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23 脱獄

「お母様! さすがでございます!」

「あら、そう? ほら、この奥じゃないかしら? 宝物っていうのはね、一番見えにくい場所に隠すものよ」

「おいおい、早くしてくれよ」


 螺旋階段を慌ただしく降りてくるスターミンク、それを追うように降りてくる男は黒銀の髪。彼の胸元には白くてふわふわのピーちゃんと、肩にはミーシャが乗っかっていた。ヴォルフの後ろを優雅に歩く婦人はこちらへ向かってにっこりと微笑んだ。


「ヴォルフ! マンマ! みんな!」


 ヴォルフが鍵をあけ、私は牢から飛び出した。ミーシャを抱き上げほおづりをして、それからピーちゃんを優しく撫でる。


「ミュゲ、今あの王子が城に入った。我らは君を城に連れていくのが使命だ。さぁ、いくぞ」

「まってヴォルフ、森は? 森は大丈夫だったの?」


 ヴォルフは少し悲しげに眉を下げたあと


「もちろん、犠牲になったものも多い。だが、村の人間どもが森の消火を手伝ってくれたんだ。それから残った軍人たちも彼らが交渉して追い出してくれた。被害は最小限に。それと、ご婦人が」


 マンマが「本当は私のものにしたいわ」と文句を言いながら胸元からブローチのような宝石を取り出した。石は光を放っていたなかったが私が手に取ると虹色に輝き出した。


「見つけてくれたの?」

「えぇ、スターミンクは光り物を探すのが得意なの。泳ぎもね」

「ありがとう、マンマ」


 私はぎゅっとマンマに抱きついた。ふわふわの毛皮のコート、暖かい麝香がふわりと漂う。


「お前たち、あれだけの看守たちはどうしたっていうんだ」


 グレイブが声を上げた。ヴォルフたちは警戒したように彼を見たので私が「大丈夫よ」と補足をする。


「恥ずかしがっていないで顔を出したらどう?」


 マンマの声に応じるように小さな羽音がした。螺旋階段の上から何かが降下してくる。白くてふわふわで人の頭ほどの大きさのシマエナガだった。


「あなたは……」

『我の喉が戻れば人の子など、すぐに悪夢の中。これでお前への恩は返したぞミュゲ』


 ピーちゃんの母親である夢見のシマエナガの族長だった。


「あなた、怪我はもう平気なの?」

『うむ。問題ない』

「よかった……」

『恥ずかしがらずに話したらどうだ』

「え?」

 そう言われたのは私ではなくピーちゃんだった。ピーちゃんは私の手のひらの上から一生懸命羽ばたいて、目の前まで浮上してくる。


「飛べるようになったのね」

『あたち、おしゃべりもできるようになったのよ! ママを助けたいって思ったらできるようになったのよ!』

「ピーちゃん、良かったわね。さ、行かないと」


 私はみんなと目を合わせ、頷いた。聖女の証となる宝石もみんなが見つけてくれた。大丈夫、あとはエドのため城に向かうだけ。


「我が城まで護衛しよう。皆は先に森に帰っていてくれ」


 ヴォルフがそう言いながら螺旋階段を登っていく。すると、グレイブが牢の鉄格子を掴んでガンガンと揺らした。


「俺も出してくれ。協力させてくれ」

「ミュゲ、信用できるか?」


 私はグレイブをじっと見た。彼はペガサスを傷つけた張本人だ。国王を殺した大罪人だ。


「ダメよ。あなたはここで待っていて。エドと私が国をエヴリンから取り戻したらあなたをちゃんとした罪で裁く。だからここにいて」

「レーシア、護衛は一人でも多い方がいい」


 グレイブは嘘のない瞳をしていた。彼は改心をしたのだろうか? 彼のいうように護衛は一人多ければその方がいいし、エドと中央裁判所の裁判長の前に彼を連れて行って証言をしてもらえばより一層エヴリンを追い詰められるかもしれない。


「わかったわ。行きましょう」


 マンマから鍵を借りてグレイブを解放し、私たちは急足で螺旋階段を登った。それから牢屋の並ぶ廊下を走り抜け、地上への大階段を一気に駆け上がる。グレイブは悪夢にうなれている看守から防具を取って身につける。


 数日ぶりの太陽の光に感動しながら牢獄の入り口をくぐり抜け、一般の屋敷に偽装されたドアを開けた。新鮮な空気をたっぷり吸い込んで、それから目立たないようにヴォルフとマンマは動物の姿に戻った。


「ミーシャ、みんなを森までよろしくね」

「わかってるよ、洞窟を通っていくから大丈夫、ミュゲ。頑張れよ」


 ミーシャたちが屋敷の敷地を出たあと、私たちも門を出ようとした。しかし、屋敷の中から怒声が響き、大きな斧を持った男が走ってきた。


———看守長ロドル!


 振り下ろされた斧をやっとのことで受け止めたのはグレイブの剣だった。ぎりぎりと刃が悲鳴を上げ、グレイブがぐっと声を上げる。


「まやかしで俺を倒したつもりか? 二人とも処刑だ!」


 ブンッと振られた斧をグレイブは避けつつ、わたしたちに向かって叫ぶ。


「時間は稼いでやる、行け!」


 しかし、そんな余裕は許される相手ではなかった。次の瞬間、グレイブの左手は斧に切り落とされ、血が噴き出していた。グレイブは悲鳴も上げず、片腕で剣を握り、斧の斬撃を受け、ただ私たちに「行け」というだけだった。


「女を逃して聖人気取りか? 犯罪者が。元貴族をこの手で殺せるんだ、簡単に死ねると思うなよ? 痛ぶって殺してくれと懇願するほどに……くくく」

「時間を使ってくれるなら上等だ。俺は……聖女様に癒され、改心したんだ。一度救われた命と体。聖女を、国を守るためにここで命ぐらい何度だって使ってやる」


 それを見て臨戦体制だったヴォルフは私の手を掴んで走り出した。


「ヴォルフ! グレイブ助けないとあの出血じゃすぐに死んでしまう!」

「あいつはそれを望んじゃいない。我らのすることは城へ向かうこと。ミュゲ、振り返るな!」


 私は、走った。人を見捨てたのは人生で初めてだった。死んでしまうとわかっている人を置き去りにして……。


「ごめんなさい、グレイブ」


 彼のために祈りながら、必死で走る。城が見えてくると、ヴォルフは大きな狼に姿を変え、私をその背に乗せると大きくジャンプして城門を飛び越え、一気に庭を駆け抜けた。私は振り落とされないように必死に彼の背中にしがみつき、高所の恐怖に耐えた。


「ミュゲ、捕まっていろ!」


 バリン! と派手な音と共に私とヴォルフは城内に入り込んだ。王の間にあるステンドグラスを突き破ったのだ。


「レーシア!」


 エドが私を見つけてヴォルフの背から下ろすと、ヴォルフは身を小さく変身させてブルブルと体を振った。ガラス片が飛び散り、大理石にパラパラと落ちる。

 エドのそばには驚いた顔で私を見つめる女性、キリッとした表情で黒いローブを身に纏っている。気品ある顔つき。


「ウルナ伯母さん。彼女が聖女だ」


 エドは今の状況を私に説明してくれた。


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