第10話 勇者のヒント
黄金像のある中央広場から石畳の通りを歩くシンク、イズ、エリウェルは目についた屋台料理を手当たり次第に買い漁る。
それから食事処と土産物屋が立ち並ぶ通りを抜け、大きな温泉施設へと続く石段の中腹で腰かけると、先ほど購入した豊富な屋台料理を広げ、食事を堪能することにした。
料理に目を輝かせるイズが食事に夢中になると三人の会話がなくなってシンクは気まずさを感じる。ムードメーカーのイズに人見知りという文字は無く、初対面でもすぐに打ち解けて仲良くなるため、シンクはその温まった空気に溶け込めば自然と会話は成立していた。
けれどイズが黙ってしまった今、シンクがこのエリウェルという女の子に話題を振らなければならない。別に話をせず、食べることに夢中のふりをすればいいのだが、年の近い女の子相手に押し黙ってしまうのはとてもカッコ悪い。
初対面でもそつなく話はできるのだが、愉しい会話は相手と親しくなるか、興味のある共通の話題でないとシンクにはハードルが高い。普段、イズの背中に隠れてはいるがシンクはこれで人見知りな部分がある。
緊張して段々と食べ物の味がわからなくなってきたシンクは必死に話題を考える。そして意を決して小さな口で食事する小動物のようなエリウェルに質問をすることにした。
「なあ、その右目は義眼なのか?」
エリウェルの揚げ胡麻餅を口に運ぶ手が止まった。
「初対面なのに……失礼なこと聞くんだね」
「わ、悪い……。でも左右で目の色が違ったらなんでかって気になるだろ。なんか生まれつきっぽくないし。なんで義眼してるんだ? 病気とか怪我したのか?」
「言いたくない……」
膝を抱えるエリウェルはムッとした不満げな表情で靴の先端を見つめる。これ以上その話に触れるのはまずい。そう思ったシンクは小さく頭を下げた。
「そ、そっか。悪い……」
どうやら必死に考えた広がりそうな話題はエリウェルにとって失礼なことだったらしい。始まりから失敗したシンクは謝罪の言葉で会話の幕を閉じた――と思われたがエリウェルの瞳がシンクに向いた。
「でもよくわかったね。レテル様に造っていただいた義眼……会ってすぐ見破られたのは初めてかも。さすがルシア様の弟子だね」
そう言うとエリウェルは再び揚げ胡麻餅を口に運ぶ。
この機を逃すとイズが食事を終えるまで無言時間になりそうだと考えたシンクは失敗した会話をそのまま続けることにした。
「普通見たらわかるだろ。それと俺たちルシアの弟子じゃないぜ」
「そう見えるのならシンクは普通じゃない。魔術師同士でも私の右目は分かりにくいみたいだし。――そんなことより弟子じゃないって他にどんな関係? 親子ですなんてオチじゃないよね?」
「本当じゃないけど……家族みたいなもんさ。それよりさっき魔術師って言ったな? それってどういう意味だ? 結局、魔術師っていまいち理解してないんだよな」
エリウェルは目を丸くした。
「もしかしてあなたたち魔術師じゃない? 私はてっきりチャイルドヘイブンから連れ出されたセカンドチルドレンかと……」
「セカンドチルドレンらしいけど……その意味もよくわかってねーんだよ。――おい、イズ。お前は何か知ってるか……って聞いても知らねえか」
シンクは食事に夢中なイズを横目で見てから再びエリウェルに目線を戻す。
「そうなの。私はてっきり……。ごめん、さっきの話は聞かなかったことにして。レテル様から魔術関係の話は禁じられているの」
聞きたいことはたくさんある。けれどシンクは口には出さなかった。
魔術師がどういった存在なのかはぼんやりと理解しているし、正確に知りたいという気持ちは勿論あった。しかしエリウェルを問い詰めるのは可哀そうだ。
シンクとエリウェルの会話が終わり再び無言になったとき、ちょうど食事を終えたイズが満足そうな声を上げた。
「あー美味かった! ――そういやさっき二人で何か話してたよな? 何の話してたんだ?」
不思議そうな顔をするエリウェル。
「イズ。ずっと私たちの隣にいたでしょ。聞いてなかったの?」
「ああ。聞いてないよ。なんの話してたんだ? 俺にも教えろよ」
その問いかけにはイズの性格を熟知しているシンクが答える。
「旅の話だよ。大した話じゃない」
「なんだそうか! あっはっはっは!」
シンクは困惑するエリウェルの顔を見てにやける。相変わらずのイズだ。するとイズは突然エリウェルに顔を近づけて瞳を凝視し始めた。一方のエリウェルは少し身を反らす。
「な、なに……?」
「エリウェルの目って水色とか紫色とか綺麗だな。俺、お前の目好きだぞ」
綺麗と言われたことか、好きと言われたことか、どちらの言葉に頬を染めたかはわからない。しかしイズの言葉を受けて顔を真っ赤にするエリウェルは明らかに動揺している。
「ほ、褒められたって全然嬉しくなんかないもん!」
