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第20話 小さな成人

 アクソロティ協会員が路上から屋内捜索に切り替えたのを窓から確認したルシアから合図が来た。シンクはいつでも逃げ出せるようイズと一緒に全員の荷物を手際よく一か所にまとめた。


 三人は話し合いの結果、ファイーナを匿うことに決めた。このためアクソロティ協会員たちの目を掻い潜り、無事見つからずにこの宿場から逃がすことが今回のミッションだ。


「本当によいのだろうか。我々を匿い、ルシア殿たちの立場が危うくなるのではないのか?」


 ファイーナは心配そうな顔つきで見つめる。ルシアはその不安を取り払うような笑みを浮かべた。


「いいのよ。あなたたちを手助けするって私たち三人で決めたことなんだから。心配する必要ないわ。――それよりシンク。あんた本当に体のほうは大丈夫なの?」


「大丈夫だって。だからあんま子供扱いすんな」


 ルシアが心配そうに頭を撫でてきたため、シンクは気恥ずかしくて眼をそむけた。


「シンク殿。もしかしたらラミアーヌの雫を所持しているのではないか?」


 ファイーナの言葉にシンクだけでなくルシアの表情もこわばった。その表情の変化を機敏に感じ取ったらしいファイーナは口早にそう考えた理由を続ける。


「それが体に不調をきたす原因ではないだろうか」


 ルシアと顔を見合わせた後、代表してシンクがその質問に答える。


「なんでラミアーヌの雫を所持してると俺が体調崩すんだよ。俺は暑いのが苦手なだけだ。この体調不良とは関係ないんじゃねーの」


 知られている以上、隠す必要がなくなったシンクは首にぶら下げていたラミアーヌの雫を服の中から取り出して見せた。近づいてラミアーヌの雫を確認したファイーナは優しく微笑む。


「失礼だが、シンク殿やルシア殿はラミアーヌの雫がどういった効果を持つか正確に理解出来ていないのではないだろうか」


 ファイーナの言うとおりシンクやイズは勿論、ルシアですら伝承としてラミアーヌの雫を知っているだけで、正しい性質や効果のほどは理解できていない。


「ファイーナの言うとおりよ。メルトリアでは希少性が高くてほとんど手に入らない。だから伝承として災いを遠ざけるお守りって情報くらいしか私も知らないのよ」


「ルシア殿の言うその伝承は正しい。ラミアーヌの雫はその名のとおり神鳥ラミアーヌが落とす雫のことだ。ラミアーヌは産卵時、体内で生成された分泌液を一緒に排出する。それが結晶化し、ラミアーヌの雫となる。この雫は巣の中に残り、卵が孵化して雛鳥が誕生し、外界を自由に飛び出せる若鳥に成長するまで肉体から漏れ出す魔力を封じ込め、存在を隠す効果を持つ。つまり存在を認知させない。逆に肉体の成長に伴って魔力が潤沢にある状態だと封じ込められたエネルギーが充満して熱暴走を起こす」


「魔力の元素であるアクソロティウム素粒子の性質を阻害する効果がラミア石にはあるのね。――なるほど。だから過剰な肉体エネルギーの熱を放出できない環境下だと、シンクは体調を崩していたわけね」


「そのとおり。けれど言い換えれば魔力量が成人になったということだ。シンク殿はきっと早熟なのだろう。もしよければ私がシンク殿の体調を正常に戻すこともできる」


 シンクは急に大人になったと言われても実感がわかない。現に自分自身まだ子供だと思っている。しかしラミアーヌ島を飛び出して半年が経過し、着実に成長している証を手渡されたようで込み上げるものがあり、胸が熱くなる。


 シンクはラミアーヌの雫を手のひらに置いて見つめる。するとルシアがシンクの肩に手を置いてきた。その顔はとても嬉しそうに微笑んでいて、そのことが何より嬉しかった。


 そしてラミアーヌの雫を託してくれたマザーケト、ヤエ姉、島のみんなに成長した今の自分の姿を見せたい。そう思うと急に懐かしさが込み上げてきた。


 マザーケトに言われた通りラミアーヌの雫を手放すときが自分でわかった。だから今、このお守りは自分には不要なモノだ。


 シンクはラミアーヌの雫を首から外し、ルシアに手渡した。


「やるよ、ルシア。ずっと欲しがってたろ?」


「以前はそう言ったけど、いまさらあんたたちから貰えないわよ。確かにその石はもうシンクには必要ないのでしょうけど、大切な人から貰った贈り物でしょ? そんなものを――」


「――いいんだ! 受け取ってくれ! 半年間旅して俺が成長したのはルシアのおかげだ。だからこれは約束の報酬だ。それにルシアは大切な仲間だし、大切な家族みたいなもんだ。だからこれを渡してもマザーケトは怒ったりしないさ」


「でも、そういうわけにはいかないじゃない……」


 出会った頃より身長も伸び、体も大きくなった。けれどルシアからすればまだまだ成長途中の未成熟な子供に見えるのだろう。それは理解している。けれどシンクは渡すことを諦めない。


