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第18話 ジェヴァークの砂漠

 シャラディア町にある寺院を出発してから三か月が経過した。


 三人はレテルとの約束通り、カラカサ共和国シム・ティキナという港町から出航する豪華客船に乗船する予定で旅を続けている。


 現在はシェミアンヌ共和国ジェヴァーク領の砂漠地帯を横断している。この砂漠地帯を抜ければ目的のシム・ティキナに到着する。


 ここまでの旅路は至って順調だったが、砂漠地帯に足を踏み入れた途端、茫然と広がる砂の海に足を取られ、思うように前進できないでいた。


 三人は風紋を荒らしながらジリジリと照り付ける直射日光から逃げるよう小さな宿場の軒下へと潜り込んだ。


 日差しが当たらぬようフード付きの薄いローブを被り、こまめに水分補給をしながら挑んだ砂漠越えだったが、やはり経験の浅い者たちが砂漠地帯を抜けようとしたこと自体、無謀な挑戦だったらしい。


 暑さもそうだが、砂に足を取られながら景色が変わり映えしない場所を歩くのは肉体的にも精神的にも負担が大きい。


「もう……駄目だ。俺……もうすぐミイラになるかも……」


 暑さに弱いシンクは弱音を吐き、地面にへたり込んでしまう。その隣で腰を下ろしたルシアも肩を並べる。


「暑いし、疲れたし、これはもう……痩せるわ」


「ルシアぜい肉だらけだから痩せてちょうどいいじゃん」


 いつもの減らず口を相手にする余裕のないルシアは相変わらず元気なイズの姿を羨ましく感じる。


「本当にどこでも元気よね。関心しちゃうわ。――そんな元気なイズにお願いがあるんだけど、どこかで水と食料調達してくれない? 余ったお金は好きに使っていいから。その間、私とシンクはこの宿場にチェックインして休ませてもらうわ」


 ルシアはポケットからお金を取り出してイズに手渡す。イズは目を輝かせながらそのお金を受け取った。


「マジ!? よっしゃー! じゃあさっき砂漠で歩いてた変な動物買って来よーっと」


「いや、あの動物はこの地域の民族が大事にしている家畜だから売ってもらえないし、旅の邪魔だし、買えると仮定してもイズに渡したお金じゃ全然足りない――ってもう行っちゃったし」


 お札を握りしめるイズはルシアの話など全く耳に入らず、ただ好奇心の赴くままに行商人たちが行き交う活気あふれる市場へと消えていった。その二人の会話を聞いてすらいないシンクはうなだれながら独り言ちる。


「ミ、ミイラになる……」



 市場に着いたイズはまず初めにルシアの言いつけ通り水と適当な食料を調達してお使いを済ませ、それから軒を連ねる様々な出店を見て回った。郷土料理、郷土品、衣類、日用品、嗜好品などバリエーション豊富に取り揃えてあり、イズの好奇心をくすぐるには絶好の場所だ。


 こうして様々な場所を見て回ったイズは市場の隅に生えていた一本木に背中を預け、手持ちの予算で何を購入するか決めかねていた。当初の目的どおり砂漠で歩いていた変な動物を購入しようと行商人たちに「すみません。このお金で買えますか?」と、しおらしく声をかけるも皆一様に嫌な顔をして断られてしまう。


 飲食物や日用品はお小遣いを使わなくてもルシアにねだれば手に入るし、折角ならこの場所でしか入手できない手元に残る物を購入したいと考える。けれど一度変な動物が欲しいと思ってしまうと、どうしてもそのことが頭から離れない。


 唸りながら考えるイズ。その視界にローブを深く被った小柄の人がおぼつかない足元で目の前を通り過ぎ、一メートルも歩かないうちに膝から崩れ落ちた。


「おお!? 倒れた! おーい! 大丈夫か、あんた!」


 駆け寄って近くで観察する。倒れた者のローブがはだけ、露になるその素顔は桜色の髪をした小さな女の子だ。しかし人間と呼ぶには外見上に違いがある。子猫のような姿をしている。


