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6 もふもふと美味しいご飯

「ミーシャだからミーちゃんって呼ばれていたの?」

「違うぜ。そもそもシスターは聖女の力を持っていなかったから俺とはお話できなかったしな。多分、猫だからミーちゃんなんじゃないか? 多分」


 ミーシャはふわっとあくびをすると日当たりの良い出窓の方にいってごろんと寝転がった。彼は男の子、その上女神様の眷属である。


「今日は村に買い出しに行くのだけど、何か欲しいものはある? ベーコンと他に?」

「うーんにゃ……魚とか」

「お魚食べられるの? ボブキャットは肉が好物ってあるけど」

「それは偏見だな。俺たちは森の中で魚も華麗に狩りするんだぜぇ。ま、ベーコンみたいな塩気がなくて残念だけどたまに食いたくなる」

「そ、そう。わかったわ。じゃあ行ってくるわね」


 ミーシャのおでこを撫でてから私は森を出る準備をする。森の入り口にある村に一人で行くのは初めてだ。ちゃんと村人たちと話せるかどうか不安だが……やるだけやってみるしかないわ。


***


 森を出てすぐのところにある村に足を踏み入れると、いつもとは少し雰囲気が違った。私に村人たちが挨拶をしてくれるのだ。


「シスター。今日はどんなようかしら? 先代のシスターのことは残念だったわね」

「シスター、こんにちは。ぜひうちのお肉を見ていってよ」

「こんにちはシスター。その修道服は私が見立てたのよ」


「あの……今日は食材を物々交換しに」


 村人たちは私が広げた魔法植物や野菜を見ると幾分か品定めをして「ベーコンとこのマジカルコーンを交換してちょうだい」とか「セダカニンジンと小麦粉を交換して欲しい」等交渉会が始まる。

 私は人間との交流が嬉しくて世間話をしながら魔法植物・野菜の小話なんかも織り交ぜていく。

「へぇ、じゃあこの人参は生で食べるよりもすりつぶしてスープにすると良いのね」

「はい。セダカ人参は火を通すことで魔法で凝縮された栄養が溶け出すと言われていますから……ポタージュなどとするのがおすすめです」

「新しいシスターさんも物知りなのね。そうだ、他に欲しいものはある? 今日はサービスするわよ」


 私のバッグに入っているのはベーコンとバター、小麦粉に硬めのチーズとミルク。これだけで十分だけれど……と思ったら新鮮なお魚がずらっと並んでいた。


「お魚って見せてもらっても?」

「えぇ、うちは本来肉屋なんだけどね。最近主人が釣りにハマっていて。この村から少しいったところにある川でよく魚が獲れるらしいのよ。よかったら持っていって。先代のシスターにはすごくお世話になったの。彼女への餞別の意味も込めてね」

「あ、ありがとうございます」


 商店のおばさんにほとんど無理矢理渡されて私はその優しさに心が温かくなるのを感じた。シスターは亡くなる前日に彼らに挨拶をしてくれたようだった。まだ人を信じられないでいた私のために……。きっと体も辛かったろうに、シスターヴァイオレットには感謝してもしきれないわ。


「そうだ。最近、肩こりと腰痛がひどくてね。もし次に村に来ることがあったらポーションかよく聞く薬草をお願いしてもいいかしら」

「えぇ。調べてみますわ。今日は本当にありがとうございました」

「シスター、美味しいりんごはいかがかな? いつもはパイにするんだけど今日はどうもかまどの調子が悪くてね。余らせているんだ。おや、けれどバッグがいっぱいだね」


 おじさんはしょんぼりしてカゴいっぱいのリンゴを見つめた。


——たまには大好きなリンゴが食べたいわ


 女神様の小さな願いを思い出して


「あの、リンゴをいくつかいただいてもいいですか?」


 とおじさんに言った。おじさんは「たすかるよ」と言いつつ十個ほどりんごを包むと私が持ちやすいように包みに紐をくっつけて手提げにしてくれた。


「ありがとうございます」

「いいんだよ。自慢のアップルパイを食べて欲しかったんだけどねぇ」


 おじさんは申し訳なさそうに笑うと後頭部を掻いて、それからすぐに別の村人にリンゴを売り込みに行ってしまった。


 村人たちの好意でずっしりと重くなったバッグを背負って急足で森へと戻る。肩こりや腰痛に効くポーション、薬草。それから、村の人たちが喜ぶようなものを作ってみたい。それから、女神様へのお土産も。



