道程1
もうすぐ陽が落ちる。
焚き火がゆらめく。パチパチと音が鳴る。
王都を出て7日が経過した。
穏やかな平原の旅も今日で終わりだ。明日からは鬱蒼とした森林地帯に入る。
私は捌いたウサギの肉を細枝に刺して、香辛料を振りかけた。同じものを四本作り、焚き火にかける。
すぐに肉の焦げる匂いが漂い出す。
食料の調達はクレアの役目。調理は私の役目。
ウルスとラプタは少し離れた場所で草を食んでいる。
クレアは近くの小川に水浴びに行っている。
ぼんやりと焚き火を見つめた。
この一週間、特に問題は起こっていない。旅は順調そのものだ。
クレアとは取り留めのない会話しかしていない。
仕事の話はほとんどしていない。というか、私が避けていると言ったほうが正しい。
考えなければいけないことが多すぎる。峡谷に着くまでに、できるだけ自分の中で整理しておきたい。
ここ二日ほど頭の中でぐるぐる回っている課題は魔族の雇用問題だ。
クレアはダンジョン改修の工夫として魔族を雇うつもりでいる。
だけど、そもそもどうやって魔族を雇うつもりなんだろう。
省庁が違うから正確な数字は把握できてないけど、各地の収容所にいる魔族の総数は2万弱くらいだと記憶している。
三百年戦争が終結した直後、戦う力を失った魔族を捕虜として捕らえる決定を下したのは勇者協会だ。
ただし、協会の独断ではない。
各国それぞれに何らかの思惑があり、協議の結果として魔族を捕虜にすることが決まった。裏でどんな政治的な駆け引きが行われたのかは一介の職員の私には知る由もない。ただ、勇者協会の動きは速かった。異常なほど速かった。
勇者たちの切り替えも速かった。昨日まで殺しまくった魔族を生きたまま捕獲する。勇者たち1ヶ月とかからず、逃げ回っていたすべての魔族を捕らえ、急ごしらえの収容所にぶち込んだ。現在、魔族は新たに建てた複数の捕虜収容所に分散して収容されている。
重要なのは、捕虜となった魔族の管理が徹底されているということだ。
収容所を脱走できた魔族は一人もいない。
いくらクレアが方々に顔が利く超一級の元勇者とはいえ、その収容所から数十、あるいは三桁の魔族を無断で連れ出すことができるとは到底思えない。それともクレアには私が思いつきもしないような策があるんだろうか。
ひとつ確信がある。これらの疑問をクレアにぶつけたとしても、今はまともな答えは返ってこない。間違いなく煙に巻かれる。
焚き火がゆらゆらと揺れる。パチパチと鳴る。
肉汁が地面に滴り落ちる。そろそろ頃合いだ。
背後に人の気配。
「焼けたかい?」
振り返ると、下着姿のクレアが裸足で立っていた。濡れた髪をタオルで拭いている。
焚き火に照らされたクレアの身体は傷跡だらけで、筋肉は鎧のように引き締まっていた。腹筋もバキバキに割れている。
魔法使いなのに戦士のような身体つき。王都を出た初日の夜、初めてクレアの裸を見たときは正直驚いた。
目を丸くした私に、クレアは笑いながら言った。
『フィジカルのない奴が戦場で生き残れるわけないだろ』
確かにそうかもしれない。いや、そうなのだろう。だからクレアは生き残った。
クレアが焚き火を挟んで反対側に腰を下ろし、胡坐をかいた。細枝を掴み、焼けたウサギの肉をがつがつと頬張る。
私も細枝を取り上げ、口に運んだ。脂身が少なく淡白な味だが、程よく弾力があって十分に美味しい。
一本平らげ、革袋から水を飲む。一息つく。
「クレアさん、訊いてもいいですか?」
クレアが肉汁の付いた親指をぺろりと舐め、小さく頷いた。
「収容所から誰にもバレずに魔族を連れ出す方法なんてあるんですか?」
「今そんなこと聞いてどうするんだい?」
ほら、やっぱり……この人はまともに答える気がない。
私は二本目の細枝を手に取った。
クレアも細枝を投げ捨て、二本目にかぶりつく。
「不服そうだね」
「別に……」
ウサギ肉を噛み千切る。
クレアが水を飲む。
「私からも訊いていいかな?」
「嫌です」
このパターンはロクな質問じゃない。
「つれないね」
クレアが小さく笑った。
焚き火がパキンと爆ぜる。
私は薪を放り込み、火加減を調整した。
クレアは寝袋に横たわり、タバコを喫っている。
私もタバコを咥え、燃やした細枝で火を点けた。煙を深く吐く。
焚き火の音。
獣の遠吠え。
肌寒い風。
夜空に瞬く星。
喫い終えたタバコを焚き火に放り込んだ。
寝袋に潜り込み、瞼を閉じた。
翌朝。快晴。
小川で顔を洗っていると、クレアが隣にやってきた。
「おはよう」
「おはようございます」
クレアが寝ぐせのついた黒髪を雑に縛る。
二人並んで顔を洗った。
二人並んで焚き火まで戻った。
固いパンをかじりながら出発の準備をした。
野営道具一式をラプタの鞍に載せた。
出発前の一服。
吸い殻を投げ捨てたクレアが黒い外套を羽織る。
私も外套を羽織った。ラプタの鞍に跨る。
クレアがウルスに飛び乗る。フードを被り、こちらに振り向く。
「行こうか」
「はい」
私はラプタの腹を軽く蹴った。
ラプタがゆっくりと歩き出す。
暗く大きな森が近づいてくる。森に入ると視界が利かなくなる。この先の森林地帯を1週間で抜けなければならない。行程の障害となるのは森の中を走る川の支流だ。地図上のルートではウルスとラプタに乗ったまま越えられる川幅のはず。とはいえ不測の事態が起こらないとも限らない。
私は空を見上げた。どうかこの快晴が続いてくれますように。
次回『道程2』




