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机上1

 翌日の昼過ぎ。

 施工業者への挨拶回りと昼食を済ませた私は、私物を詰めたバッグを抱えてクレアの執務室に向かった。

 扉の前に立ち、ノックを3回。

『どうぞ』

 扉を開けた私は執務室の中を見て思わず足を止めた。

 なにこれ……

 所狭しと床に積み上げられた大量の古い本や巻物。すごく埃っぽい。

 全部で何冊くらいあるんだろう。300……いや、もっとあるかも……

「何をぼーっとしてるんだい、ナギコ」

 窓際のデスクでタバコを喫っているクレアが手招きした。

「早く入ってきなよ」

「はあ」

 私は後ろ手に扉を閉め、書物の山を避けながら奥へと進んだ。

 クレアのデスクにも分厚い本が10冊ほど積まれていた。

「君のデスクはそっちだ」

 クレアの指差したほうを見ると、部屋の隅に使い古したデスクがあった。

 私は軽く頭を下げ、自分のデスクに向かった。デスクの上には灰皿と鍵が置いてあった。

 鍵を手に取って、しげしげと見つめる。

「それはこの部屋の鍵だ。なくさないようにね。それと今後ノックは不要だよ」

「はあ」

「用事は終わったかい?」

「はい。おかげさまで」

「それはよかった」

 欠伸を漏らしたクレアがコキリと首を鳴らした。

 あれ……クレアの眼鏡の奥、目元の化粧が少し崩れかけてる。昨日よりスーツの皺が目立つし、シャツの襟もよれてる。たぶんこの人、昨夜は家に帰ってない……

「あの、クレアさん……」

「ん、何だい?」

「いえ、その……えっと、この本の山は……?」

 クレアが立ち上がり、窓枠に腰を預けた。窓の外に向けてタバコの煙を吐く。

「ユリィカ王国内の歴史や遺跡に関する書物だよ。王城の地下倉庫から引っ張り出してきたんだ」

「これ、全部ですか?」

「ああ。目ぼしいものは揃っているはずだよ。大まかな仕分けはすでに済ませてある」

 クレアが窓際を離れ、灰皿にタバコを押し付けた。

「ダンジョンに関する書物は君のデスクの傍に積んである。こっちは主に遺跡にまつわる文献だ。こっちは歴史や伝承。その他ごちゃ混ぜのよく分からん本や巻物は、あっちの隅にまとめてある」

「ありがとうございます……」

「礼はいい。それより仕事にかかろう」

「はい。あ……ところでこれ、持ち出しの許可って……」

「もちろん取ってあるさ。根回しもしてある。実は内々に文化省を復活させようという動きがあってね……いや、この話は今は関係ないか。まあ、ともかく書物の扱いは丁重に頼むよ」

「だったら、この部屋でタバコは控えたほうがいいんじゃないですかね……」

 クレアが頭を掻きながら溜め息を漏らした。

「君、細かいことを気にするんだね」

「細かくはないと思いますけど……」

「破いたり燃やしたりしなければ誰も文句は言わないよ」

「はあ、分かりました」

 クレアがそう言うならそれでいい。言質は取った。

 私はバッグを椅子の背に引っかけた。

 ネクタイを緩め、スーツの袖を捲る。

 ひとまずダンジョン関連の文献に片っ端から眼を通してみよう。


 気づくと、窓から見える空が茜色に染まっていた。

 この5時間、私もクレアもほとんど無言でひたすら書物を読み漁った。

 灰皿にはタバコの吸い殻が溜まっていた。

 重たい本をデスクに置く。

 ノートと地図に気になった点を書き込み、目頭を指先で揉んだ。

 何百年も前の書物はとにかく読むのに時間がかかった。今では使われなくなった文字や言い回し、ページの欠損、真偽不明かつ意味不明な内容、整合性のとれない構成、不満を挙げればキリがない。複数の人間の口伝を別の複数の人間が手あたり次第書き写したようなものばかりだった。

 それでも何とか拾える情報を求めて、ひたすらページをめくった。

 王都からの距離、周辺の地形、ダンジョンの規模と構造、他にも細々した懸念点等々、改修するために必要そうな情報を洗い出した。といっても、まだ30近いダンジョンのうち、3分の1も終わっていない。

「ナギコ」

 顔を上げると、咥えタバコのクレアがこちらを見ていた。

「進捗はどうだい?」

「ぼちぼちです」

「あとどれくらいかかる?」

「3日もあれば」

「了解」

 私は立ち上がってクレアのデスクに歩み寄った。ノートと地図をクレアに渡す。

「D1からD7までの所感をまとめたものになります」

 クレアがノートの記載内容と地図を見比べる。

「うん、見やすいね。助かるよ」

「どうもです。あの、クレアさんは何を調べてるんですか?」

 クレアがタバコの灰を灰皿に落とした。

「1000年以上前の昔話をいろいろとね」

「ダンジョンとか出てきます?」

「出てくるような出てこないような」

「はあ」

「まあ、歴史的な事実はどうだっていい。それっぽい物語があれば」

「物語、ですか……?」

「正確には物語性だね。人を動かすのに物語は必要ないが……物語性は絶対に必要なんだよ」

 タバコを灰皿で揉み消し、立ち上がるクレア。

「定時だ。今日はこれくらいにしておこうか」

「はい」

 クレアが窓を閉めた。首をコキリと鳴らす。

「よし、呑みに行こう」

「え、これからですか?」

「何か予定でもあるのかい?」

「ないですけど……」

「じゃあ、いいじゃないか」

「でも、お酒は……」

 クレアがすれ違いざまに私の肩をぽんと叩いた。

「親睦を深めようと言ってるんだ。四の五の言わずにつきあいなよ」

「はあ……」

 扉を開けたクレアが振り返る。

「野暮用を済ませてくるからエントランスで待っていてくれ。そんなに時間はかからない。ああ、それと鍵を閉め忘れないようにね」

 クレアが執務室を出て行った。

 ひとり残された私は小さく息を吐き、クレアのデスクを見た。

 タバコの吸い殻が溢れそうな灰皿。

 正直、意外だった。てっきりほとんどの仕事を独りでやらされると思っていた。面倒ごとは全部押しつけられると思っていた。

 元勇者クレア・アイオーン――彼女が本当に信頼できる上司なのかはまだ確証が持てない。

 だけど……もっとちゃんと彼女と話をしてみよう。まあ、何を話せばいいのかはよく分からないけど。

 あと、お酒は呑めと言われても絶対に呑まない。

 私は執務室を出て、扉に鍵をかけた。


次回『机上2』


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