表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

土木課の女2

 今から2年前――私は王国西部の城塞都市フレヴェールにいた。

 フレヴェールは魔族の度重なる攻撃により、防衛設備やインフラ設備に壊滅的な損害が生じていた。

 特に城壁の修復は急務だった。

 フレヴェールが落ちれば、エルネ地方全体を失う恐れすらあった。

 私も土木課の職員として修復作業に加わった。

 工夫たちと一緒に昼夜を問わず働いた。

 確かに魔族とまともに戦えるのは勇者だけだ。

 だけど、命を懸けたのは勇者だけじゃない。

 勇者を支援する一般兵も、街を整備する人も、商売をする人も、役所で働く人も、自分が関わる分野で命を懸けた。

 みんな必死に戦争を生き抜こうとしていた。

 それでも魔族の侵攻は苛烈だった。

 あの日、フレヴェールは陥落寸前だった。

 魔族の攻撃に倒れる勇者や兵士たち。

 そんな中、私たちは少しでも城壁や大門を持ちこたえさせようとした。

 侵入してきた魔族に仕事仲間が次々に殺された。

 空を見上げると、翼を持つ魔族の大群が舞っていた。

 もうダメだと思った。

 あの猛吹雪の日は運よく助かった。助けられた。

 でも、今日はもう助からない。どこにも逃げ場はない。

 三匹のガーゴイルが私の前に舞い降りた。

 いよいよ死ぬのか。自分でも驚くほど冷静にそう覚悟したのを憶えている。

 だけど、死ななかった。

 いきなり魔法の光が炸裂した。ガーゴイルは跡形もなく吹き飛んだ。

 気づくと、目の前に黒ずくめの女が立っていた。

 それがクレア・アイオーンだった。

 南方の拠点を取り返すことに成功した勇者軍がフレヴェールに駆け付けたのだ。


 私は灰皿にタバコの灰を落とした。

 クレアが命を救ってくれたことには感謝しかない。

 だけど、あの日の夜に起こった出来事――

 それが今も私の記憶の隅に刺さっている。

 それが原因で今もクレアと向き合うことができない。

 私はタバコを咥えて、深く吸い込んだ。

 深く吐く。もう手は震えていない。

「まあ、いいさ」

 クレアが小さく笑った。短くなったタバコを灰皿で揉み消す。

「会議には遅れないようにね」

 そう言って、喫煙室を出て行こうとする。

「あの……」

 私は思わずクレアを呼び止めた。

 立ち止まったクレアが振り向く。

「私以外の出席者は誰ですか?」

 私の質問に、クレアは小さく首を傾げた。

「いないよ。君だけだ」

「そう、ですか……あの、もうひとつ」

「何だい?」

「会議の議題は何ですか?」

「それはまだ秘密だ」

「はあ……」

「じゃあ、あとでね」

 そう言い残し、クレアは喫煙室を出て行った。

 静まり返った喫煙室。

 私は壁にもたれかかり、そのままずるずると床に座り込んだ。

 俯いて、大きく息を吐く。

 嫌な予感がますます大きくなった。

 あの人はいったい私に何をさせようとしているんだ……

 扉が開く音がした。

 土木課の先輩が入ってきた。

「お疲れさん」

「お疲れ様です」

 立ち上がって、軽く頭を下げる。

 先輩がランタンでタバコに火を点けた。

「課長から聞いたよ。特別顧問に呼び出されたんだって?」

「はい……」

「何の会議?」

「さあ……」

 先輩が笑う。

「災難だね、君も」

「はあ……」

 先輩が煙を深く吐き出す。

「あの人って年いくつ?」

「さあ……30くらいじゃないですか?」

「ふーん。俺と同じか。それで特別顧問とは、ホントいい御身分だよ」

「でも、元勇者ですし……」

 先輩がもじゃもじゃ頭を掻く。

「それとこれとは話が別でしょ」 

「まあ……」

 私は短くなったタバコを指先で弄んだ。

 先輩が灰皿にタバコの灰を落とす。

「彼女、なんでウチに来たんだろうな」

「さあ……」

「王立軍の顧問なら誰も文句を言わないだろ。むしろ、どこの国軍でも歓迎してもらえるさ」

「確かに……」

 先輩の言うとおりだ。

 魔族との戦争が終わったとはいえ、クレアほどの大魔法使いなら軍のポストに就くくらい簡単なはず。

 だけど、あの人はそうしなかった。

「先輩、あの人と話したことあります?」

「一度もないなあ。土木課で課長と話してるのを見かけたことはあるけどね」

「そうですか……」

「君は?」

「何度か。さっきもここで」

 先輩が顔をしかめる。

「え、ここにいたの?」

「はい」

「なんで?」

「知りませんよ……」

 私は小さく肩をすくめた。

 短くなったタバコを人差し指と親指で挟む。

 深く吸い込む。煙を吐きながら、灰皿でタバコを揉み消した。

「じゃあ、お先に失礼します」

 先輩がひらひらと片手を振る。

 私は扉を開け、喫煙室を後にした。

 廊下を歩きながら、ネクタイを整える。

 会議までまだ2時間ほどある。

 そういえばまだ昼食をとっていなかった。あまり食欲は湧かないけど、何か腹に入れておこう。

 私は階段を降り、食堂へ向かった。


次回『土木課の女3』


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