***


「ベーコンだ!」

「はいはい、ミーシャのために多めにもらってきたわよ」

「よし、合格! さ、さっさと飯の時間にゃ〜」

「それに、今日はお魚ももらってきたの。ミーシャはそのまま食べる?」

「ん、そのままでいい」


 大きなニジマスをミーシャの皿に乗せると彼は目をキラキラと輝かせて尻尾を揺らした。私の手にはもう一匹のニジマスはどうしようかしら。私は一旦手を洗ってから本棚へと向かう。シスターの残した図鑑の中には「レシピ集」なるものもあった。

 こちらのレシピ集は魔法植物を使ったものが主だが、きっと魚のレシピもあるはずだ。ページをめくって探してみれば、すぐに見つけることができた。


『ニジマスの調理。丸ごとムニエルもしくは野菜と一緒に大きな魔法笹の葉に包んで蒸し焼き(夏限定)が美味しい。もちろん、塩焼きもいいけれどバターや小麦粉がある時は丸ごとムニエルでこんがり焼くといいわ。お庭にニンニクがあればなおさらよ』


 シスターの手書きレシピと可愛らしい感想にクスッとしながら、レシピ通りに魚の下処理をして行く。そして処理した鱗と内臓は庭に持っていって肥料を作っている樽の中に放り込んだ。

 庭で育てているニンニクを一株収穫し、丁寧にすりつぶすと適量のバターと混ぜてガーリックバターを作る。それから、小麦粉を塗した魚をゆっくりとガーリックバターで焼いていく。


「熱っ」


 パチパチと跳ねるガーリックバターに手の甲を攻撃されながらもなんとか身をひっくり返して反対側も焼き始める。


ニジマスの身がふっくらとして皮がパリパリになれば準備完了。最後に高音にしたガーリックバターをスプーンで何回かかけてやれば魚まるごとムニエルの完成だ。食欲をそそるガーリックの香りは一緒に食べる優しい味のパンを想像するだけでお腹がなってしまうほど。

 ほとんど初めての魚料理だったけれど、シスターのレシピのおかげで大成功だ。


「なぁ、頭と尻尾は俺にくれるよなぁ?」

「あら、ミーシャ自分の分は食べ終わったの?」

「とっくに食べた」


 彼は私の足にすりすりと体を擦り付けて甘えた声を出す。どうやら、自分の分の魚を食べたもののムニエルの匂いを嗅いで食べたくなってしまったらしい。


「なぁなぁ、俺のもあるよなぁ?」


 椅子に座った私の膝にちょこんと顎を乗せておねだりをするミーシャ。いつもよりもきゅるきゅると丸い目は瞳孔が開き、とても可愛らしい。ピルピルと動く三角耳。あまりにも可愛らしい彼に私は思わず口にする。


「半分こしようか」


 彼御所望の頭と尻尾、それから骨の部分だけじゃなく身の半分も彼の皿に乗っけてやる。魔法生物兼女神の眷属として長い寿命と丈夫な体を持っているため塩分もニンニクも問題なく食べられる。ちょっと罪悪感がありつつも可愛い彼に負けて私は溶けたガーリックバターソースもたっぷりかけてやる。


「はい、どうぞ」


 ミーシャはガツガツと食べ始め、さっきまでの可愛い顔はどこへやら、まるで獲物を前にした虎のように鋭い瞳に戻ってしまった。

 ここでやっと私も作った料理に手を付ける。ふわふわに焼きあがったムニエルはニジマス本来の甘さがぎゅっと詰まっていて、新鮮なバターとガーリックがよく合う。甘くてふわふわのパンにガーリックソースをつけて食べれば口の中が幸せになって、葡萄酒でも飲みたい気分になってしまう。パリパリした魚の皮は食感が楽しくて、小骨は柔らかくて問題なく食べられるほどだ。


「おいしい」


 思わず声が出て、自分で笑ってしまう。貴族だった頃は料理なんてしたこともなくてただ食卓に並べられる料理を食べるだけ。美味しさとか楽しさとかそんなものよりも家族での会話がメインだった。

 けれど、こうして自分で料理をするこというのは材料を集めることから考えてもすごく大変だということ、一人で料理と向き合って味を楽しめる達成感。初めて味わうこの気持ちはなんと名前をつけたら良いだろうか。


 お皿に残ったソースをパンにつけて食べ切ると、お腹いっぱいでため息が出た。ひとりぼっちの食事は嫌いだったはずなのにすごく充実していて、私にとって最高の時間のひとつだった。


「うまかったなぁ。むにゃむにゃ」


 ミーシャが満足げに顔を洗いだし、私も料理の余韻に浸りながらゆっくりとお茶を飲むことにした。



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