「ルシア前に言ってたよな。娘のためにラミアーヌの雫を探してるって。それって本当か嘘かもわからない伝承にすがってでも悪い奴らから娘を遠ざけたいって思ってるんだろ? 世界中を旅して、俺たちみたいな子供の世話を引き受けて、そこまでしてでも守りたい大切な娘なんだろ? 俺はこのラミアーヌの雫を大切な人から受け取った。だから今度は俺の大切な人にラミアーヌの雫を受け取って欲しいんだ。――なあ、ルシア。受け取ってくれないか?」


 シンクは再びラミアーヌの雫をルシアに差し出した。手のひらに乗るラミアーヌの雫は日の光を反射して輝いている。


 ルシアがラミアーヌの雫を受け取ったからといって三人の関係がただちに終了するわけではない。けれどいずれ来るべき別れのときを示唆する儀礼のような気がして悲しい気持ちはある。


 それでもシンクはルシアに受け取ってもらわなければならない。だってこれはバトンだ。本来目に見えるはずのない、大切な想いが形となったバトン。ルシアが最愛の娘と出会うための道しるべ。後はゴールまで走り抜けるだけだ。


 そんなシンクの決意を感じ取ったのか、ルシアも決意した表情でラミアーヌの雫を受け取った。


「ありがとうシンク。本当あんたは……」


 シンクがラミアーヌの雫を渡した直後、ルシアに抱きしめられた。ルシアは普段通り気丈に振る舞おうとしていたようだが、どうしても堪えきれなかったらしい。


「何だ~ルシア。泣いてるのか~?」


 ニヤニヤと憎たらしい笑みを浮かべるイズ。ルシアは後ろを振り向いて零れ落ちる涙を手で拭う。


「泣いてないわよ! ちょっと目にゴミが入っただけ!」


 湿っぽいのは苦手だし、泣き顔を見られるのは誰だって恥ずかしい。このあとどうやってルシアと接すれば良いかわからないシンクにとって、イズの無邪気な言動は助け舟のようでありがたい。


「わ、私のことよりシンクのことよ! ファイーナ! シンクの体調を整えられるって言ってたわよね!? 悪いけどお願いできるかしら!?」


「あ、話そらした」


 イズのツッコミを無視するルシアを微笑ましく見つめていたファイーナはシンクの元に近づいてきた。


「承った。――ではシンク殿。そういうわけなのだが、いかがだろうか?」


「ああ、願ってもない。よろしく頼むぜ」



 承諾を得たファイーナは部屋の中に感知阻害用の結界を構築し、これから行う作業を説明した後、シンクの胸に手を当てる。


 ファイーナはオーラを放出し、魔力を流し込むとシンクの体から炎のように揺らめく透明なオーラが放たれた。


 今、ファイーナは肉体に蓄積されたエネルギーを強制的に魔力炉に流し込み、燃焼を補助している。魔力炉から造成された不可視の魔力エネルギーは魔術集積回路を通過することにより、オーラという視覚可能な魔力エネルギーに変換され、シンクの体外へとゆっくり放出されていく。


 汗を流すシンクの表情が和らいで、作業は順調に進んでいた。しかし突然、問題が発生した。


 魔力エネルギーが魔術集積回路を通過するとアクソロティウム素粒子を媒体として、思考により物理現象を操ることができる。これが魔術と言われるものだ。


 アクソロティとはエネルギーを魔力炉に流し込み、造成された不可視の魔力エネルギーを魔術集積回路まで流し込む作業工程を補助する機械装置。つまり生物が自発的に行える作業工程まで補助するのがアクソロティの役割だ。


 それを熟知しているファイーナは蓄積した過剰な肉体エネルギーをアクソロティに少しずつ運搬させてやれば、機械制御で後は流れるように作業が進んでいく。そう思っていた。


 けれどそれはアクソロティを体内に投与し、機械によって魔術を行使する者の場合だ。ファイーナは肉体のコントロールを得るまで知らなかった。シンクがセカンドチルドレンであるということを。


 セカンドチルドレンのほとんどは生まれながらにしてアクソロティの補助を必要としない。つまり魔力炉でのエネルギー燃焼から魔術の行使まで、全ての作業工程を自分で行える。


 機械仕掛けの魔術師ではない、生まれながらにして生粋の、本物の魔術師だ。


 だから蓄積したエネルギーを少しずつ押し出すファイーナの作業要領をシンクが習得してしまうと、無意識に自分で作業工程を行ってしまう。


 さらにセカンドチルドレンは親の魔術的形質を受け継ぐことが多い。

 

 魔力エネルギーが魔術集積回路を通過すると本来は透明なオーラを放出する。しかし、魔術を行使することにより、魔術集積回路を通過した後のオーラの色は術によって変化する。


 今、シンクは自発的に行ったエネルギー燃焼により膨大な魔力が作られ、死や呪いといった類の魔術式を組んだときに発生する紫色のオーラが放出する。

 

