机上4
三日後の夕方、定時ちょうど。
夕日が差し込むクレアの執務室。
ようやくユリィカ王国内に眠るすべてのダンジョンの洗い出しが完了した。
地図とノートを広げたテーブルを挟んでクレアと向き合う。
ソファに浅く腰かけたクレアがタバコを咥え、もう一本を私に差し出した。
「いただきます」
タバコを受け取って咥えると、クレアがパチリと指を鳴らした。
火の点いたタバコを吸い、煙を深く吐き出した。
クレアがコキリと首を鳴らす。
「始めようか」
「はい」
私はタバコを指に挟んだ。
「資料から確認できたユリィカ王国内のダンジョンは全部で29ありました。その中でクレアさんが提示した条件――王都から適度に距離があり、近くに町があり、10階層程度の規模のダンジョン、これらに合致するダンジョンは三つです」
地図を指差す。
「ひとつめはここ、D9。王都から北北東に約1500キロのムドラ峡谷の中央付近。南東に約200キロ行けば、街道沿いの宿場町があります。ふたつめはここ、D12。王都から南に約1300キロのオーソン平原の地下。西に約170キロの位置に農耕と牧畜が盛んな町があります。みっつめはD25、王都から東に約1800キロのロムロス砂漠にある遺跡群。ここから約150キロ南東の国境沿いには町があります」
「この中で君のオススメは?」
「D9です」
「理由は?」
「資材調達のしやすさです。ダンジョンを改修する際に最も必要となる資材は木材と石材です。石材は峡谷で調達可能です。一方の木材ですが、ここを見てください。D9のすぐ近くには川があります。そして、ここ。川の上流にあたる南西部には森林地帯が広がっています。木材の調達と運搬に関しても問題は少ないと思われます。川が使えるのは他にも何かと便利ですし」
「なるほど。D9の名前は?」
「石蛇の女王の巣と呼ばれていたようです」
「石蛇の女王、ね……」
「誰がいつ何の目的で作ったのかは不明です。確認できた最も古い記録は約千百年前の文献にありました。当時、峡谷一帯には複数の部族が寄り集まって、それなりの規模の集落を形成していたようです。そして石蛇の女王の巣は神聖な地のひとつとされ、儀式に使用されていたとのことです」
「どんな儀式?」
「戦士として認められるための試練です。ダンジョンの最奥にある巨大な石棺から石蛇の骨を持ち帰れば、一人前の戦士として認められる。いわゆる通過儀礼みたいなものかと思われます」
「よくある話だね。似たような伝承が各地に残ってる。石蛇について他には?」
「石蛇の外見に関する具体的な記述は見つかりませんでした。その他の細かい情報はこちらにまとめてあります」
私はノートを手に取り、クレアに渡した。
咥えタバコのクレアがノートを視線を走らせる。
「岩の壁を削って作られた神殿の奥にあるダンジョン……内部は迷路のように入り組んだ構造、か……」
「あくまで文献によると、ですが」
しばらく無言でノートを読み進めていたクレアが指先でコツコツとテーブルを叩いた。
「何か気になることでも?」
「街道を使うと峡谷まで一ヶ月かかるんだね」
「一度東へ進んでから北上することになりますから」
「3週間に短縮できる?」
私はタバコの灰を灰皿に落とした。
「できなくはないです」
地図に指を置き、王都から峡谷までのルートを引く。街道を無視した最短ルート。
「ただ荷馬車が使えない上に宿場を一切経由しないので、水と食料の補給は現地調達になりますけど……」
「問題ないよ。野営には慣れてる」
私は小さく息を吐いた。
「でしたら、あとはムドラ峡谷に行って直接確認するしかありません」
そもそもこのダンジョンが本当に今もそこにあるのかすら分からない。文献だけでは正確な位置が特定できないため、入り口を見つけることすら簡単ではないはずだ。仮にダンジョンがあったとしても、何百年も前に書かれたとおりの内部構造をしているかどうかも怪しい。ダンジョン自体が改修に耐えられるかどうかなんてもっと不透明だ。
クレアが立ち上がった。
「同感だ。じゃあ行ってみようか」
「はあ」
「出張期間はとりあえず3ヶ月でいいかな」
「まあそれくらいあれば」
「君の出張届は私が出しておくよ」
「目的はどう書くつもりですか?」
