21 馬車の中で
「ねぇ、エヴリン様。どうしてこんなこと? 人まで……殺して」
馬車は静かに揺れる。住居一つない道を見ると、森に向かって馬車に乗っていたあの日を思い出す。エヴリンは私の向かい側に座って、真っ赤な扇で自分を仰ぎながら優雅に微笑んだ。
「レーシア。貴女は私を見誤っていただけよ。貴女の中で私はどんな人だった?」
「エヴリン様は階級で差別などしない、聖女のようなお方でした。子爵令嬢である私にも分け隔てなう接してくれる。お優しい、私の憧れでした」
エヴリンは私を見て「ふっ」と吹き出すと、徐々に大きな声で笑い私を見下しながらしばらく笑いこけた。
それから、苦しそうに息をしつつ私を見ながら口を開いた。
「ほんと、貴女ってバカよねぇ。そんなの土台作りに決まってるじゃない。格下の人間にも優しい淑女を演じて、王族の側近騎士であるパルヴァー家との婚約を取り決めたのよ。貴女を嵌めたあのパーティだって、みんなが貴女よりも私を信じたから成り立ったのだし」
「え?」
「簡単よ。うちの子爵令嬢が赤いドレスを着るって言って聞かないと泣いて演じただけ。ヘレナ様を納得させるのは難しかったけど、貴女の両親を残虐に殺したらころっと信じてくれた。それからは簡単よ、ずっと私は悲劇のヒロインを演じていればいいの。簡単でしょ?」
「そんなことをして心が痛まないの?」
「はぁ? 私は一番になりたいの。王妃の座も聖女の名誉も全部欲しい。それは幼い頃から思っていたことよ。別に、私はそのためなら犬も殺すし、子爵令嬢にだって優しくする」
「最初から私は貴女の駒だったの?」
「そうよ」
さも当然かのように彼女は言った。私や両親の命をそんなにも軽く……。私は彼女が憎らしいと同時に恐ろしくもなった。彼女にはまるで「罪悪感」がないようだった。生きているものの命を奪うこと、苦しめることを自分のためなら躊躇なく行えるのはそれが理由だろう。
「貴女は、偽の聖女として派手に死んでもらう。そうね、昔のやり方に沿って魔女として火炙りの刑にでもしようかしら。あのフレイユ子爵家の令嬢が実は生きていて、裏から聖女の力を黒魔法で封じていた。森に拠点を構えていた貴女を見つけた私は聖女の力は消えてしまったけれど貴女を成敗することで国を救う。こんなお話はどう? 感動的でしょ?」
「貴女、グレイブ様のこと愛していなかったの? あの時私に『色目を使うな』って言ったじゃない?」
エヴリンは再び鼻で笑った。
「私が、貴女なんかに本当の目的を教えてあげると思った? まだあの地点では地位も信頼も勝ち得てなかったのよ。演技を続けなきゃ、誰一人騙せないでしょう? それに、貴女の顔。最高だったわよ」
呆れて言葉も出なかった。
私は全く話の通じない人間を目の前に唖然とするしかなかった。目の前にいるエヴリンは、人間の皮を被った別の生き物に見えてしまった。ぐるぐると顔が歪み、真っ暗な何か。恐ろしい何か。
「さ、私が貴女に本当のことを話してあげたのはね。これから、貴女はあのエドリム王子も知らない秘密の牢獄に閉じ込めるからよ。万一にも彼が援軍を連れて城へ乗り込んできても貴女を見つけることはできないわ」
それから、私たちは口を開くことをしなかった。ただ、馬車がその場所に着くのをじっと待つだけだった。




