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机上2

「つきあってる人はいるのかい?」

 シャリビアン通りのこじんまりとした酒場。

 まだ陽が落ち切っていないからか店内の客は疎ら。

 一番奥の暗がりにある席。

 お疲れ様と樽ジョッキを合わせたあと、クレアの第一声がこれだった。

 せっかくちゃんと話をしようと思って来たのに、初手からプライベートな話題を振られるなんて。だけど、親睦を深めるにはそういうのも必要かもしれない。まあ、話したところで減るもんじゃないし別にいいか……

「いませんよ」

「最後にいたのはいつ?」

「4年くらい前です」

 当時つきあっていたのは、少し年上の武器職人だった。髭面で強面だったけど、はにかむよう笑顔が可愛らしい人だった。

「どうして別れたんだい?」

「お互い仕事が忙しくて自然消滅しました」

「へえ。その彼は今どうしてるんだい?」

「さあ。3年くらい前に南の戦場へ行ったという噂は聞きましたけど、それ以上は……」

 たぶんもう生きてない気がする。なんとなく、そう思う。

「今でも好きなのかい?」

「どうですかね……」

 自分でも分からない。嫌いになって別れたわけじゃないけど。

 会いたいかと問われたら、答えに詰まる。

 会いたくないと言えば、それはそれで嘘になる。

 もし今あの人と再会したら、どんな気持ちになるんだろう。本当に分からない。

「ふーん」

 クレアが樽ジョッキを傾けてエールをぐびぐびと呑む。タバコを咥えて指を鳴らす。

 私もタバコを取り出して一本咥えた。テーブルのランタンで火を点けた。

「そういうクレアさんはどうなんですか?」

「私も今はいないね」

「じゃあ前はいたと」

「2年前まではね」

「どうして別れたんですか?」

「別れたわけじゃない。魔族に喰い殺されたんだ」

「……相手も勇者だったんですか?」

「いや、支援部隊の一般兵だった。弱っちかったが、いい男だったよ」

 クレアがヒヒヒと笑った。

「せめて手が届く範囲の人間くらいは守りたかったが、ままならないものさ」

「そう、だったんですね……」

 私は樽ジョッキになみなみと注がれたハーブティーをちびりと飲んだ。

 しばしの沈黙。

 店に入ってきた三人組の中年男性がクレアに声をかけてきた。

 それに軽く片手を挙げて応じるクレア。

 三人組は離れた席に腰を下ろして店主に注文を始めた。

「お知り合いですか?」

「顔見知り程度だがね。三人とも元勇者だ。何度か一緒に戦ったことがある」

 私は横目で三人組を見た。

 和やかに談笑する男たち。身なりは奇麗だし、粗野な感じもない。魔族相手に鬼神のごとく戦っていた戦闘狂の面影は欠片もない。3人とも体格が立派なだけの普通のおじさんにしか見えない。

 だけど何だか……何だろう……三人の笑顔はどこか……

 私は視線を戻し、煙がくゆるタバコの先端を見つめた。

「……クレアさんは、どうしてウチに来たんですか?」

「なんとなく」

 なんとなくで特別顧問に就けるわけないでしょ……

「その眼、信じてないだろ?」

「まあ……」

「じゃあ訊くが、君はどうして国土省に入ったんだい?」

「そ、それは……生まれ育った町じゃ仕事もあまりなかったし、特にやりたいこともなかったから……王都に出て役所勤めでもしようかなって……」

「私と同じじゃないか」

「違いますよ……」

「同じだよ」

 クレアがエールを飲み干し、店主に二杯目と簡単なつまみを注文した。

 すぐに店主が樽ジョッキとプレートを持ってきた。

 樽ジョッキを掴み、ぐびぐびと呑むクレア。

 この人、顔の色がちっとも変わらないな……

 私はタバコの灰を灰皿に落とした。

 クレアが左腕で頬杖を突く。

「まあ、ちょっとしたコネは使わせてもらったがね」

「やっぱり……」

「戦争中に自分で作ったコネだ。他人にとやかく言われる筋合いはないよ」

「はあ……」

 確かにクレアほどの大魔法使いなら政府の偉い人と繋がりを持っていても不思議じゃない。だったら尚更、なぜ国土省を選んだのかが分からない。先輩も言っていたとおり、軍関係のほうがよほど重宝されるはずだ。

 私は樽ジョッキを指先でコツコツと叩いた。

「国防省に入ろうとは思わなかったんですか?」

「私じゃ何の役にも立たたないよ」

「そんなことないと思いますけど……」

 クレアが煙を深く吐く。

「魔族との戦争はもう終わったんだ。じゃあ次はどうする? 国防省は何に備える?」

「え、何って……捕虜とか瘴気汚染とか、魔族の問題はいろいろ残ってますし……」

「それは戦後処理の領分だろ。国防省が備えるべきは他にある」

「何ですか?」

「戦争だよ」

「え、戦争は終わったじゃないですか」

「次は国家間の戦争だ」

「はあ……?」

 国家間の戦争?

 魔族との三百年戦争が終わったばかりだというのに、次は人間同士で戦争を始める? 今まさに四つの国が手を取り合って復興事業を進めているというのに?

「意味が分からないんですけど……」

「何もどこかが今すぐ戦争を始めると言ってるわけじゃない。だがいずれ……10年先か50年先かは分からんが、戦争は必ず起きる。君だって知らないわけじゃないだろう。三百年戦争が始まる前は大陸のあちこちで人間同士が戦争してたんだぞ。四つの国がまとまったのは三百年戦争のおかげと言っても過言じゃない。その三百年戦争が終わったということは、言わずもがなさ」

「で、でも、仮にそうなるとして……それが元勇者のクレアさんが役に立たない理由とどう関係するんですか?」

 クレアがコキリと首を鳴らした。

「人間対魔族の戦争と国家間の戦争はまったくの別物だ。概念からして異なる。魔族との戦いに特化し過ぎた勇者は運用方法を根本から見直さないとまともに使えないよ」

「はあ……」

 ダメだ、クレアが何を言っているのか難しくてよく分からない……

 私はハーブティーをちびちびと飲んだ。

 クレアがチーズをかじる。 

「公共事業部はまだ真っ当なほうだよ。少なくとも、今のところはね」

「まるで他の省庁が真っ当じゃないみたいな言い方ですね……」

「だからそう言ってるんだ」

 短くなったタバコを灰皿で揉み消し、次のタバコを咥えるクレア。

 私も次のタバコを咥えた。

 クレアがパチリと指を鳴らす。私とクレアのタバコに同時に火が点いた。

「ありがとうございます」

 私は軽く頭を下げた。

 いつの間にか、店内の席は八割ほど埋まっていた。

 あちこちから楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

 そんな賑やかな店内の様子を、タバコをくゆらせながら眺めるクレア。

 その端正な横顔を私はぼんやりと眺めた。

 彼女の横顔からは何の感情も読み取れなかった。


次回『机上3』


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