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第19話 ファイーナ皇女

 椅子に座って頭を抱えるルシアの前には、膝を抱える小柄なファイーナと大柄なバロンの姿がある。ファイーナとバロンは申し訳なさそうな顔でルシアの顔色を窺っている。


「異世界ディアタナで三大勢力と呼ばれる派閥のひとつ。皇位継承権第二位を保持するマレージョ。ファイーナ皇女ってことで間違いないのよね?」


 ファイーナとバロンは小さく頷く。


「メルトリア語を話せるようだし、こちらの言語で話させてもらうけど、あなたたちが置かれている状況はディアタナを偵察していた同僚から聞いてるのよ。皇位継承権争いで序列一位の兄ハルマトラン、序列三位の妹オルティアナ、そしてファイーナの勢力が激突しているってね」


 ファイーナとバロンは小さく頷く。


「あなたたちのお父様は最初に人間の世界を支配した者に皇位を継承させると言っているのよね?」


「いいや、それは違う」


 ファイーナは首を横に振った。


「父上から言われている皇位継承の条件は人間世界で最初に自分の国を築くこと。そして国という定義は人間世界で社会基盤を築けているか。方法までは条件づけられていない。決して人間世界を支配するなどという――」


「――けれど事実、あなたたちは十年以上、このメルトリアに甚大な被害をもたらした。それを否定するのかしら?」


「それは……私ではない。兄ハルマトランと妹オルティアナの勢力だ。私は和平により人間との対等な関係を築き上げたい。そして自分の国を持ちたいと考えている」


「マレージョにも和平を望む者もいる。それは理解したわ。けどね、マレージョに多くの命を奪われたメルトリア人では絶対にファイーナを歓迎しない。信じられないもの。それに、そんな難しいことをしなくとも、ファイーナの兄妹のように力で人間をねじ伏せたほうが簡単に国を持てるじゃない。なんでそれほどまでに和平にこだわるの」


「私が争いを望まないからだ。争いたくないから話し合いで解決したい。だからこうして人間社会に潜り込んで人間の文化を勉強している。何か一つでも和平の道につながらないかと」


 和平を望むというファイーナの言葉にルシアは唸りながら押し黙った。マレージョは知性が高く狡猾な生き物だと言われており、今の会話にも裏があると思えば随分と気が楽になる。


 しかし、今の短い会話だけでもファイーナがどれだけ誠実な人物であるかルシアにしっかり伝わった。人を騙すための演技ではない。


 それだけに扱いが困る。アクソロティ協会に報告して身柄を突き出すのは簡単だが、本当にファイーナが和平を望むならこの方法は間違いなく悪手だ。アクソロティ協会は絶対にファイーナの話など聞き入れない。アクソロティ協会長アレン・ローズは絶対にファイーナを処刑するはずだ。


「さて、一体どうしたものかしら……」


 そう独り言ちたルシアは心の中で大きなため息をつくと袖が引っ張られる感覚があり、目を向けるとイズが不思議そうな顔をしていた。


「ルシア、困ってるのか?」


 困っていることは間違いない。ファイーナをこの場で見逃せばアクソロティ協会から裏切り者として粛清対象となるだろう。けれど人類の未来を考えれば見逃すのが最善の手だ。将来的にファイーナがディアタナで玉座を手にすれば、人類の脅威は大きく減少するのだから。


 そのことを二人に説明するということは責任を背負わせるということだ。アクソロティ協会を裏切ればルシアは追われる身となり、三人の旅路はここで終了となる。逆に将来的な人類の存亡など黙殺し、目の前の楽しいことだけ追い求めることもできる。ただしその場合、子どもたちの未来を閉ざすこととなる。


 勿論、二人の選択でメルトリア人の命運が決まることはない。だが小さな子供たちの背中に本来負うべき必要のない、大人たちの責任が重くのしかかる。だから二人に選択を迫らない。迫っていると思われるような発言はしない。


 様々な思考を巡らせるルシア。その感情を読み取ったのか、イズは優しく手を握り白い歯を見せて笑った。


「困ったら俺たちを頼れ。大人が子供を頼っちゃいけないってルールはないんだぜ?」


 続けて顔に巻かれた包帯を取ったシンクは、ベッドに立て掛けた刀を手に取って笑う。


「イズの言うとおりだぜ。ルシアから見たら俺ら二人は保護すべき子供なんだろうな。実際そういう関係だし。けどな、俺たちとの契約で旅に同行してる身分だってこと忘れるなよ。つまり契約があるうちは三人は同じ旅人で、対等な仲間だ。同じ飯を食う家族だ。だから俺たちは互いに助け合わなきゃならない。一人で背負い込んで何とかしようなんてそれこそルール違反だぜ?」


 そう話す二人の笑顔を見たルシアは思い出した。以前、レテルから困ったら二人を頼りなさいと言われたことがあった。指摘されたとおり、保護者としての意地があり、あのときは適当に流して聞いていた。


 その考えを正すべきときが来たのかもしれない。二人はまだ子供で、保護者として教育すべきことは山ほどある。しかし出会った頃の二人より大きく成長している。少しくらい背中を預けてもいいのかもしれない。


 ルシアは溢れる感情に心地よさを感じながら、重なるイズの手を握り返す。


「あんたたちの言うとおりね。一人で意地張ってた。ごめんなさい。――ならしっかりと頼らせてもらうわよ! 覚悟なさい!」


 イズとシンクは互いを見て、満面の笑みを浮かべた。


「「おう! 任せとけ!」」



 こうしてルシアはメルトリアの存亡にも関わる重要な選択肢について語って聞かせた。イズとシンクはその話を真剣な顔で聞き、ファイーナとバロンは口を挟まず静観していた。


「なるほどな。アクソロティ協会、ファイーナ、そのどちらの立場に加担してもルシアは苦しいってわけか。けど、大して悩むような問題じゃないと思うけどな」


 そう話すシンクは刀を握りながら窓の外に見える者たちの姿を睨む。同じく窓の外を眺めるイズは顔に巻き付けた包帯を取りながらビスケットをかじった。


「そうだな。どう考えたってアクソロティ協会悪者過ぎるし。タマ……じゃなかった。ファイーナに協力する以外の選択肢ねーよな」


「それはそうなんだけど……って、あんたたち。さっきから一体何を見て――」


 二人の行動に疑問を持ったルシアは窓の外を覗き込むと、アクソロティ協会員たちがぞろぞろと集まり、行き交う人々に聞き込みをしている。


 三人は後方で正座するバロンに目線を向ける。当人は事態を把握していないようだが、状況を察したファイーナは申し訳なさそうに頭を下げる。


「済まない。全ては私の失態だ」


「何を申しますか姫。人間に頭を下げるなどお止めください。失態というのであれば私が代わりに謝罪いたしましょう」


 当事者としての自覚のない発言にファイーナは困ったように笑う。


「ありがとう。しかし責任を取るのは皇女の務め。――だが、バロン。今度街を出歩くときは大きな声を出さないよう注意してくれ」

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