22 牢獄のグレイブ
「さ、ついたわよ。起きなさい」
エヴリンに頬を叩かれた痛みで起きた私ははっと息を吸った。彼女は私を見下すと先に馬車を降りるように命じ、私が馬車の外に足を一歩出すと思い切り背中を蹴ってきた。
「痛いっ」
「囚人の身分でうるさいわね。看守、これが偽の聖女よ。一番奥の牢屋に収監して」
「かしこまりました」
看守に連れられて、私は見たこともない建物に入る。ちらりと少し遠くに城の屋根が見えたので、年の中にあることは確かだ。一見、貴族の屋敷のような見た目をしているけれど、足を踏み入れてみれば大きな地下への階段が伸び、たくさんの看守や軍人が警備をしていて、とても逃げ出せるような雰囲気じゃなかった。
私は大階段を降りた先、囚人のいない空っぽの牢屋が並ぶフロアを抜けてさらに奥にある螺旋階段を降りた。その先には小さな牢獄が二つ。隣り合ったその鉄格子の中にはやつれた男が倒れていた。
「さ、今日からお前が過ごすのはここだ。無論、死刑執行を待つ身、最低限のパンの水が与えられるはずだ、入れ」
私は後ろ手に縛られて突き飛ばされるようにして牢屋へと入れられた。牢屋にしてはまだ作りたてだからかあまり汚れていないのが不幸中の幸いだった。手を縛られているのでバランスをとりながらやっと座り込むと、ドッと疲れが出てため息が漏れた。
牢屋の中は、汚物入れのツボが一つだけ。テーブルもなければ椅子もベッドもない。冷たい土の温度が体に伝わって、私は身を震わせた。
「レーシア……?」
名前を呼ばれ、鉄格子の向こうを見ると、そこにはボロボロにやつれた男がこちらを向いていた。美しかった栗毛は土埃で汚れ、殴られたのか顔は所々腫れている。ボロボロの服は勲章が引きちぎられたようでビリビリに破けていた。
「俺、グレイブ・パルヴァーだ」
グレイブはこちらへにじり寄ってくると顔を上げた。私は、後ずさって彼から距離を取る。
「ペガサスを傷つけるなんて……」
「それはっ」
グレイブは押し黙ると悔しそうに唇を噛んだ。私はじっと彼を睨む。
「ヘレナ様のご命令だった。俺だって、嫌だった。君だって、ヘレナ様と同じ色のドレスを着てきたじゃないか。不敬を犯して……俺によく文句が言えたものだな!」
「本当に、私がわざとあのドレスを着たと思うの?」
じっとグレイブの瞳を見つめる。彼は次第に目を泳がせ、縮こまるように背を丸めた。
「あぁ、そうだな。あのエヴリンが元凶なんだろう? 俺だってこの通りさ。罪状はヘレナ様と国王陛下の食事に毒を混ぜるようにメイドに指示した罪だって……俺はエヴリンに唆されたんだよ。『王族を殺して私たちが王族になりましょう』ってだから……だから」
グレイブは息を荒くし、激しく後悔しているようだった。けれどそれは、自分自身の身の振り方を後悔しているだけだ。傷つけた人たちへの謝罪はなく、ただただ「自分は騙された被害者だ」という言葉のみだった。
それは、彼の人間性の全てだ。目の前にいる困っている人を保身のために助けられない、命令であれば、自分の利益のためならば最も簡単に何かを傷つける。
こんな人間に少しでも憧れていた自分がいかに世間知らずだったか、悲しくなるほどだ。
「その甘言に乗ったのは貴方よ。ペガサスに剣を突き立てたのも、メイドに毒物を渡したのも。指示したのはエヴリンかもしれない。けれど、その最後の判断をしたのはすべて貴方なのよ」
「自分の首が飛ぶかもしれないのに拒否しろと? 君は本当にバカで偽善的だな」
「さんざん傷つけて、罪を犯して、裏切られて。貴方があの日、エヴリンを告発していればこうはならなかった」
グレイブは私を睨むのをやめて諦めたように笑った。
「そうだな。結局監獄さ。君のいうように、正義を貫いて死んだ方がマシだ。この後、パルヴァー家は一生の汚名を着せられることとなるだろう。俺は、先祖代々続く家を滅ぼしたんだ。そして、この秘密の牢獄で死んでいく。誰にも知られないままにだ。あぁ、俺のような男にはお似合いだな」
***
日が沈んだのかもわからない、ただ看守ロドルがパンを持ってくるタイミングで日が経ったことがわかる程度だ。幸いだったのは、縄はすぐに緩んで手が解放されたことくらいだろう。パンの数は三個つまりはあれから三日が経っていた。
「ここの看守長ロドルは俺のもと上司でさ。素手でグロウベアとやりあえるくらいの実力の持ち主でね。彼が俺たちの食糧を運んでくるってことは、絶対にエヴリンは俺たちを逃す気はないってことだ」
「そう……、グレイブ。こっちへ」
「なんだよ、俺のような裏切り者の犯罪者に優しくしようってか」
「そうよ。私は、聖女だもの」
牢屋越しに近寄ってきたグレイブに、そっと魔力を伝える。痛々しい顔の傷も次第に癒え、血が固まっていた唇も元に戻った。
「すまない、腕もお願いできるか?」
「えぇ」
彼は右腕を差し出した。ゆっくり、魔力を流し折れてしまった腕を癒していく。
「この前は、熱くなって責めてしまってごめんなさい。貴方が立場上、命令を断れなかったことも王族という最大の誘惑が目の前にあったこともわかっていたのに……」
「いや、いいんだ。君のいう通りだったんだから。俺は誘惑に負けて多くの人を傷つけた。だからこそ、罪を償いたい。こんな形じゃなくて自分のした罪をちゃんとした形で償わせてほしい」
やっと、私が知っている頃の彼の瞳に戻ったような気がした。人を簡単に信じてはいけないとわかってはいるが、彼が改心してくれていたら嬉しいと思った。
「今日は、パンが遅いな」
「時間がわかるの?」
「いいや、俺の牢屋の角度から見える階段の光さ。その傾きで大体の時間を測っているんだが……」
螺旋階段を降りてくる足音がして私たちは押し黙った。けれど、グレイブはふっと立ち上がる。不思議に思っていると、足音と共に可愛らしい声が聞こえた。




