この世界で、君は生きていていい
──城の扉が閉まったとき、ミリアはやっと、深く息を吐いた。
「……はぁ……つ、疲れた……」
アーヴィンは何も言わず、彼女の手をそっと握った。
手のひらの熱だけで、呼吸が少しずつ落ち着いていく。
「着替え、出しておいたよ。……湯も、少し温めておいた」
「うん……ありがと……っ」
ふかふかの椅子。魔王の寝室。もう慣れ始めてきた場所。
なのに、今日はなぜか、ミリアの喉がかすれていた。
「……ねえ、アーヴィン」
「ん?」
「……話、聞いてくれる?」
「どんな話でも」
ミリアは膝を抱えて、ふうっと小さく笑った。
「私、転生者なんだよ」
「うん。知ってるよ」
「……私、自分では言ったことなかったから、さ。魔王に、話すの……初めて」
「嬉しいよ。話してくれて」
「……ほんとに、なにも、特別なこと……ないの。能力とか、チートとか、なかった」
「転生しても、ダメなまんま」
ぽつり、ぽつりと言葉がこぼれていく。
「前の世界……会社員だったの。営業で、ぜんぜん数字取れなくて、空気も読めなくて」
「“またミリアかよ”とか“ほんと使えない”とか……そういうの、毎日だった」
アーヴィンは、黙って隣に座っていた。
何も遮らず、何も言わず、ただ耳を傾けていた。
「私はさ、すごく変わりたかったのに、変われなかったの。転生しても、勇者って呼ばれても」
「……足遅いし、魔法も使えないし、見た目だって……こんな、ぽっちゃりで……」
「ずっと、邪魔者扱いだった。だから、あの村に捨てられたとき、……ああ、やっぱり、って」
「どこでも、私は“いらない”んだなって……」
そのまま、膝に顔を埋めた。
感情が押し寄せ、ポロポロ涙が溢れてしまう。
体が熱くなった。
心はまだ、冷たい氷の中にある気がしていた。
……ぽん。
その氷に、やさしく触れる指先。
「ミリア」
彼は、ゆっくりと膝をついて、目の高さを合わせてくれた。
「ありがとう。話してくれて」
「えっ……?」
「君が“いらない”って思ってたもの。俺には、全部、宝物に見えたよ」
「転生しても変われなかったって? 変わろうとしたんだろう?」
「魔法使えなくても? 君は、何度も城の扉を叩いたじゃないか」
「怖くても、傷だらけでも。君は、前に進み続けた」
彼の声は、やさしく、熱く、揺るぎがなかった。
「君がどんなに自分を否定しても、俺は肯定し続けるよ」
「君は、いらないどころか……俺にとって、なくてはならない人だ」
「ミリア。君がそのままでいたことを、俺は誇りに思う」
言葉が、胸に、深く刺さった。
「……っ、アーヴィン……っ」
「君を好きになって、ほんとうに良かった」
ふわりと、頭を抱き寄せられた。
その胸に、額を押しつけて、ミリアは喉を震わせる。
「ああ……もぉ、だめだよ……そんなの……っ、私、そんな……っ」
「泣いていい。全部、俺が受け止めるから」
「ひっ……うっ……っ……っ、アーヴィンっ……!」
「俺も、大好きだよ、ミリア」
強く、強く、抱きしめられて、
そのままミリアは、彼の胸の中で嗚咽を漏らした。
誰かに“いていい”と言われたのは、
いつぶりだっただろう。
──そしてその夜。
ミリアは初めて、自分の足でこの世界に立ちたいと思った。
アーヴィンの隣で、笑いたいと思った。
ここからR18シーンになりますので、この部分に関してはムーンライトノベルズに掲載いたします。