20 襲来
「ミュゲ、起きろ!」
ミーシャの声に叩き起こされて、身を起こすと森の様子がおかしいことがすぐにわかった。窓から見えるオレンジ色の光、焦げ臭い。
「レーシア! フォードムーン王国の軍隊だ。逃げないと」
ピーちゃんを掴んで懐に入れ、私はミーシャ、エドと一緒に小屋を出た。鳴り響く木々の倒れる音、時々聞こえるのは魔法生物たちと人間が戦う声。森の奥へいってグランを助け、その後動物たちを避難させないと。ヴォルフたちは今どこに?
私が森の奥へと走り出そうとした時、聞き覚えのある声がした。
「あら、ごきげんよう。レーシア、エド王子。追放されたもの同士ここで仲良くしていたのかしら?」
「エヴリン……様」
真っ赤なドレスを身につけたエヴリンはゆっくりと微笑むと、近衛騎士に顎で指示を出すように首を振った。その目は私の知っている「優しいエヴリン様」ではなく、邪悪で、恐ろしい悪魔のようだった。
「貴女よね? この森であの神獣を匿っているのは。あれが命を落とさないと、私が聖女になれないの。今すぐ、ここへ連れてきて」
「エヴリン嬢。君は今、自分が聖女になると言ったのか?」
エドの質問にエブリンはふっと笑うと
「えぇ、そうよ。だって、私が次の王妃になるんですもの。聖女になるのは私に決まっているでしょう? ここでそのペガサスを殺して聖女となり、私が亡きヘレナ様の代わりにティムロイ様と結ばれるの」
「ヘレナ姉さんが死んだ……?」
エヴリンはふふっ、と笑うと自慢げに話し出す。
「そうよ。ヘレナ様はたまたまご朝食に食べたスープの中に、毒物が入っていたのよ。しかも、運が悪いことに国王陛下も亡くなった。馬鹿なメイドが毒キノコを間違えて調理したんですって。残念よね」
悪意のある笑顔、彼女がヘレナ様の食事に仕込んだのだとすぐにわかった。彼女は、最初からずっと「王妃になるため」に動いていたのだ。
「エドリム元王子。早くペガサスを連れてきて。今すぐここで殺してあげるから、そして私が聖女となってこの聖女の宝石を光らせるの」
エヴリンが手にしているくすんだ色の宝石がついたブローチ。聖女となった淑女が触れれば七色に輝くと呼ばれる不思議な宝石だ。
「兄様もそう言ったのか?」
「あはは、まさか。ティムロイ様は何も知らないわ。だって、彼は父も妻も失って自分では何も考えられない人なんだもの。今まで誰も彼を叱らなかったせいね。だから彼は忠実な部下であるグレイブと私のことを信じるしかないの。だから、あの国ではエドリム王子がグランを傷つけて奪い去ったことになってる。だから、ここで殺しても問題ないのよ。あの神獣も貴方もこのレーシアもね」
「悪魔……」
私が呟くと、エヴリンは高らかに笑った。
「私は、ヘレナ様を亡くして落ち込んでいるティムロイ様に寄り添うの。聖女として。さぁ、早くペガサスの元へ案内しなさい。さもなくば、森を焼き尽くすわよ。魔法生物が大好きだったよね? レーシア、動物たちが焼け死ぬのよ。貴女のせいで」
『だめだ、ミュゲ。応じちゃいけない』
ミーシャが唸るとエヴリンは次第にイライラし始め、口を開かない私やエドをぎろりと睨んだ。それからしばらく無言の攻防が続いたが……エヴリンの元へ戻ってきた一人の軍人の手に大きな白いふわふわが乱雑に握られていた。
「エヴリン様、仰せの通り魔法動物を生捕りにしました」
「よくやったわ。何? この汚い毛玉は」
エヴリンは小さなナイフを取り出し、夢見のシマエナガに突き立てる。私が悲鳴をあげると、彼女は寸止めして私の方を振り返る。
