前世
幼稚園の頃の記憶は、正直あまり残っていない。
でも、親からよく聞かされた話がある。
「あんた、よく泣いてたけど、すぐ笑ってたのよ」
「お友達におもちゃ取られて、泣きながら取り返しに行って、また泣いてた」
そんな話を聞くたびに、俺は笑ってしまう。
きっと、感情のままに生きてたんだろうな。
小学校の頃も、断片的な記憶しかない。
でも、俺はクラスの中心にいたらしい。
おちゃらけて、みんなを笑わせて、先生に怒られて。
「でも、宿題はちゃんとやってたよね」って母さんは言ってた。
根は真面目だったんだと思う。
小学4年のとき、バスケに出会った。
体育の授業で初めてボールを触ったとき、心がざわついた。
ゴールに向かってシュートを打った瞬間、何かが弾けた。
それからは、放課後に友達と校庭でバスケばかりしてた。
夢中だった。
中学ではクラブチームに入った。
練習は厳しかったけど、楽しかった。
仲間と一緒に汗を流して、勝って、負けて、泣いて、笑って。
そして、恋をした。
同じクラスの子。
髪がさらさらで、笑うと目がくしゃっとなる子だった。
最初に告白したのは、中1の冬。
「ごめんね」って言われて、心臓がぎゅっとなった。
でも、諦めきれなかった。
中2の夏、もう一度告白した。
結果は同じだった。
それでも、好きだった。
中3の卒業式の日、最後の告白をした。
「ありがとう。でも、やっぱりごめんね」
泣かなかったけど、心の奥が静かに痛んだ。
高校は県外の強豪校に進学した。
全国を目指して、バスケに全てをかけた。
朝練、昼練、夜練。
授業中も、頭の中はバスケのことでいっぱいだった。
でも、現実は甘くなかった。
3年間、ずっとメンバー外。
ベンチにも入れず、応援だけの夏が終わった。
引退の日、体育館の隅で一人泣いた。
誰にも見られないように、タオルで顔を隠して。
それでも、俺は前を向いた。
勉強を始めて、ギリギリで指定校推薦をもらって、大学に進学した。
大学では、今までの反動か、遊びまくった。
飲み会、旅行、バイト、サークル。
毎日が自由で、毎日が刺激的だった。
初めて彼女ができた。
手を繋いだとき、心臓が爆発するかと思った。
童貞も卒業した。
「俺も、やっと大人になったんだな」って思った。
でも、その彼女は3股してた。
俺は、ただの暇つぶしだった。
泣きはしなかったけど、心が空っぽになった。
そこから、俺は変わった。
自分を見つめ直して、就活に本気で取り組んだ。
結果、そこそこのIT企業に入社できた。
仕事は大変だったけど、やりがいもあった。
そして、職場で出会ったのが、5歳年下の彼女だった。
俺が28、彼女が23。
彼女は、明るくて、ちょっと天然で、でも芯が強い人だった。
俺のくだらない冗談にも笑ってくれて、真剣な話もちゃんと聞いてくれた。
付き合って2年、結婚した。
式の日、彼女のウェディングドレス姿を見て、涙が出そうになった。
3人の子どもに恵まれた。
長男が生まれたとき、病院で小さな手を握った瞬間、
「俺、父親になったんだな」って実感が湧いた。
家族で過ごす日々は、かけがえのない時間だった。
子どもたちの運動会、発表会、受験。
一緒に笑って、一緒に泣いた。
そして、孫が生まれた。
初めて抱いたとき、小さな命の重みに涙が出た。
じいじ、泣いてるの?」って言われて、
「泣いてねぇよ」って言いながら、泣いてた。
妻は、俺より5歳年下だった。
でも、先に逝った。
76歳のとき、病室で彼女の手を握っていた。
「ありがとう」って言った瞬間、彼女は静かに目を閉じた。
俺は、孫の前で大泣きした。
いい年こいて、声を上げて泣いた。
俺は幸せだった。
病院のベッドで、静かに目を閉じながら思った。
まあ、これはこれで――いい人生だったのかもしれない。