 その膨大な魔力は結界を容易く通過してしまう。ファイーナは急いで流入量を制御するも、アクソロティ協会員たちにシンクの存在を知覚させてしまったようだ。窓からアクソロティ協会員たちが一直線にこの宿場まで走って来るのが見えた。


「おお! なんだこれ!? 俺すげーことになってるぜ!」


「シンク殿! 早くオーラを絞ってくれ! アクソロティ協会員たちに見つかってしまう!」


「そうか! ちょっと待ってくれ!」


 シンクは急いでオーラの放出を絞る。


「まずいわ! ――あんたたち! 私が誤魔化して時間を稼ぐから何とか作戦を考えて!」


 ルシアの慌てる声。イズとシンクは互いに顔を見合わせて頷いた。



 ルシアが急いで扉の前に向かう中、シンクはバロンをクローゼットの中に押し込め、ファイーナを木製のバスケットに入らせて白いシーツを被せた。それからイズと一緒にベッドの下に隠れる。


 こんな状況だ。部屋の中を捜索されたら確実に見つかってしまう。バロンに至ってはクローゼットに押し込めただけで扉は空いており、体は完全に丸見えだが、何もしないよりは幾分マシだ。


 コンコンと扉をノックする音が聴こえた。ルシアは緊張した面持ちで扉を開いたので盗み見ると、案の定アクソロティ協会員が部屋の前に立っていた。


「あら、何の用かしら?」


 平静を装いながら部屋の外に出るルシアは後ろ手に扉を閉めた。部屋の外からはルシアとアクソロティ協会員たちの話し声が聴こえる。


 緊張感漂う中、バロンは悲し気な顔をしながら、イズが買ってきたビスケットをおもむろに食べ始めた。


「お労いたわしや姫様。ディアタナの女神とまで称されたあなた様が何故このようなみすぼらしい場所でお隠れに」


「良いのだバロン。これも全ては民のため。人間界で我らの国が持てるための修練と考えれば、この程度の我慢は苦痛ではない。私はいずれマレージョの皇帝として君臨し、民を導くのだ。――ところでバロン。あなた先ほどから何か食べてはいないだろうか?」


「いいえ、何も食べてはおりません……」


 泣きながら二箱目となるビスケットに手を伸ばしたバロン。そしてガシャガシャと袋の包み紙を開ける音を立て、ビスケットをかじった。


「やはり何か食べる音が聴こえる。これは――ビスケット?」


「何も食べておりません姫様……」


 バロンはファイーナが見ていないのをいいことにビスケットを独り占めしているようだ。


「そうか……。ならば私の勘違い――」


 パキッと爽快なビスケットをかじる音が響いた。


 遂に堪忍袋の緒が切れたのか、ファイーナはバスケットから飛び出してクローゼットを覗き込むとバロンがビスケットをかじっていた。これにはファイーナも目を見開いて驚いている。


「――やはり食べているではないか! これはビスケットだな! 私は腹を空かせて行き倒れていたというのに! あなたという者は! この大食漢! 私にもビスケットをよこしなさい!」


「うおーん! お労いたわしや姫様ー!」


「姫様ではない! ビスケットをこちらによこしなさい!」


 泣き叫びながらビスケットをほおばるバロン。それを取り上げようと叫ぶファイーナ。その姿は本当に仲睦まじく微笑ましい。しかし自分たちが身を隠す存在だと忘れ、アクソロティ協会員たちに居場所を知らせていることに気づいてない。


 ベッドの下に隠れるシンクとイズはその光景を凝視していた。するとようやく二人の視線に気づいたようで、我に返ったファイーナは青ざめた。


「しまった!」


 すぐにバロンの口を塞ぎ、居留守を使うがもう遅い。部屋の外からルシアとアクソロティ協会員たちの言い争いが聴こえる。


「やっぱりいるじゃないですか! ルシア様! 何を隠しているのです!」


「違うわ! 隠してたのはビスケットよ!」


 混乱しすぎて意味不明な言い訳をするルシア。そろそろ引き留めるのは限界のようだ。いざとなれば窓を突き破って連れ出そうと考えたシンクはイズとベッドから抜け出すと、思い詰めた様子のファイーナがバロンを引っ張って近づいてきた。


「瞬間移動を使う! 私につかまってくれ!」


 イズと顔を見合わせた後、混乱しすぎて意味不明な発言をしたと思われるファイーナに優しい声をかけることにした。


「大丈夫だぞファイーナ。俺たちがついてる」


「そうだぜ。心配しなくても俺たちが逃がしてやる」


「優しい! けどそうじゃない! とにかく誰にも見つからず逃げ出せる手段がある! だから私につかまってくれ!」


 あまりにも必死なファイーナの懇願。シンクはファイーナの肩につかまった。しかし先ほどまで隣にいたイズの姿がない。シンクが後方に目線を向けると窓を全開にして荷物を背負うイズの姿があった。


「何やってんだイズ! 早く来い!」


「悪い! 今行く!」


 イズは急いで駆け寄るとファイーナの肩につかまる。そうしてファイーナはバロンの手を握り、オーラを放出させる。すると視界が一瞬にして暗転した。

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