って俺……。レテルの息子? レテルって俺の母親なの……?」
そう問いかけるとレテルはほほ笑んだ。
「ええ、そうよ。私とシンクは血のつながった親子なの」