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第16話 魔道会議

 ルシアは思念体を飛ばし、ムーンレミイで開催される魔道会議場へと辿り着いたのは会議開始時間の五分前だった。


 一面に広がる眩い光が次第に色彩を取り戻し、周囲の輪郭を認識できるようになったところで、赤色と金色の豪華な装飾をしたクロス、長方形のテーブルが四本、視界に飛び込んできた。


 上席には既に二十九人の聖天大魔導士が鎮座し、下座には七十人の特級大魔導士が着座している。さらに下方には二百人もの大魔導士が直立不動で整列していた。アレンを除くとどうやら自分が一番最後に到着したことを察したルシアだが、特に気にしていない。


 最初に目が合ったレテルは口に手を当て、必死に笑いを堪えている。その姿を視界に捉えたルシアは小さくウィンクして見せ、聖天大魔導士用の空いている席に着座した。


「久しぶりだね、ルシア。ちょっと見ない間に随分とイメージ変わったんだね?」


 隣席の聖天大魔導士が声をかけてきた。儚げな声の女性に目線を向けると、そこには真っ赤なルビーのような輝きを放つ瞳があった。


 女性は赤いパンプスを履き、身体の輪郭が映える赤と白を基調とした鮮やかなドレスを着こなし、美しく綺麗な鮮血の髪を腰まで伸ばし、透き通るような真っ白な肌をしている。


 そんな女性とは随分長い付き合いだが、ルシアは未だに距離感を掴めないでいた。


「終焉の聖天大魔導士アリティエ・ノヴァ。久しぶりね。あなただって少し見ない間に随分と垢抜けたんじゃない?」


「ルシアに比べたら私なんてまだまだ田舎臭いよ。都会的な女性はこうも最先端のメイクを追求するんだね」


「メイク?」


 寝起きでメイクなどしていないルシアは首を傾げる。アリティエはすかさず会話を続けた。


「でも私たち東方の三賢者が集合するなんて久しぶりだね。ルシアとレテルが思念体じゃなければ会議後に呑みに行きたかったな」


「あなたそんなにお酒強くなかったじゃない。私とレテルがどれだけ飲むか知ってるの? 酔いつぶれても知らないわよ。誘うにしてもせめてお食事だけにしなさい」


「もしかして学友たちと飲み会した頃の話を持ち出してる?」


「ええ。昔、学友のみんなで呑んだとき、あなたトイレに籠って出て来なかったじゃない。トイレの神様なんて言われて学友たちにバカにされてたからよく覚えてるわ」


「学友たちにトイレの神様ってあだ名付けられてたのはルシアとレテルだよ」


「私も言われていたけどあなたもじゃない。私がトイレに籠ったとき、隣の個室に入ったの覚えてるんだから」


「だからそれは私じゃなくてレテル。ちなみにあなたたちが汚したトイレを清掃したのは私」


「嘘つくんじゃないわよ。じゃあ誰が私とレテルを介抱しながらトイレから運んだのよ。華奢なあなたじゃ私もレテルも運べないでしょ」


「お店から業務用の荷台を借りて夜道をあなたたちの宿舎まで運んだの覚えてないかな。私だって気持ち悪くて辛かったのに、それでも頑張って連れていったんだよ」


「う、嘘よ! 嘘、嘘! だって目が覚めたら病院のベッドにいたもの! 自分の部屋じゃなかったわ!」


「部屋まで運んだのはいいけど意識のない二人が心配だから一応ドナ先生に連絡したの。そうしたら急性アルコール中毒だからすぐに病院に運ぶよう言われてね。目が覚めて病院でドナ先生にこっぴどく叱られたでしょ? あのとき私も外のソファで横になりながら聞いてたんだよ」


