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第2話 パーティ会場にて

 金細工が施された重厚な両扉の前に立つスタッフがレテルの顔を見るや深々と頭を下げる。次いで扉の開閉を専属で担う二人のスタッフが両扉を開け放ったその瞬間、イズの視界全てに豪華絢爛な世界が押し寄せてきた。


 床一面に敷かれたレッドカーペット。天井に嵌め込まれた巨大なステンドグラス。ホール状に造られたパーティ会場内は三階まで階段で行き来できるようになっており、会場中央にはクリームベージュの大理石が円球状に敷き詰められている。


 内装は気品あふれる厳かな装飾が施されていて、ここはまさに貴族が集う社交界の場。そしてその場に相応しい上品な装いの紳士淑女たちがあちこちで高級な料理やお酒に舌鼓を打ちながら談笑に花を咲かせている。


 あまりの場違いな世界に足を踏み入れたイズだったが、その独特の空気に圧倒されることなく、むしろ初めての経験に心が躍る。隣にいるシンクも同じ気持ちだったようで、顔を向けると瞳が輝いていた。


「「すげー! 超すげー! なんだこれー!?」」


 シンクと同じ感想を叫んだイズは一緒に会場中央まで駆け出した。大理石が敷き詰められた中央に立ち、シンクと全方位を見渡すとより豪華絢爛な世界が一望できる。


「おいおい! これからどうするシンク!?」


「決まってんだろイズ! まずは――」


「「――飯!!」」


 息ぴったりの二人は互いに拳を突き合わせる。あちこち見て回りたいところだが、まずは目の前の美味しそうな料理を食べることから始めると決めた。お昼には少し早いがそもそも朝食をとっていない。探索はお腹が膨れてからだ。


「あんたたち。浮かれてるところ悪いけどその場所入っちゃ駄目らしいからこっち来なさい」


 手招きするルシア。シンクと顔を見合わせた後、二人でルシアの元に駆け寄る。


「入っちゃ駄目ならそう看板立てとけよな」


「それはレテルに言いなさい」


「なんでレテル?」


「知らないわ。私も聞いてないし。何が何だかさっぱりわからない」


 そう言われてレテルに顔を向けると扇子を仰ぎながらほほ笑んでいた。その後方には両扉を閉めるスタッフの姿が見えた。


 そういえばずっとレテルは変だ。乗船してから船員たちはどこかレテルに気を遣っているようだったし、そもそも豪華客船の三人分のスイートルームを手配し、支払いをして、スーツやドレスも用意していた。


 明らかにイズたちを豪華客船に招き入れたいという強い意志を感じる。


 先日ルシアから、レテルはアクソロティ協会を打倒するため世界中で仲間集めをしており、その関係でアンヌリーク・ポエル号で待ち合わせをしている、という話を聞いた。


 ルシア自身、それ以上の話は聞いていないようだが、それと関係あるのだろうか。そう考えているとレテルは扇子を閉じ、胸元に隠すと二回ほど手を叩く。


 それに合わせて周囲から力強いプレッシャーを感じ、次いで照明が落ちた。


 何が起きたのかわからないまま周囲の気配を感じる。レテルの行動は不明だが周囲から感じる気配は張り詰めているものの敵意はなさそうだ。


 だから次なる展開があるまで静観していると周囲のプレッシャーが消えた。次いで照明がついたとき、歓談していた紳士淑女やスタッフたちが皆、片膝をつき、胸に手を当てていた。


 不思議な行動を取る者たち。その視線の先は大理石へと続く。イズは振り返って仰ぎ見ると腕を組むレテルが大理石の中心で佇んでいた。


 イズだけじゃない。シンクやルシアも困惑する中、レテルはこう口にした。


「ようこそ。ロイケット社交界へ」


 その言葉の直後。パーティ会場から割れんばかりの拍手喝采が鳴り響いた。



 パーティ会場が再び賑やかな雰囲気を取り戻した頃、ルシアは紳士淑女たちに取り囲まれていた。


 変わる変わる挨拶をしてはルシアをもてはやす人たち。


 刻限の聖天大魔導士ルシア様が味方につけばもう怖い者無しだ。さすがドナ先生の教え子だ。絶対に味方につくと信じていました――などなど。


 どうやらテレルの仲間たちがこのパーティ会場に集まり、ルシアが『ロイケット社交界』という組織に加わったことの歓迎をしているようだ。


 その光景を三階のテーブルから観察しながら食事をするシンク。隣に座るイズは本格的に食事に夢中になっている。


「この会合ってアクソロティ協会には内緒なはずなのに。こんな豪華客船で盛大にパーティ開いて大丈夫か?」


「会場に入る人はスタッフ含め全員しっかり身元確認してるし、結界を構築してこのパーティ会場から出入りも盗聴もできないようにしてるから大丈夫。そもそもこのパーティの案内自体、かなり入念な時間を費やして、厳格な情報統制を行ったうえでレテル様ご自身がしたものだから」