「別に褒めてる訳じゃないよ。俺は見たままのことを言っただけだ。そう思ったんだから仕方ないだろ?」
「そ、そう……? イ、イズには私の目がそう見えたの? それなら……仕方ないね。でも……ありがとう。イズの言葉、すごく嬉しい」
前髪で目を隠しながら頬を染めてモジモジしているエリウェルを見て大笑いをするシンク。イズは理解していない様子だが、シンクの笑い声につられて笑っている。
「そ、そういえばあなたたちはどうして旅をしてるの?」
エリウェルはその場の空気に耐えられなかったのか話題を変えてきた。その問いかけにイズはすかさず答える。
「俺たちは勇者になるために旅してるんだ」
「勇者? 勇者って絵本とかに出てくる世界を冒険して魔王と戦う人のことでしょ? よくわからないもの目指して旅してるんだね。そもそも勇者って名乗ればすぐにでもなれちゃいそうじゃない?」
「おいおい。勇者をバカにすんなよ。勇者はそう簡単になれるもんじゃねえ。勇者はどんな困難に直面しても勇敢に立ち向かい、悪者と戦うすげーかっこいい奴らなんだぞ!」
あまりの力説に困惑するエリウェルは目を輝かせるイズに赤面しながら目を背けた。
「ご、ごめんなさい。だからそんなに顔近づけないで。恥ずかしいから」
続けてシンクが話を補足する。
「まあ、イズの言ったとおりだ。俺たちは勇者になるために故郷を飛び出したんだ。俺たちの夢にケチなんてつけさせないぜ」
「二人の夢をバカにしたつもりはなかったの。ごめんなさい。――その代わりってわけじゃないけど、二人が勇者になるためのヒント……みたいなものはお話できると思う。――聞きたい?」
「おお! 聞きたいぜ! なあ、シンク?」
「ああ! そういや俺たち勇者はカッコいいってこと以外、何にも知らないで旅してたよな?」
「だな!」
笑い合うシンクとイズ。エリウェルは苦笑している。
「あなたたちそれでよく故郷を飛び出そうと思ったね。――いいよ。私が知ってる情報を話してあげる。でも私が話したってこと……レテル様やルシア様には内緒ね?」
そう言ってエリウェルは無邪気な笑みで人差し指を唇に当てた。
案外可愛らしい仕草もするのだな、と思いながらイズと一緒に頷いたシンクは漠然としていた勇者という夢の話に期待を寄せながらエリウェルの話に耳を傾けた。
「まず二人がどこまで知ってるかだけど……メルトリアとディアタナが異世界戦争してるってことはわかるよね?」
「あっ! それ知ってる! ゴルゴムから聞いたぜ! 超常の災害以降の争いを言うんだろ? ――だよな、シンク?」
アクソロティウム素粒子の実験中に起きた事故の影響で量子もつれが発生し、異世界が行き来できるようになった。これが超常の災害。その影響でメルトリア人とディアタナに棲むマレージョが争い合うこととなった。
イズの言うとおりゴルフィートから教わったことだ。
「ああ、そうだな。――ちなみにゴルゴムじゃなくてゴルフィートな」
「あれ? そうだっけ?」
シンクとイズが笑い合う。エリウェルも微笑むと次いで口を開いた。
「話を続けるけど……なんで異世界同士で争い合ってるか知ってる?」
「そういや知らないな」
「それなら、アクソロティ協会が設立された当初の目的……二人は知らないんじゃない?」
アクソロティ協会はマレージョからメルトリアを守るだけじゃなく、ゴルフィート団のような荒くれ者共から人々を守り、世界の治安や秩序を維持する世界政府のような機能を有した組織。そのような話をルシアやゴルフィートから聞いた。
けれどこれは超常の災害やディアタナとの戦争によって世界各国の中央政府が機能しなくなり、アクソロティ協会が各国の政府機能を代替しているに過ぎない。
つまり設立された当初の目的ではない。意図的か偶然か、いずれにしても結果としてアクソロティ協会は世界政府を担っているに過ぎないのだから。
シンクは唸り声を上げ、腕を組んで考え込む。
当初の設立目的という言葉で思いつくのはアクソロティウム素粒子の研究。学問分野の確立や技術開発を行い、ひいては教育と社会の発展に寄与することを目的とする。
けれどエリウェルの含みのある話ぶりから、そんな単純なことではないのだろう。
「アクソロティウム素粒子を研究するのが目的だと当たり前過ぎるし。やっぱりよく知らないな。――イズ、お前はわかるか? アクソロティ協会が設立した当初の目的」
そう訊ねるとイズはやれやれと言った様子でため息交じりに喋り始めた。
「シンクが知らないのに俺がわかるわけないだろ。よーく考えたかー? 考えたらわかる問題だぞー? 俺に恥かかすなー。俺は恥ずかしいぞー」
エリウェルが吹き出して笑い、シンクは納得しながら笑う。
「だよなー。知ってたぜー。――っと悪いな、エリウェル。俺とイズが話すといつも脱線するんだ。続きを教えてくれ」
