第13話 次の場所へ
イズたち五人は誰にも見つからず街まで帰ると、先ほど起こした戦闘のことなど噂にもなっておらず、日中以上に大きな盛り上がりを見せていた。
どうやら泥棒が捕まり、村にシンボル像が無事返還されたことを祝し、気前の良い村長の提案で祝賀会が開催され、飲み物や食べ物が無料で振る舞われてるようだった。
住民や観光客たちは踊り、飲んで食べて、喜び、叫び、意図せずアチナメディスは盛大なお祭り会場となる。
未だに観光客のほとんどが何故このようなお祭り騒ぎをしているのか理解していないが、とても楽しんでいるのだから水を差す必要はないのだろう。
そんな盛大なお祭りの中心地に足を運ぶとイズ、シンク、エリウェルの三人を見た村長によって大衆の場に立たされ、「この子たちは英雄だ」と褒め称えられた。泥棒を捕まえたわけではないが、シンボル像奪還のために尽力した子供たちという意味での英雄扱いだ。
住民や観光客から三人を称賛する声が上がり、イズはシンクと一緒に調子に乗って喜んでいるが、エリウェルは終始恥ずかしそうにうつむいていた。
大騒ぎの中、五人で食事を済ませて宿に戻るとすぐに就寝し、翌日、日が昇ると同時にアチナメディスを出発した。
今はシンボル像が返還されて喜んでいるが、村の外れで起きた惨状を目の当たりにしたら犯人探しが始まるかもしれない、というルシアとレテルの提案で早々に旅立つことにしたのだ。
昨日の話題はあまり出さず、他愛ない話を続けながら村から遠く離れ、勾配の緩やかな山地を歩き続けると山岳地帯特有の開けた景気が一面に広がった。
そこには看板が立てられており、道が二股に別れている。
レテルとエリウェルは北部に向うようで、イズたちの向かう南部とは正反対。どうやらここで二人とはお別れのようだ。ただ、四か月後にカラカサ共和国シム・ティキナという港町から出航する豪華客船アンヌリーク・ポエル号で再会することになっている。
豪華客船アンヌリーク・ポエル号は西方のアストリーク大陸行きの船。アストリーク大陸に行く目的は大都市ネオベルに向かいルシアとレテルを育てた魔術の先生と会うこと。
これはルシアとレテルの都合であってイズとシンクの目的ではないのだが、そもそも当てのない旅を続ける二人にとって行き先はどこでもいい。
「一日だったけどとても楽しかったわ。シンク、イズ。冒険は大変だろうけどこれから頑張ってね。それと改めてエリウェルのこと守ってくれてありがとう。勇気があるのね、あなたたち。――だからと言って調子に乗っちゃ駄目。困ったときは二人で抱え込まず、遠慮せずルシアに頼ること。子供は大人に頼ってもいい権利があるんだから。生きるために必要なら、使えるものはなんでも使いなさい。いいわね?」
イズはシンクと一緒に元気よく返事をした。レテルは微笑むと何もない空間から片刃の剣を取り出し、それをシンクに手渡した。
「それとこれはエリウェルのために無くした剣の代わりよ」
混じり気のない純白の鞘に描かれるのは舞い散る薄紅色の桜。アクセントとして目立つ黄金色の鍔。白と金が交錯する柄。
クン、という音を鳴らして鞘から抜いた銀色の刀身には波の刃文がある。
「それは地球という異世界にいる名匠が打ち、私が丹念込めて魔術式を組んだ刀。名を夢幻白桜。大事に使いなさい」
シンクは目を輝かせて喜んでいる。
「マジ⁉ なんだこれすげー! マジカッコいいぜ! ――なあ、見て見ろよイズ!」
「本当だ! いいなー! シンクだけズルい!」
「役得役得! 剣を持ってたからレテルがくれたんだ!」
イズはシンクと刀を観察しながら騒いでいるとルシアの表情がわかりやすく引きつった。
「ちょ、ちょっとこれ! ――レテル! あなたなんてものシンクに――」
「――別にいいじゃない。男の子はみんな剣が好きでしょ?」
「そ、そういう問題じゃ……」
