9 夢見のシマエナガ(2)
轟々と風の音が窓を鳴らし、屋根を叩くような雨音は恐怖さえ感じるほどだ。暖炉の火を少し強くして、それからカーテンを閉めた。今夜はじゃがいもメインのシチューを食べ終えたあと、すぐに小鳥のために小さな寝床を作ってやった。
もう使わないであろう私の私服を正方形に切って、中にふわふわの綿を詰めてやる。それから端を縫い合わせれば小鳥が眠れるくらいの小さなクッションが完成した。そのクッションを小さなカゴバッグの中に入れ、切り刻んだ洋服の切れ端をたっぷりと入れてやる。この子の親鳥が作ってくれた巣には敵わないだろうけど、きっと安心して眠ることができるはずだ。
「さ、ベッドができたわよ。小鳥さん」
「ピピッ?」
小鳥はまるで言葉がわかっているように首を傾げた。それからピョンピョンと私お手製のベッドの方に行き、何度か躊躇したがカゴバッグの中に入ると安心するとかすぐに腰をおとして瞼を閉じてしまった。
「寝たか?」
「ミーシャ、うん。寝ちゃったみたい。図鑑で調べてみようか」
魔法生物の図鑑を引っ張り出して「夢見のシマエナガ」を探してみる。いくつかページをめくっているとシスターの手書きでしっかりと描かれていた。
『夢見のシマエナガ:夜その声を聞いたものは良い夢を見ると伝えられている伝説の小鳥。何よりも見た目が可愛いわね。実際魔力はあるものの本当に力があるのかは謎のまま。ぜひ一緒に眠ってみたいものだわ』
「ですって。私たちいい夢がみられるかもね」
「ま、俺はどっちでもいいや。ブラッシングしてほしいなぁ」
「はいはい。しましょうね」
今日のミーシャは私の膝の上に頭を乗せリラックスした様子で体を伸ばした。非常にブラッシングはしにくいのだが、あの可愛い顔でおねだりされてしまうとどうしたって断ることができない。
昔、「どんなに高貴な貴族でも飼い猫のしもべになる」という話を聞いたことがある。今、私がまさにミーシャのしもべになりかけている。あのおねだり顔には絶対に敵わないし、彼が幸せそうな顔でお昼寝をしていれば足音を立てないようにそっと家の中を歩いたり……。とにかくミーシャ中心の生活になりつつある。
けれど、こうして時たま彼が甘えてくれたりもふもふの毛皮を堪能させてくれるので何も問題はないのだ。手のひらがふわふわで幸せになって私は口角をあげる。
「ミーシャ、お腹もね」
「むにゃ」
眠そうに寝返りをうって腹をだしたミーシャを優しくブラッシングする。反転模様のお腹は優しく毛流れに沿って……。ミーシャの暖かさが膝から伝わって眠くなってくる。けれどぐっと我慢をして私はブラッシングと肉球のお掃除を終えた。
「雨だから今日は早く寝るかな」
「うん、私もポーションのお勉強が終わったらベッドに行くわね」
「んにゃ」
ミーシャは大きなあくびをすると一足先にベッドへと向かった。商店のおばさまに頼まれた「肩こり腰痛」に聞くポーションをシスターが残してくれたポーションレシピを見ながら試行錯誤する。
痛みを和らげるポーションでは根本的な解決にはならない。それに飲み薬であるポーションではあまり効き目が薄いかもしれない。では、痛みを和らげるポーションを濃いめに作ってマジカルミントを配合した塗り薬を作るのはどうだろうか。
畑仕事をした後のズキズキした痛みはミントの爽やかさでスッとするのが効果的だと昔農家の子が言っていた気がする。
「ふああ、なんだか眠くなってきたわ」
「ピピっ」
「あら、起こしちゃった?」
シマエナガは可愛らしく鳴いて、それからじっと机の上に置いてあったブラシを眺めていた。