未だ笑っているエリウェルは呼吸を整えて気持ちを落ち着かせる仕草をする。そして愉し気に語り始める。
「アクソロティ協会は魔道の父アレン・ローズ様が設立なされた組織。アレン様の目的がアクソロティ協会設立の目的。――アレン様はね……幻想を現実へと創造しようとしているの」
「幻想を現実へと創造?」
「そう。わかりやすく言うならフィクションの中でしか存在しない魔法とか魔物とか魔王と勇者とか……。そういったファンタジー世界を創り上げるのがアレン様の目的。夢と言ってもいいかな」
「嘘みたいな凄く壮大な夢だが……なるほどな。エリウェルの言いたいこと、段々理解してきたぜ。魔法だって実現してるわけだしな」
そうシンクが話すとイズは声を荒げた。
「ま、魔法だと!? シンク、お前バカか? そんな非現実あるわけないだろ。夢の見過ぎだって。合理的とかなんとか言いながら勉強ばっかしてるから頭が悪くなるんだぜ? もっと現実を見ろよ」
「お、お前にだけはそのセリフ言われたくねえよ! それに二ヶ月前にゴルフィートのおっさんが視せてくれた動画でアクソロティって名前のナノマシンが魔術師を誕生させた、って言ってただろ! 魔法を使うから魔術師なんだよ!」
「嘘つけ! 俺はそんなの見てない!」
「そういやこいつ動画視聴中に寝てたな……。――なあ、エリウェル! そういうことだよな!?」
イズとの言い合いを愉し気に見つめているエリウェルは小さく頷いた。
「正確には魔法ではなく魔術と呼んでるの。アクソロティ協会において魔法とは人智を超越した現象を発生させる行為を指す。そして魔術は科学の英知を詰め込んだ産物。超能力でも奇跡の御業でもない。人類進化の牙なんだよ。幻想を現実へと創造するアクソロティの力はね」
「なるほど。機械に頼っているうちは魔法ではなく魔術だと。なんか面倒くさい奴だな、アレン・ローズってのは。それに偶然かもしれねーが、十年前から異世界に行けるようになり、マレージョって魔物と戦うようになった。これで魔王が現れるとそのうち魔王を倒す勇者も誕生するな。――これが勇者になるためのヒントってわけか?」
「うん。そのとおり。そして異世界同士で争っている理由は互いに領土が欲しいからなんだって。――私が二人に話せるのはここまで。後は魔術に関係する話だからその……ごめんなさい」
そう言って律儀に謝り、頭を下げてきた。それがエリウェルらしいと感じてシンクは笑い声を上げた。
「セカンドチルドレンとかチャイルドヘイブンとか魔術とか。まあそこら辺のことについては近いうちにわかるさ。なんたって俺たちが目指す勇者ってのは魔術を使うことになるだろうから。――そういうわけでイズ! 魔法もとい魔術はある――ってこいつ! 肝心な話のときにまた寝やがった!」
イズは話に飽きたようでいつの間にか昼寝を始めていた。
相変わらずマイペースなイズにため息つく。その光景を眺めるエリウェルはまたも愉し気に笑っている。
それからシンクはイズと一緒の六年間をエリウェルに話して聞かせることにした。膝を抱えて座るエリウェルはシンクの目をじっと見つめ、頷きながら、時折、笑い声を上げながら他愛ない話を真剣に聞いてくれた。
エリウェルは寡黙で口数は多くないが健気で優しい子なのかもしれない。
こうしてしばらく一方的な会話が続いていると、突然騒ぎ声が聞こえた。どうやら温泉の従業員と思われる人たちが大勢で何かを捜索しているようだ。
本格的に眠りに入ったイズを叩き起こしたシンクは三人で事情を聞きに行く。すると街のシンボル温泉神の黄金像が盗まれたらしい。
よくそんなものを盗んだなと口にする三人だったが、その像は純金でできており、売ると相当な金額になるという話を聞いて納得した。
その騒ぎは街中の住民に広まり、みんな凄い形相で捜索を始めている。
それだけその像は住民にとって大事なのだろう。そのためシンクとイズはひときわ目立つハッピを着た坊主頭の男に自分たちも像を探すと願い出た。すると坊主頭の男は大喜びしながら三人の肩を叩いて了承してくれた。
「なんだい旅の坊主ども。中々イキじゃねえか。気に入ったぜ! もし取り返してくれたらこの村での飲み食いに宿泊代もろもろタダにしてやらあ。この村長である俺っちが言うんだ。間違いねえぜ! がーっはっはっは!」
陽気な笑いに誘われて自然とシンクとイズは笑みが零れる。
「なんだこの坊主のおっさん。すげー面白いな。――なあシンク?」
「いいキャラじゃねえか。――よし! 早速、俺たちも探そうぜ! イズ!」
そんな中、エリウェルは一人赤面している。
「この人たちと一緒に居るの凄く恥ずかしい……」
それから三人は村長と名乗る男たちと総出で像を探していると、事情を知らない観光客たちはその騒ぎが祭り事だと勘違いし、いつの間にか本当にお祭り騒ぎで大捜索が始まった。