「例の約束。二人を巻き込むかはお任せするけど、一緒にいるにしろお別れするにしろ時間はないのだから生きる術はしっかり教えないと。――その件については昨日、ルシアが私に言ってたわよね?」
何故かバツの悪そうな顔をするルシア。それと、と言ってレテルは会話を続ける。
「あなたも大人だからと意地張らず、困ったら二人を頼りなさい」
「悪戯のせいでいつも困ってるんだけどね。まあ、頼れる日が来たらそうするわ」
二人がそんな話をしている間、イズはエリウェルに顔を向ける。
「エリウェルも元気でな。頑張って医者の卵の殻を割って出て来いよな?」
イズの発言にシンクは感嘆の声を上げた。
「おお! イズのくせに案外的を射る言葉だな。――そんなわけだ、頑張れよ」
「ありがとう。おかげで凄く楽しかったわ。あなたたちも勇者になれるよう頑張って」
笑い合いながら三人で握手する。その直後、エリウェルは首を傾げた。
「そういえばイズ。顔を横に向いてもらっていい?」
不思議に思いながらもイズは横を向いた。
「こうか?」
「うん。そのままじっとして」
「わかった」
そう答えた直後、頬に柔らかく温かい感触があった。これが何なのかわからないイズは頬を撫でながら正面に顔を向けると真っ赤な顔で目を背けるエリウェル、にやけ面のルシアが映った。
「あらあら。青春ね。久しぶりに胸がキュンキュンしたわ」
理解できないイズはシンクに肩を組まれた。その顔はルシア同様にやけ面だ。
「イズー? お前も罪な男だねー」
多分からかわれているのだと理解はできた。そんな多少の理解を得たイズの耳に覇気無き声が届き、顔を向けると唖然とするレテルが立ち尽くしていた。
「エ、エリウェル……? 私、キスは大好きな人にしかしちゃ駄目だって教えたわよね? な、なのになんでイズなの? 私は一度もエリウェルにキスされたことないのに……」
何をされたのかようやく理解したイズは腕を組む。
「キスって今の頬っぺたにしたやつのことか? キスは大好きな人にするってことはエリウェルは俺のこと好きなの?」
エリウェルは慌てた様子でレテルの手を引っ張った。
「そ、それじゃあ! イズ! シンク! ルシア様! また四か月後に会いましょう! ――レテル様も呆けてないで行きますよ! 旅は長いんですから!」
ブツブツと呟きながら魂の抜けたレテルの手を引き、手を振りながら歩き始めたエリウェル。その姿に声を上げて笑いながら手を振るイズとシンク。
「あれじゃあ親子というより年の離れた姉妹ね」
そう言ってルシアも笑いながら二人に手を振った。
◆
それからレテル、エリウェルと別れを済ませたイズたちは旅を再開することとなる。
毎回行き先ははっきりと決まっているわけではない。歩きながら目的地を決めることもあれば、道すがらある街へと立ち寄ることもある。
そんな旅を再開した矢先、ルシアは意を決したような真面目な顔つきでイズとシンクを見てきた。
「あんたたち……勇者になりたいのよね?」
イズはシンクと顔を見合わせた。旅を始めた頃から何度も言っているし、今更なぜそんなことを聞き直すのかという疑問はあった。けれど真剣な顔をするルシアを茶化すことは言うまいと空気を読んだ。
「そうだぜ。勇者になるのが俺とシンクの夢だからな」
「もっともどうやって勇者になるのかは未だにわからねーけど」
「なら、これからは私が厳しい修行をつけてあげるわ。あんたたちの夢である勇者になれるようにね。だからしっかりついてきなさい。その覚悟はあるかしら?」
イズはシンクと顔を見合わせて喜んだ。漠然としていた夢が大きく一歩前進するかもしれない。そんな高揚感もある。それ以上にルシアが勇者になるという二人の夢をしっかり受け止めて、真剣に考えてくれているのだと理解できたことが何より嬉しい。
「あんたたち返事は?」
ルシアの静かなる微笑み。二人の返事は勿論決まっている。
「「はい! よろしくお願いします!」」




