エピローグ
「いい夢はみれたかな、ミュゲ」
朝の光と共に頭の上で声がした。優しいその声とふわふわした白い大きな鳥。彼女はピーちゃんの母鳥。まだ、名前は教えてくれない。
「そうね、おはよう。昨夜も来てくれたの?」
「あぁ、暇だったから人間が悪夢を見てないか気になってな」
「はいはい、今日もピーちゃんを連れていくの?」
「あぁ、彼女は魔力が開花した。立派な夢見のシマエナガになれるからな」
「そう、よかったわね」
ふわふわの彼女をそっと撫でて、立ち上がった私はまだ眠っているミーシャにそっと毛布をかけた。やっと戻ってきた森での日常を噛み締めながら、時折まだ胸を締め付ける傷をゆっくりと受け入れている。
あの襲撃と火事で死んでしまった仲間たちを私は日々弔い、魔法生物たちを癒し、そして前を向けるように話をした。女神アリス様と森を守る約束をしたのだから、これからもこうしてずっと歩んでいくのだ。
教会の掃除を終え、庭に集まっていた動物たちに野菜をわけてやっと朝食をとる。今日はジニたちのところへ行って、彼の子供が好きなクッキーをたんまりと持っていかねば。
「ミーシャ、ご飯できているわよ」
気だるげに階段を降りる音がすると、私はミーシャのお皿にベーコンエッグをのせ、その上にはパンをちぎってトッピングする。彼が文句を言う前にたっぷりと溶かしたバターをかけて……。
「おはよう、ミュゲ」
「おはよう。ミーシャ。今日はお寝坊さんだったわね」
「ん、気分気分」
クワッと豪快なあくびのあとミーシャはご飯にがっついた。尻尾をふりふりしながら食べる姿が可愛くて私は思わず笑ってしまう。
「なぁ、ミュゲ。あいつと連絡はとってるのか?」
「あいつ?」
「ほら、エドだよ」
「エドは王子様よ? 今は国を立て直すのに忙しいだろうし。手紙は出していないわ。邪魔しちゃいけないもの」
「誰が邪魔だって?」
心地よい低音の声は、前に聞いた時より優しくそれから少し元気だった。びっくりして振り返ると、そこにはすらっと背が高く、ちょっと窮屈そうにドアをくぐってくる青年がいた。艶めく黒髪と冷たく見えるほどの青い瞳。私の知っているエドは血まみれで出来の悪いローブを着ていたが、今は王族らしく煌びやかな服を身に纏っていた。
「エド……?」
「見違えたって顔だな。まぁ、血まみれじゃないしちゃんと服も着てるし。でも、エドリムだ。レーシア、暫くぶりだったね」
そっと挨拶のハグをしてエドは私の隣の椅子に座った。
「えぇ、国の方は?」
「順調だよ。今日は、その君に色々と報告があって飛んできたんだ。まず、エヴリンとグレイブの裁判が終わった。数々の証人が集まって、証拠が集まってエヴリンは今度城のすぐそばにある処刑場で刑が執行される。彼女は、裁判上ですべて吐いたんだ。君をあの社交パーティーで陥れたことも、君のご両親……彼女の実親に何をしたかも。だから予想以上に裁判が早く進んでね」
「そう……」
「だから、これ。これを君にすぐ伝えたくて」
エドは私に一通の通達書を寄越した。私はその文字を読んでぐっと涙が溢れてくる。それは、フレイユ子爵夫妻の爵位を返上し、聖女を育てた功績と勇敢に悪と戦った勇気を讃え「公爵」の爵位が与えられたというものだった。
「お父様、お母様っ」
ぎゅっとその紙を抱きしめて、溢れ出る涙も声も我慢せずに泣いた。
「捨てられただなんて、見放されただんんて少しでも思ってごめんなさい。子を奪われた悲しみの中、私が何も気がつかないほど愛情をくれて……私を守ってくれた。大好きよ、大好き。もう一度会いたいわ」
「あぁ、君を泣かせるつもりはなかったのに」
エドはそっと私の背を撫でてくれ、しばらく泣いた後に私は彼にお礼を言うことができた。エドは優しく笑って「当然のことだ」なんて言ったけれど、子爵の立場だった人たちにこのような待遇をするにはかなり無理を通したはずだ。
「ありがとう、エド」
「そうだ、グレイブはどうなったか聞きたい?」
「えぇ、彼は命の恩人でもある人ですもの」
「グレイブは当然、死刑になるはずだった。ペガサスを傷つけ、王族の毒殺の補助をしたのだから。けれど、彼は死刑にはならないことになったんだ」
「彼は自身でも相当の罰を受けることを望んでいたはずよ」
「あぁ、彼は爵位の返上と自身の死刑を望んだ。無論、裁判もその通りに進んでいたが意義を唱えるものがいてね。被害者だ」
エドは私に手を差し出した。