「もしかして、ブラッシングしてほしい……とか?」
「ピッ!」
片羽をまっすぐに上げて、元気よく返事をするものだから私は思わず笑ってしまった。愛くるしい姿を抱きしめてしまいたい衝動に駆られながら私はそっとシマエナガを掌の上に乗せた。
あいにく、小鳥にぴったりのブラシはないのでそっと指で撫でてやる。まだまだ小さな羽の流れにそってそっと撫でたり、時には優しく爪を立ててカリカリと刺激を加える。するとシマエナガは気持ちよさそうに首や羽を伸ばし「ピィ」と小さな声を上げた。
「お腹もやる?」
「ピッ!」
ころん、と私の掌の上でお腹を見せたシマエナガのふわふわに触れる。背中や羽とは違って特別ふわふわで柔らかい感触は綿毛のよう。優しく指先で撫でてやると気持ちよさそうに瞼を閉じる。
「なんて可愛いの」
「ピィ〜」
「さ、今日はもう寝ないとね。ってあら、寝ちゃった」
いつのまにか私の掌の上で寝てしまったシマエナガを優しくお手製の巣穴に戻してやり、私もベッドへと向かった。すでにミーシャによって温められた毛布の中に入って、すぐに瞼を閉じる。今日はもしかすると良い夢が見られるかもしれない。そんな期待を抱いて私はゆっくりと眠りに落ちていくのだった。
***
「なんの夢もみなかったわ」
「俺も。てっきりベーコンに埋もれて寝る夢でも見れるかと思ったのに」
ミーシャと同じく私も全く夢を見ることはなかった。それどころか完全な無。疲れていたのだろうか? けれど、悪夢を見なかっただけマシかもしれない。
「コイツ、もしかしたらドゥかもな」
「ドゥ?」
ミーシャかまだ眠っているシマエナガの方をチラッと見ていった。
「ドゥってのは魔法生物なのにその特性がないやつのことさ。たとえば俺はマジカルボブキャット。幸運を運ぶ猫。けど、一族の中には魔力もなくて話すらできないやつもいる。そいつらのことをドゥって呼ぶんだ。俺らの集落じゃ追い出されて一人ぼっちさ」
「そんな風習があるの?」
「人間だって魔力の強い奴がいいところに住んで、弱い奴はビンボーだろ? それと一緒さ。もしかしたらコイツも捨てられたのかもな」
「ピ、ピピィ」
「あら、起きてたの?」
シマエナガはしょんぼりと頭を垂れて小さく鳴いた。
「お前、能力が使えないんだろ」
「ピィ」
「んで、追い出されたんだろ」
「ピピピピ」
全力で頷くシマエナガ、ミーシャは深くため息をついた。
「どーする。こいつは追い出されたってよ。森に返すか?」
「追い出されたドゥたちはその後どうやって生きていくの?」
「いいや、大概の魔法生物は『魔力を持たない者の繁栄を嫌う』から一生番はできないし、こいつの場合は天敵に食われて終わりだろうな」
「ピッピッ、ピピピッ」
シマエナガは私の方にぴょんぴょんと跳ねると必死で何かを訴えようとしている。
「私はあなたを捨てたりしないわ。思う存分この家にいるといいわ。そうね、もしかしたら私の聖女の力があなたに魔力を与えてくれるかもしれないし……。それに一緒に住む仲間が増えても私はいいと思うの。ね、ミーシャ」
「俺はどっちでもいい。面倒はお前がみろよ」
「ピピピッ!」
シマエナガが私の手にすり寄ってくる。ふわふわの頭を撫でてやりそっとキスをする。もしもミーシャのいうようにこの子が「捨てられた子」なら私が出会ったのはきっと運命だから、助ける以外の選択肢なんて存在しないのだ。
「さ、朝の収穫に行くけれど君もくる?」
「ピピ!」
元気の良い返事を聞いて、私はうれしくなった。シマエナガをそっと肩の上に乗せて、野菜を収穫しに向かった。