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第14話 雨宿り

 薄暗い部屋に一本のろうそく。ルシア、イズ、シンクの三人はうつ伏せになりながらそのろうそくを囲む。


 イズとシンクは生唾を飲みながら真剣にルシアの話に耳を傾けている。


「――それで、雨の日にそこに行くと必ず髪の長い女が立っているの。傘も差さずにね。だから男はついに声をかけることにしたの。「どうしたんですか?」ってね。そしたら女はこう言うの。「無いの……」って。男は不思議に思ってさらに「何が無いんですか?」って聞くと女が振り返ってこう叫ぶの……私の顔が無いの!」


「「ギャー!」」


 イズとシンクは叫び声をあげて体をのけ反った。その反応を上々と判断したルシアは大笑いをしながら喜んだ。


 三人は現在、無人になった寺院で雨宿り兼今夜の宿泊をしようとしている。


 マーディック共和国から出国してから一か月が経ち、旅を続ける三人だが、メパ共和国シャラディア町に着いてからというもの、雨ばかり続いて思うように移動できないでいた。


 雨が止んだら移動。雨が降ったら雨宿り。その繰り返しの末、この寺院を見つけて今日の寝床にするつもりなのだが、既に十数名程度の先客がいた。


 この土地では旅をする上で珍しくないため、寺院にいる者たちは互いに食料を出し合い、料理をして皆で夕飯を食べる。


 食事が終わり、暇を持て余しているイズとシンクにルシアは怪談話を始める。怪談話を聞いたことがない二人はどういった話が聞けるのかとても興味津々で、嬉しそうに話を聞き始めた。――途中までは。


 怪談話が怖い話だと知ると二人の顔が次第に険しくなっていく。ラミアーヌ島ではそういった類の話は聞かされなかったようで、予想以上に衝撃が大きかったらしい。


 そうして怪談話が終わり、ルシアは寝る前に二人に修行をつける。


 ここでの修行とは大きく三つのことを指す。


 一つ目は社会生活に順応するための基礎知識の習得。文章の読み書きや読解力の向上、教育機関で学ぶ一般教養、社会生活で身に着けるべき一般常識について。


 二つ目は魔術師として身に着ける基礎知識の習得。十二から構成される魔術学と魔術社会における一般常識について。


 三つ目は魔術師としての基礎技能の修練。魔力炉という肉体にあらかじめ備わる目には見えない臓器で肉体エネルギーを燃焼させ、魔力を造成させるトレーニング。魔術集積回路という魔術神経系の集合体に不可視の魔力エネルギーを供給し、オーラという可視化できる魔力エネルギーに変換するトレーニングを行っている。


 ルシアはこれらのことを毎日二人に教えては、週に一回実施するテストでどの程度知識と技術が習得したか確認している。


 二人の得手不得手は日ごとに明確化しており、イズは未だオーラの放出が行えず、学問の習得になると決まって難しい顔になる。


「ああ~さっぱり覚えられないぞ。これで本当に勇者になるための修行になるのか? 俺はてっきり戦いを教えてくれるんだと思ってたぜ」


「俺は勉強好きだから構わないぜ。勇者になれるのかはわからないけどな」


「シンク……お前勉強好きとか本当変わってるな」


「そうか?」


 修行という名の勉強は朝、昼、晩そして就寝前と計四回毎日行われ、基本的に休みはない。


 シンクは不満を言わないがイズは不満ばかり。何度も投げ出しそうになるが、ルシアとシンクに説得され、何とか毎日勉強をこなしている。


 一日四回の勉強以外にも旅の途中に見聞きしたことをクイズ形式で解かせたりと、勉強や訓練と思わせないよう時間を無駄にせず多くのことを学ばせている。


 ルシアはまず、二人に魔術を教えるより先に伸ばすべき部分があると考えている。そのため今晩もまた、ルシアは二人に教鞭を執っている。



 本日の修行が終わり、ようやく就寝の時間が来たイズは大喜びで立ち上がった。


「よっしゃー。今日の勉強終わり。俺はもう寝るぞ!」


「はいはいお疲れ様。イズ、ちゃんとトイレ済ませてから寝るのよ」


「おう! ――ってルシア! 俺は子どもか!?」


 もう既に寝ている旅人もいるためルシアとシンクは小声で笑う。


「よし。そんじゃあ俺もトイレに行くぜ」


 教材の片づけが終わったシンクは立ち上がってイズに声をかけた。


「ちょっと待ってよ!」


 ルシアは周りに気を遣いながら小声でシンクを引き留める。


「なんだよ」


「あのねえ。前にも言ったかもしれないけどこんな場所に女性を一人で置いて行くものじゃないわ。旅をする際は助け合いって言ってもいい人ばかりじゃないの。外面は良くても一人になった途端に襲ってくるかもしれないんだから」


「じゃあどうすればいいんだよ」


「トイレに行くならイズとシンク交互に行きなさい」


「「嫌だ」」


「何でよ。別にトイレなんて一人で……もしかしてあんたたち一人でトイレに行くの怖いの?」


 二人は引きつった顔をしてルシアから目をそらした。わかりやすい子たちだ。結局イズとシンクのトイレにルシアも付き添うことになった。


 トイレは寺院の外の軒下に木製の個室があり、そこで用が足せるのだが、二人は何も言わず軒下に並んで降りしきる雨を見ながら用を足すことにした。


 ルシアは朽ち始めている渡り廊下に慎ましく座り、太ももに肘を置き、頬杖をつきながら二人が用を足す姿を見ている。


「まったく。なんで私があんたたちの用を足す姿を見てなくちゃいけないの。だいたい男の子なんだからおばけなんかに怖がらないでよ」


 二人は怖がってるという言葉を無視して用を足している。するとイズは思い出したようにルシアに顔を向けてきた。


「ルシアもおしっこしなくていいのか? 夜中におしっこ行きたくなっても俺はついて行かないからな。今なら俺たちがついてるから隣でおしっこできるぞ」


「だからなんであんたたちと並んで用を足さなくちゃいけないのよ。そもそも私は夜中でも一人でトイレに行けるわ。それにね。そんな冷たいこと言うのならイズが夜中にトイレに行きたくなってもついて行かないからね?」


 悲しそうな顔で見つめてくるイズ。ルシアは妙な焦りを感じる。


「う、ウソよウソ! ちゃんとついて行くから!」


 シンクはイズの隣で安堵の表情を見せた。


 こうしてトイレから戻り、寝る用意をする三人。野宿はほとんどしないが、廃屋などでの寝泊まりはたまにあるので薄い毛布、簡易枕、敷布団の携帯は欠かせない。


 素早く寝床を準備したルシアは横になって毛布に潜り、薄暗い天井を見つめていると両隣が鬱陶しいことに気づいた。左右に目を向けると、イズとシンクは自分たちの枕と敷布団をルシアにぴったり密着させていた。


「ねえ? あんたたち。そんなに密着されると私がとっても寝づらいんだけど……」


「寝づらいってよ? シンク、あんまりくっつくな。迷惑だぞ?」


「いや、イズ。お前も言われてることだからな」


「もう。あんたたちは……」


 いつも憎たらしいくらいの二人がこんなに可愛らしい行動をとったのは初めてだ。だからたまにはこうやって三人で寝るのも悪くないな。そう思いながらルシアは眠りに就いた。

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