「ちょっと、外までいいかな?」
「えぇ」
彼にエスコートされ庭へ向かうと、そこには草をもしゃもしゃと味見している真っ白な美しい生き物が存在した。大きな白馬、その背には立派な翼が生えている。
「グラン?」
『おや、やっと私に気がついてくれたね。聖女、久しくあっていなかった。その顔をよく見せておくれ。あぁ、美しい子』
私はグランの顔にぎゅっと抱きついてそれから美しい翼に触れる。柔らかいけれど芯があり、きめ細やかに光っている。
「グラン。あのグレイブのことについてレーシアに教えてあげてくれよ」
グランはゆっくりと私から離れると優雅に足を揺らす。
『私はあの哀れな男を許したの。いや、許してはいない。あの男が望む死をくれてやることを許さなかったのだ。あの者は私の従者として死ぬまで世話係をさせるのだ。醜い体で、醜い顔でずっと』
「大変だったんだ。グランが突然『グレイブが自分の世話係にならないならフォードムーンと盟約は結ばない』とウルナ伯母さんにゴネてね。伯母さんは判例にない判決を出すのに頭を悩ませていたよ」
『けれど、あの悲劇を忘れないために生証人は正義も悪もどちら側も必要よ。あの男には悪側の生証人として罪を償ってもらう。死んで楽になるよりもずっとずっと辛いことだと、寿命の長い私はそう思う』
グレイブのような上級貴族にとってグランが提案した罰は死ぬよりも辛いことだと私は思った。そして、一度自分を傷つけた相手を世話役に指名するグランの心の深さは到底真似のできないものだ。長い時を生きる神獣はきっと私なんかよりも遥か先の未来を見ているのかもしれない。
「レーシアは、僕のことは聞いてくれないのかい?」
「あっ、そうだった。エドは元気にしてた?」
「もちろん、元気さ。それに、王位の継承をすることになったんだ」
エドの兄であるティムロイは、昏睡の中起こったことを星月中央裁判所で聞かされ彼自身が国を救ったエドを王にすべきだと進言したそうだ。
「といっても、僕は裁判所に駆け込んだだけで、実際に頑張ったのは君や動物たち。それからグレイブも。だから、僕はこれからの国のことを頑張ろうと思ってたんだけど……」
「けど……?」
「国務に煮詰まって、好きな人に会いたくなって……。言葉の通り、彼女の背に乗って飛んできたんだ。君に、伝えたいことがあってね」
彼は私を庭のベンチに座らせるとそっとポケットから指輪を取り出した。
「僕と結婚してくれますか? レーシア・フレイユさん」
「でも私、森を……」
「今度は、王妃として森を僕と一緒に守っていこう。ここと城の二つの拠点で、僕と君と仲間たちと」
「ここと城……?」
「あぁ。城もこの教会も君の素敵な居場所にしたいと思ったんだ」
「もし、私が毎日ここに居たいと言っても?」
「そう言うと思ったよ。僕は、昔の王子みたいに聖女を森から連れ去って城に閉じ込めるようなことはしない。君と一緒に森を守れる男になる」
目の前にいる男のことを考える。彼は、ペガサスを救うため数日も歩き続けた。国家に歯向かうことになっても自分の正義を貫き、この森の魔法生物たちとも心を通わせた。きっと、とても優しくて信頼できる人だ。
いきなり、あんな状況で求婚をされたときはびっくりしたけれど、彼があの時から変わらず私を想ってくれていることは嬉しかった。
「私ね、まだわからないの。エドのことを私が愛しているのかどうかって。ここ最近、悲しいことや知らなかったことをたくさん知って私と言う人間が今まで感じたことがひっくり返るようなそんな気持ち。だからね、もう少し時間を使ってたくさん話してそれからでもいいかしら?」
私は、エドが指輪を持っている手にそっと自分の手を重ねた。エドはそんな私のわがままを聞いて、少し嬉しそうに口角を上げる。
「僕は思い上がりだな。王位を継承して立派なったから君を簡単に手に入れられるなんて……。君はそういう権力や地位には靡かない人だ。知っていたよ、だってそういう君を愛しているんだから。僕はまだまだだ。でもレーシア、僕が諦めが悪いって知ってるよな?」
「えぇ知ってる。多分、そういう貴方も素敵だと思うはずよ」
くすくすと微笑みあって、まだ始まったばかりの愛を二人は甘い視線で確かめあった。いつのまにか二人の周りにはもふもふの動物たちが集まって、暖かさで眠くなる。優しい日差しが降り注ぐベンチで二人は居眠りをした。とても幸せで平和で美しい光景を、神獣と女神が見守っていた。