 ルシアはぐぬぬ、という声を上げた。鍵を閉めていた忘却の扉が開かれ、過去の記憶が鮮明に蘇ってきた今のルシアに反論する材料は持ち合わせていない。


 そんなルシアは苦し紛れに話題をすり替えた。


「そ、そんなことより! 緊急魔道会議なんて一体何事でしょうね!?」


「あ、話そらした」


 ジーッと見つめてくるアリティエの視線を避けるようにそっぽを向いたルシア。すると上座のほうから張り詰めた声が聴こえた。


「我らが魔道の父アレン・ローズ様がご入場されます!」


 アリティエの追及を逃れてホッと胸を撫で下ろすルシアはテーブルを囲む全員と息を合わせるよう見計らって立ち上がった。


 会議場の上座の扉が開き、アレンが姿を見せる前には全員が起立した状態を作った。


 儀礼を重んじる魔術社会において、無作法な者は直ぐにつまはじきにされる。


 特にアレンはそういった儀礼を重要視する。だから誰も粗相の無いよう厳格に重んじている。


 議長席まで足を運んだアレンはお付きの者に引かせた椅子に着座した。それを見届けた後、特級大魔導士と聖天大魔導士が着座するとお付きの者が退場し、扉が閉まる。


 場内が参集を受けた者のみであることを確認した後、進行役である聖天大魔導士の老人が口を開いた。


「これより今季第一回の緊急魔道会議を開催する。皆の者、アレン様に忠誠を示せ!」


 その掛け声とともに全員がアレンに体を向けて手を組み、深々と頭を下げた。


「皆の者、良くぞ私の召集に応じた。楽にしなさい」


 野太くて低いアレンの言葉を受け、全員は組んだ手を解き、頭を上げた。


「今回皆に緊急の召集をかけた議題だが……その前に報告がある。悲しき報告だ」


 悲しき報告という言葉を受け、場内により一層張り詰めた空気が漂う。アレンの今の言葉は決まって裏切り者を粛清したときに使われるものだ。


「今から約十年前、一人の聖天大魔導士と魔術師たちが集団で我らアクソロティ協会から姿を消した。その後、ずっと行方を捜していたのだが、一向に足取りが掴めないでいた。しかしつい最近、ようやく彼女たちを見つけることに成功した。どうやら他者から認知できないようずっと名もなき島に結界を構築し、そこで暮らしていたというのだ」


 まるで遭難していた仲間を発見し、歓喜に満ちた感情を声に乗せるアレン。しかし、その九死に一生を得た感動物語の結末は決してハッピーエンドを迎えることがないと、この場の誰もが予期している。


「私はかつての仲間と再会できることを歓喜し、自らその島を訪れた。だが、彼女たちは何故か我々に刃を向けてきた。私は彼女たちと話がしたいだけだというのに。仕方なく暴れる彼女たちを拘束し、島に生息していた魔術の使えぬ虫けらを捕まえて手足をちぎってみせると途端に静かになった。すると彼女たちは口をそろえて私にこう言ったのだ。いつかあなたのような魔王を倒す勇者が必ず現れると。そのまま彼女たちは構築していた魔術を発動させ、島もろとも巨大な爆炎に包まれて天国へと旅立った。――さて、仲間を失う悲しい話ではあったが、この話の教訓はなんだ?」


 そう言って指を組み、アレンは笑みを浮かべる。


 この発言は他者からすると吐き気を催すほどの悪意に満ちているが、当の本人からすると粛清こそが純然たる正義であり、裏切りこそが悪なのだと疑ったことはない。

 

 自分の思考や行動こそ王道であり、他は邪道であるという破格の傲慢さは、これほど始末に負えないものはない、とルシアは思う。この手の人間には説得という手段が通用しない。


 そんなアレンの問いかけに即座に答えなければ無能、酷ければ裏切り者というレッテルを貼られかねない。しかし答えを間違えると機嫌を損ねる可能性もある。


 するとアリティエは静かに手を上げた。


「発言、よろしいでしょうか」


 アレンが許可するとアリティエは慎ましくほほ笑みながら答えを口にする。


「恩を仇で返す組織内部に巣食う裏切り者の害虫は直ちに一掃すべきである。――ということでしょうか」


 そう答えたがアレンの反応はない。間違った答えを述べたのではないかと周囲に不穏な空気が漂い始める中、当のアリティエは自身に満ち溢れた様子で微動だにせず正解の是非を待っている。


 するとアレンの肩が小刻みに震え始めた。誰もが間違った答えを述べたのだと脳裏に浮かぶ中、突如としてアレンは笑い声を上げた。


 凶悪に、盛大に、高らかに。百歳を越えた老人が笑っている。ただそれだけだ。それだけのはずなのに、会場内が恐怖に飲み込まれた。


 アレンの底知れぬ闇。その心の一端をすくって垣間見たようだ。


「そのとおりだアリティエ。ここでようやく本題だ。私は今、地球という異世界に進出し、事業を拡大している。そこの人類は魔術を知らず、征服するのはたやすい。だが、最近になって地球で思わぬ反撃を受け、事業の進捗が芳しくない。調べてみるとどうやら地球人たちが我々に対抗する勢力を整えているらしいのだ。――おかしいとは思わぬか? 魔術を知らぬ者たちが突然、我々に対抗する術を身に着けるはずもない」


 アレンの言葉が止まり、場内の空気が一瞬で殺気に満ち溢れた。


「つまり……我ら組織の中に裏切り者がいるということだ。――さて、優秀な諸君なら言わずもがな理解できるだろうが……。私に仇名す裏切り者を粛清し、私の信頼を買いなさい」

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