この世界でも、私には何もなかった
──私は、戻ってきてしまった。
──倒したことにしたはずなのに。
──本当に、これで良かったの?
でも、笑って報告するしかなかった。
「……魔王、倒したよ。ちゃんと、全部終わった」
──静寂。
その場にいた村人たちは、一瞬の沈黙のあと、互いの顔を見て、同時に鼻で笑った。
「は?」「嘘でしょ」「また出たよ、ミリアの妄想」
「ほんっと懲りねーな」「お前が魔王倒せるわけねーだろ」
笑い声が降ってきた。
頭上から、冷たい石を落とされるように。
「こっちは本気で送り出してたんだよ?」「あー、期待したの馬鹿みたい」
「で? どうせ、逃げ帰って来たんでしょ?」
「“倒した”とか言っとけば、褒められるとでも思った?」
──嘘じゃない。
──でも、言えない。
──だって、魔王と約束したから。
声に出せない。信じてもらえない。
何も言わなくても、すでに全否定されていた。
「ほんっと、昔から使えねぇよな、ミリア」
「転生して勇者? は? 何一つ才能ねーじゃん」
「足も遅い、魔法も使えない、顔も地味。なにが“勇者様”だよ」
「むっちりしてるくせに、なーんにも出来ねぇし」
──心が、凍る音がした。
(……ああ……そうだ……)
(また、だ)
(また、“私はいらない”って言われてる)
頭が真っ白になる。
耳の奥で、血が脈打つ音だけが聞こえる。
喉がきゅっと締めつけられて、言葉が出ない。
──そして、脳裏に浮かぶのは、
転生前の自分。
──オフィスの冷たい蛍光灯。
──パーテーション越しの冷笑。
──「また契約取れなかったの?」「今月もグス抜きでやろうか」
「居るだけで疲れるんだよね」
「お前ほんと、給料泥棒」
「ミスばっかじゃん。頭悪いの? 学歴だけ?」
(……全部、私だった)
転生しても、何も変わらなかった。
私は、ここでも“邪魔”だった。
世界が違っても、私の存在価値はゼロだった。
(そっか……私って、そういう存在なんだ)
足の力が抜ける。
膝が崩れ、地面に落ちる。
砂が舞う。
地面の冷たさが、皮膚を刺す。
でも、そんなのどうでもいい。
身体が、言うことを聞かない。
涙は、でない。
ただ、虚ろな視線だけが地面に落ちたまま。
「……やっぱり、私……いらないんだ……」
その声は、誰にも届かなかった。
空が曇っていることすら、もう見えなかった。
(このまま、地面に沈んでしまえたらいいのに)
──そのときだった。
ぐらり、と風が止まった。
空気が変わる。
地が震えた。
誰かの魔力が、この空間を支配した。
その気配だけで、村人たちは息を呑む。
ミリアは、顔を上げられない。
だけど、なぜか──ほんの一瞬だけ。
胸の奥に、小さな火が灯ったような気がした。
(……アーヴィン?)
──次回、第七話『魔王、降臨。村人、全員ひれ伏す(物理)』