 向かいの席に座るエリウェルがシンクの疑問に答えてくれた。さすがにエリウェルはこの状況を承知しているようだ。


「そうだよな。大丈夫な状況作らなきゃこんな大胆なことしないか。――それでエリウェル。いくつか聞きたいことあるんだけどいいか?」


「うん。もう二人に隠す理由何もないから。私が答えられる範囲なら何でも答えるよ」


「ありがとな。――それじゃあまずロイケット社交界ってなんだ?」


「ロイケット社交界は聖天大魔導士ドナ・ロイケット様が主催する国の政財界や魔術師たちを対象とした社交場のこと。加入者は主にドナ様が魔術の教鞭を執っていた時代の教え子たちが多いみたい。ちなみにレテル様、ルシア様、それにアリティエ様もドナ様の教え子だよ」


「そのドナ様ってどんな奴なんだ? 魔術の先生ってことは聞いたことあるけど」


「なら順を追って説明するね。――ドナ・ロイケット様はアレン・ローズ様と同じアクソロティ協会創設者の一人。老齢ではあるけどとても聡明で活発な女性なの。アクソロティ協会では長年、魔術師教育に従事していたんだよ」


「ってことは魔術教育施設チャイルドヘイブンの教師だったわけか」


「うーん。それはちょっと違うの。チャイルドヘイブンは神の子供達計画によって集められた三歳から十五歳までの子供たちを対象とした魔術教育課程を過ごす学校。それ以降は計画対象者ではない普通の魔術師たちと一緒にアクソロティ協会が運営する学校で魔術教育を受けることになる。ドナ様は主にそっちのほうで教師をしていたみたい」


「言い方が過去形ってことは今は教師じゃないの?」


「うん。今は隠居されてる。ロイケット社交界に注力するため。――表向きじゃないほうのね」


「つまりロイケット社交界を隠れ蓑に反アクソロティ協会打倒組織を運営してるのか」


「そういうことだね」


「なるほどな。――あともう一つ質問だけど、ロイケット社交界メンバーはこの場にいる人たちでほぼ全員なのか?」


「ううん。この会場にいるのは東、北、南大陸のメンバーだけ。中央と西大陸のメンバーは別にいるよ」


「かなり大規模な組織なんだな。ロイケット社交界ってのは。けど、そんなに多いと顔と名前覚えられそうにないな」


「私自身ここにいる人たちとはほとんど初対面だし、船での会合は今日だけだから。きっと全員の顔と名前は覚えられないかな。普段は水面下で活動してるからメンバー同士顔を合わせる機会もない。けどロイケット社交界メンバーは今、本格的に革命を起こすため、ドナ様が住む大都市ネオベルに全員が集結しようとしているの」


「そんな中、聖天大魔導士ルシア・フェルノール様という心強い味方が加入したからメンバーみんな喜んでいるってわけか。――色々とよくわかったよ、エリウェル。教えてくれてありがとな」


「いいえ。どういたしまして」


 話を聞き終えたシンクは再び階下にいるルシアに目を向ける。相変わらず大人気のルシアは紳士淑女たちに囲まれているが、戸惑った様子もなく上手いこと大勢の人たちと喋っている。


 ルシアは人当たりも良く、周りをよく見ていて気遣いもできる社交的な女性だが、シンクたちと過ごした旅の大半は山を登ったり野宿したり砂漠を超えたりと自然を相手にすることが多く、社交の場で大勢と話す光景は半年間見たことがない。


 だからルシアは気疲れしているだろうな、とシンクは思う。周りに期待の眼差しを向けられている分、がさつな面を見せることは躊躇するだろう。普段のルシアはあんなに上品じゃない。


 視界に映る人たちは本当のルシアを知らない。その事実に優越感を覚え、シンクは思わずほくそ笑んだ。


「随分と楽しそうだね。師を称えられる光景はやはり弟子として格別かい? それとも尊きお立場のきみは雑種を見下すことで愉悦を味わうタイプなのかな?」


 後方から少年の声がした。なんの気配も無く背後を取られ、シンクは警戒しながら後ろを振り向く。そこにはブロンドの髪の少年が剣を携えて微笑んでいた。


 端整で凛々しく甘い顔立ちの少年。その立ち姿はどこか騎士を思わせる。


「言ってやるな、ガラハッド。尊きお方は地獄を知らず、何不自由なく鳥籠で飼われ、生きておられたのだ。世間知らずにも目に映る下民の群れが物珍しくて仕方ないのだろう」


 ガラハッドと呼ばれた少年の隣に並び立つブロンドの短髪の少年はそう告げると薄ら笑った。少年の鋭い眼光はまるで獰猛な鷲に睨まれているような感覚を受ける。


 それにしてもこの者たちとは初対面なはずなのだが、やけに言いがかりをつけて絡んでくる。何故、初対面のシンクにこんなにも嫌味を言ってくるのかわからないが、一つだけわかっていることがある。この二人は無性に腹が立つ。


