第17話 お化けメイク
魔道会議が終了し、アレンや古参魔導士が退席したところで殺気だっていた場内は和やかな雰囲気を取り戻した。
会議場にいるのが顔見知りだけになったのも大きい。なにせ先輩後輩はあるが、この場の全員がかつての学友たちなのだから。
ルシアは座椅子の背もたれに体重を預けると左腕に着けた時計に目を向ける。シャラディア町は間もなく午前三時を迎える。
ゼロに起こされたときイズとシンクの姿が見えなかった。あれから会議に向かうまで二人は戻って来なかったのでまた何か良からぬことをしているのだろうと考え、心配はしていない。
けれど二人が寝床に戻ってきたとき、自分が目を覚まさないのはさすがに心配をかけるかもしれない。会議は短時間で終わったが、夜更けにずっと悪だくみをする二人ではない。特にイズは睡魔に負けて寝床に戻ってくるはずだ。
ルシアは椅子を引いて立ち上がり、背伸びをしたところでにやけ面のレテルが近づいてきた。
「なにずっとニヤニヤしてんのよ、レテル」
「ちょっとルシア。あなた一体なんのつもり? 危うくアレン様との会議中に爆笑するところだったじゃない。学友もれなく全員粛清されるところだったのよ」
そう言ってきたレテルの周囲では確かに学友たちが笑い声を上げているし、迷惑そうな顔をしている者もいる。
理解できないルシアは腕を組んで考える。するとアリティエがコンパクトミラーを向けてきた。
「私は似合ってると思うけど。おばけのメイクとしては力作だよ」
「はあ? おばけって一体なんの――」
コンパクトミラーを受け取って自分の顔を見た。確かにアリティエの言う通り力作ではある。今まで見てきた落書きの中でもかなり本格的な出来だ。しかし――。
「――あ、あのガキんちょがー! イズか!? シンクか!? 両方か!?」
そう叫んだルシアは周囲の笑い声を耳にしながら思念体の通信を切断した。
◆
目覚めたルシアは上体を起こして半開きの扉に目を向ける。そこには煌々とした月明りに照らされながら半べそをかいて抱き合うイズとシンクの姿があった。
寺院周辺の気配を探るとどうやら魔術師が思念体を創造し、二人を脅かしているようだ。間もなく思念体が二人に襲い掛かろうとしているため、ルシアは急いで駆けつけて寺院の両扉を開け放った。
「ルシア!」
二人は這いずるようにルシアに近づいて足にしがみついてくる。
「ル、ルシア! あいつ俺の刀が全然通用しなかったんだ!」
「俺のパンチやキックもだぜ!」
「ごめんね。こんなことなら魔術の種類だけでも教えてあげればよかった。――あれは女性に見立てただけの思念体。怪我したり呪われたりすることもないわ」
取り乱す二人をなだめるルシアは思念体を霧散させ、続けて寺院の中にいる魔術師を周囲の空間ごと掴み、外に放り出した。
雨でぬかるんだ地面に転がり泥だらけになった男。その男は逆上して声を荒げた。
「ふ、ふざけるんじゃねえ! このおばけ女!」
「おばけはあんたでしょう」
ルシアは前頭葉に狙いを定めて指を鳴らし、男の脳内を大きく揺らした。男は足元がおぼつかなくなり、盛大に水たまりの中へと倒れ込んだ。
二人が贈る歓声と拍手喝さいの中、ルシアは笑みを向けた。
「とにかくあんたたちが無事でよかったわ。日が昇ったらあの男をアクソロティ協会に突き出してやりましょう。――でもその前に……私の顔に悪戯すんなー!」
◆
朝になると雲一つない晴天が広がっていた。
昨日のおばけ騒動の顛末は魔術師がイズとシンクを追い出し、ルシアを一人にしたところを襲う予定だったらしい。
三人は旅支度を済ませてから縄で縛った男を寺院の外まで引っ張る。男は観念したように暗い表情でトボトボと歩く。
「まったく! 寝込みの女性を襲うつもりだったなんて本当最低ね! 確かに私は襲いたくなるほどの美貌とナイスバディを持ってるけど」
「はっはっはっ! だらしない体の年増好きなんておっさん趣味わる――」
イズにげんこつを落とす。その隣ではシンクが男と話している。
「でもおっさんよくあそこでルシアを襲おうとしたよな。俺たちを追い払っても他に十人くらいの旅人が寝てたんだぜ? 気づかれたらどうするつもりだったんだ?」
「はあ? 旅人? そんなの居なかったぜ。昨日ここに泊まってたのはあんたら三人と俺だけだろ?」
ルシアはかなり手加減したつもりだが、どうやら男の記憶を錯乱させてしまったらしい。
「私のお仕置きで記憶飛んだの? 夕飯みんなで作って食べてたでしょう。あんたは混ざらなかったけど、そのとき夕飯のおすそ分けしてあげたわよね?」
「何言ってるんだあんた。確かにそこのガキが俺に夕飯持ってきたが作って食べてたのはあんたら三人だったろ」
「な、何言ってるのあんた! 私たちを怖がらせようだなんてそうはいかないわ!」
「俺があんたら怖がらせてなんになるんだよ」
「昨晩おばけでこいつら怖がらせてたじゃない」
「だからそれはガキどもを……」
男と言い合いしていると寺院を見つめる二人の様子がおかしいことに気づき、声をかけることにした。
「どうしたのあんたら」
二人は涙目になりながら寺院を指差す。ルシアは「どうしたのよ」と言いながら振り向いた。そこには昨晩お世話になった旅人達が見送りでもするかのように手を振っていた。――ただ、旅人たちは青白く光り、顔が無かった。
ルシアは血の気が引いていくのを感じ、必死に笑顔を取り繕って手を振る。隣の二人も真っ青な顔で笑いながら手を振っている。
幸せなことに男は今、最悪な状況であることに気づいてない。
「何してんだお前ら」
ルシアは二人と叫び声を上げながら、一目散に駆け出した。
「なんだあいつら。変なやつだな。寺院に何があるって言うん――だ?」
男が会話を止めた。ようやく気づいたようだ。青白く光った顔の無い存在が宙を浮きながら、猛スピードでこちらに迫って来る状況を。
「ギャー! おばけー!」
こうして四人仲良く、次の街まで必死に走り続けた。