 さてどうしたものか。腕を組んで再び思考にふけっていると、その猫顔の女の子と目が合った。


「た、助け…。み、水。食べ物……を」


 水や食料を求めて行き倒れたであろう猫顔の女の子。イズは腰を落としてポケットから取り出したお金を差し出す。


「すみません。このお金で買えますか?」



 シンクとルシアがチェックインした宿場に戻ったイズは意気揚々と古びた木製の扉を開けた。


「今戻ったぜ! ルシア! それにシン――ク!? どうしたんだお前!? ミイラになってるじゃん!」


 イズの視界に映るのはベッドで横になるシンク。その顔は薄汚れた包帯でグルグル巻きになっていた。確かにずっとミイラになると呪文のようにブツブツ呟いていたが、本当にミイラになってしまうとは思ってもいないイズは阿鼻叫喚の声を上げた。


 ルシアは両耳を塞ぎ、叫ぶイズに声を上げた。


「シンクは呪いでミイラになった訳じゃないのよ! 熱中症になっていたから宿場のおじさんが気を利かせて応急処置してくれたの! この包帯は熱冷まし代わり!」


 そう言いながらルシアはやけに年季の入ったメッキ製のボウルから冷水で浸した包帯をつまんでイズに見せつけてきた。よく目を凝らすと確かにシンクに巻かれている包帯は湿っており、説明通り熱冷ましの代用品として用いたようだ。


 そんな包帯だらけのシンクはモゴモゴと口を動かしながら親指を突き立てた。どうやら「ミイラになった」と言っているようだ。


 先ほどより元気を取り戻したシンク。その姿を見たイズはホッと胸を撫でおろし、購入してきた荷物をルシアに手渡してケラケラと笑い声をあげながらハイタッチを決めた。


 すると突然、ルシアが絶叫した。


「えっ!? 何!? 何これ!? 猫!? ――ちょっとイズ! 猫拾って来たの!? うちじゃ飼えないんだから捨ててきなさい!」


「猫じゃないぞ! 砂漠で歩いてた変な動物買ってきたんだぞ!」


「ええっ!? あんたが買いたかった動物ってこれなの!?」


 ボウルから包帯を取り出して自身をミイラ化して遊ぶイズなど眼中にない様子のルシアは急いでローブをめくると、猫顔の女の子が現れた。


「ええー!? 人間!? 猫!? 猫人間!? 人間猫!? 何この生物!?」


「済まない。少々ご厄介になる」


「喋ったー!」


 阿鼻叫喚の声を上げるルシアのことなど気にしないイズは購入品の一つであるビスケットを箱から一つ取り出し、猫顔の女の子に手渡した。猫顔の女の子はビスケットを受け取り、小さな口で爽快な音を立てながらかじり始めた。


「よーしよし。いい子だなー、タマ」


 猫っぽい外見と桜色の髪以外どこをどう見ても人間だ。猫プラス幼女という容姿からむしろ普通の人間より愛嬌がある。


「イズ。えーとまずはその子の名前。あんたが付けた名前じゃない――その子の本当の名前を教えてくれない?」


「わからん。――タマ、本当の名前を教えなさい」


 飼い主たるイズはもう一枚ビスケットを取り出し、猫顔の女の子に手渡した。


「申し訳ない。事情があって私の名前は――」


「――姫さまー!」


 宿場の外で野太い男の声がする。イズとルシアは窓の外に目を向けると、ローブで全身を覆った巨漢の男が頻りに目線を動かしながら何かを探していた。


「どこですかー! 姫さまー! ファイーナ姫さまー! 猫の顔をして愛らしいファイーナ姫さまー! 桜色の髪が綺麗で人間の幼女のような姿のファイーナ姫さまー!」


 的確に猫顔の女の子の特徴を言いふらす巨漢の男。三人は一斉にその特徴が完全一致するファイーナ姫さまに目線を向けた。


 猫顔の女の子は急いでローブを被り、飛び出すように窓際まで駆け寄ると勢いよく窓を開けた。そして出来うる限りの小声で巨漢の男に呼びかける。


「バロン! 何をやっているのです! 今すぐその大声を止め、可及的速やかにこの宿場まで来なさい! 目立たず来なさい!」


「姫さまー! 生きとったんですかー! ファイーナ姫さまー!」


「だからその大声を止めなさいと言っているのです! 急ぎなさい! そして目立たず来なさい!」


 歓喜の声を上げる巨漢の男には猫顔の女の子の必死な声は届かず、拡声器のように「ファイーナ姫様」と呼び荒らしながら、大勢の注目を集めて宿場までやってきた。

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