「石材調査でいいだろう。髭の課長から聞いてるよ。3年半前、君は木材調査で半年ほど王国内を駆け回ったそうじゃないか。しかもたった一人で」
「あのときは戦争で木材も人手も不足していたので……」
「今だって復興事業でどこもカツカツさ」
「まあ……」
「心配いらないよ。誰にも文句は言わせない」
「はあ」
私は地図を畳んだ。
窓際に立ち、こちらを振り返るクレア。
「二人分の馬と水に食料、野営道具、調査道具一式を明日中に用意してくれるかい。選定は君に任せる」
「一日でですか?」
「ああ、時間が惜しいからね。出発は明後日の朝だ」
「わ、分かりました……」
私はぐしゃりと頭を掻いた。経費を立て替えるだけの貯金が足りるかどうか不安だ。
するとクレアがデスクの抽斗を開け、紙幣の束を三つ取り出した。テーブルにぽんと置く。
「私の金だ。領収書を切る必要はないよ」
さすが超一級の元勇者。報奨金を返還してもなお金回りはいいらしい。だとしても……
「経費として申請できなくなりますよ?」
「構わないさ。今はまだね」
「はあ」
今はまだ、か……
「これ、全部使ってもいいですか?」
「任せると言っただろう」
「とびきりタフな馬を手配します」
頷くクレア。
私はタバコを灰皿で揉み消した。紙幣の束を掴んで立ち上がり、自分のデスクに戻る。デスクに広げた資料を手早く片付け、紙幣の束をバッグに放り込んだ。明日まで待ってられない。すぐに出張の準備を始めなければ間に合わない。今日中にやれることはやっておかないと。
私はバッグを肩に担ぎ、クレアに軽く頭を下げた。
「お先に失礼します」
「お疲れ」
私は執務室を出て、階下へ向かった。
出張には慣れている。この一年も橋の補修工事で現場と王都を行き来する日々だった。
野営も嫌いじゃない。土木課に配属された当初は戸惑うことが多かったけど、戦争中の現場仕事で随分と鍛えられた。
それでも3ヶ月に渡る長期出張の準備を一日で終えろというのは、ほんと無茶振りもいいところだ。イライラする。
ただバッグの中には潤沢な資金がある。今回は出張費を気にしながら土木課の備品倉庫を引っ掻き回す必要もない。せっかくだから普段の仕事では使えないような、いい道具といい馬を揃えてやろう。そう考えるとイライラもすぐに収まった。むしろ、ちょっとワクワクしてきた。
私は小走りに庁舎を出て、商店が建ち並ぶ地区へ向かった。
二日後の早朝。
霧が立ち込める王都の北門前。
私は二頭の馬にくくりつけた荷物の最終チェックを終えた。
野営道具に調査道具、水や保存食、着替えやら何やらその他諸々。必要なものはすべて揃っている。かなりの大容量になったけど問題はない。王都で一番大きな厩舎で、最高ランクの馬を借りることができた。デカくて速くて賢いこの二頭の馬なら、しっかり働いてくれるはずだ。
私は二頭の馬の頬を交互に撫でた。
穏やかな眼をした馬たちが小さく鼻を鳴らして応えてくれた。
いい子たちだ。
馬たちの耳がぴくりと動いた。
石畳を叩く足音が近づいてくる。
振り返ると、霧の中から黒い外套を羽織ったクレアが現れた。右肩に大きなザックを担いでいる。
「おはよう、ナギコ」
「おはようございます」
馬たちを見て微笑むクレア。
「立派な馬だね。名前は?」
「ウルスとラプタ。王都で一番屈強な兄弟です」
クレアがウルスに歩み寄り、頬を撫でる。
「しばらくのつきあいになる。よろしく頼むよ、ウルス」
ウルスがクレアの肩に鼻をこすりつけた。
クレアがウルスの鞍にザックをくくりつけ、ひらりと背中に飛び乗る。
私も鐙に足をかけてラプタの背中に跨った。
クレアが私を見る。
「じゃあ出発しようか」
「はい」
私は頷いて外套のフードを被った。手綱を握り、踵でラプタの腹を優しく蹴った。
ラプタが力強く前進する。そそり立つ北門をくぐる。平原へと踏み出す。
このときの私はクレアの真意にまったく気づいていなかった。まあ、もしこの時点で彼女の本当の狙いに気づけたとしても私にできたことは何もないのだけど。なぜなら元勇者クレア・アイオーンは怪物だから。魔族よりもはるかに底が知れない本物の怪物。もっともっと時間が経った後、私はそれを嫌というほど思い知らされることになる。
次回『道程1』