「ガラハッド・リ・シュバイツェル。イザーク・ラウテンバッハ。私の友達に辛く当たるのはやめて」


 振り向くとエリウェルは不満げな表情で二人の少年を睨みつけていた。三人が知り合いであることは間違いなさそうだが、一体どういった関係だろうか。


 優しくておとなしいエリウェルがこうも強気に言える相手。よほどの仲なのだろう。そう思いながら観察しているとイザークと呼ばれた短髪の少年が舌打ちをした。


「エリウェル・ブラックベル! 共に地獄を味わった同士の貴様が何故この世間知らずのお坊ちゃんをかばう!」


「チャイルドヘイブンの地獄を味わったから偉いわけじゃない。それにシンクは年下だけど私より立派な男の子だもん。お坊ちゃんなんて言い方やめて」


 どうやらチャイルドヘイブン時代の仲間のようだ。辛い経験を共有すると仲間意識が強まるらしいが、シンクを憎んだような発言はその経験と関係があるのだろうか。


 それも気になる。気になるが今ほどもっと気になる発言を耳にした。


「なあ。エリウェルって俺たちより年上なの?」


 場違いな発言なのは承知している。シンクを取り巻く三人を一瞬で沈黙させた。けれど気になったものは仕方ない。


「えっと……。シンクって何歳?」


 戸惑いながらもエリウェルが尋ねてきた。


「誕生日がわからないんだけど多分九歳になったくらいかな」


「なら私は一歳年上。この二人も私と同い年だよ」


「へ、へえー! そ、そうだったのか! 知らなかったぜ!」


 エリウェルは同い年か、なんなら年下くらいに思っていた。それを言葉にするのは失礼な気がしてシンクは口を閉ざす。


 周囲に流れる妙な空気。その空気をタイミング良くぶち壊すイズの声が聴こえた。


「いやー! 食べられない! もう食べられないぞー! さすが豪華客船の料理はどれも絶品だなー! おかげで食べ過ぎちゃったぜ! これは夕飯までお腹空かせなきゃだな!」


 満足そうなイズは膨れたお腹を撫でながらシンクに目を向ける。それからすぐに周囲を見渡し、再び目線がシンクに戻ってきた。


「ずるいぞ! シンク! いつの間に友達できたんだよ! 俺にも紹介してくれ!」


「友達じゃねーよ。この二人は――」


「――なんだこのふざけた奴は。ずっと隣に居たくせに何も聞いてなかったのか」


 イザークは不機嫌そうに疑問を呈し、イズの性格を知っているエリウェルは口に手を当てて笑っている。一方、ガラハッドは腕を組んで唸り始めた。


「情報にないな……。きみは誰だ?」


 シンクのことは知っていてイズのことは知らないらしい。またシンクに疑問が増えた。


 この何も知らない状況で勝手に話が進むのは気持ちが悪い。二人とはあまり口を聞きたくないがそうもいかないな、と考えたところでこちらに近づいてくる女性の姿を見た。


「ガラハッド様、イザーク様。準備が整いました。そろそろ始めたいのですが如何でしょうか」


 ウェーブがかったライトブラウン色の髪の女性は手を前に組み、年下の少年たち相手に慇懃な態度を示す。


「おお。もうそんな時間か」


 イザークが呟く。ガラハッドは女性に優しく微笑む。


「助かったよ、ミーシャ。僕たち二人だけだとどうも時間にルーズなんだ」


 そう口にしたガラハッドの目線がシンクへと向いた。その表情は相変わらず笑顔が張りついているが、心の内は決して外見通りではなさそうだとシンクは思う。


「シンク・クロース。きみの実力を確かめたい。中央のステージで剣の試合をしないかい?」


「剣の試合? なんだよいきなり」


「きみは剣術が得意だと聞いた。同じ剣士として是非手合わせしたいと思ってね」


「そんな話誰に聞いたんだよ。それにさっきから俺に突っかかってくるけどどういうつもりだ」


「いやなに。きみのファンってだけさ。試合は刃を潰した模擬刀を使い、魔術やオーラの放出は禁止とする純粋な剣術勝負。剣を折るか一太刀入れた者が勝者とする。どうだい?」


「どうだいって言われてもな」


「面倒な奴だ。ガラハッドとの勝負に臆したならはっきりとそう言え」


 イザークの横やりには腹が立つ。けれど二人がどういう人間なのかわからないうちに売られた喧嘩を買うほどシンクも蛮勇ではない。


 そう思っていたのだが。


「試合受けてやれよ、シンク。面白そうじゃん」


 そう言って瞳を輝かせるイズ。面白いもの見たさのイズの好奇心がこれでもかと伝わってくる。相手の素性がわかるまで不用意に試合を受けるのは避けたいところだが、親友の頼みとあっては仕方ない。


「わかったよ。その試合受けてやる」

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