「これを殺されたくなったら、ペガサスの居場所を吐きなさい。貴方たちが教えるまで、そうね。何匹でも続けるわ」
『聖女……グラン様を連れて逃げろ。私は煙で喉を焼かれ、歌えない、コイツらに抗えない』
シマエナガは、ピーちゃんを見捨てた夢見のシマエナガの族長だった。真っ白なふわふわの毛はところどころ禿げ、痛々しい赤い血がべっとりとついている。片足はおかしな方向に曲がっていたし、すぐに治療をしないといけない状態だった。
『お前を傷つけた私など、犠牲にするのは問題……ないだろう、聖女よ』
「何を鳥と見つめあってるの? レーシア、貴女追放されて頭までおかしくなったわけ? ほら、さっさと場所を教えなさいよ」
『ぎゃっ!』
エヴリンはなんの躊躇もなく夢見のシマエナガの羽を掴んで折った。悲痛な叫び声をあげるシマエナガから私は思わず目を逸らしてしまう。
「やめて!」
「次は目を抉りましょうか? 魔法動物って意外と頑丈なのね」
私があまりの残酷さに崩れ落ちると、胸元からピーちゃんが飛び出した。
『あたちのママをいじめないで!』
ピーちゃんの声がエヴリンたちに響き、彼女たちがぐわっとのけぞった。彼女たちは白目を向いて動けなくなる。
ピーちゃんが、「夢見」の能力を使ったように見えた。
けれど、魔力のないピーちゃんは力を使いこなすことができない。すぐに正気を取り戻したエヴリンに叩き落とされた。
「ピーちゃん!」
しかし、ピーちゃんが稼いだ時間で、ミーシャが夢見のシマエナガを軍人の手から奪い返し、エヴリンのナイフを叩き落としていた。
私はすかさずピーちゃんに駆け寄って彼女を拾い上げるとミーシャの背中の上に乗せた。そして、自分がどうすべきかを必死で考える。森を守らなければ。
「なら、村の人間たちを皆殺しにしましょう。別に辺境の村なんてなくても変わらないのだし」
「エヴリン嬢、もうやめろ。グランを殺しても君は聖女にはなれない。これ以上罪を重ねるな」
エドが私たちの前に立ち塞がると、少し振り返って「逃げてくれ」と言った。けれど、私はその申し出を断り、一歩前に出る。それからポケットに入れていた宝石鹿の角のカケラをミーシャに投げて渡した。
「なに? レーシアのくせに何ができるって言うのよ」
ピーちゃんの攻撃を受けた時にエヴリンの手から転がった聖女の宝石を拾い上げる。エドが私の腕を掴んで止めようとしたが、振り払う。
聖女の宝石はみるみるうちに七色の輝きを取り戻し、エヴリンたちは目を丸くして驚きそれから憎しみの表情を浮かべた。
「私が聖女。私がいる限り、貴女は聖女にはなれないわエヴリン。貴女が私を殺せば、次の世代まで聖女は現れない。ペガサスを殺しても同じよ」
「レーシアなんかが……聖女? どんな手を使ったの? 子爵家の分際でふざけないで! ありえない。貴女が聖女だなんて。 私は認めないわ」
「エヴリン嬢、この聖女の宝石が証拠だ。彼女が聖女、君は聖女であるレーシアを陥れ、ご両親まで死罪に誘導した。裁かれるべきは君だ」
エヴリンは眉間に皺を寄せ、信じられないと言った表情で頬を押さえていたが、しばらくエドと私と見つめて、それからニヤリとした。
「いいわ。レーシア、貴女が私と一緒に城へ戻ると言うなら今すぐ軍人たちを撤退させましょう。エド王子、あのペガサスとどこへでも行くといいわ。もう興味がないから」
エヴリンはニヤリと笑う。
「レーシア、行ってはダメだ。エヴリン嬢、彼女に何をする気だ? 言ったろう? レーシアを仮に殺しても君は聖女にはなれない。もしも、これ以上彼女に危害を加えるなら、僕が死罪を覚悟で君を切り捨てる」
エドが腰にかけていた剣に手を添える。すると、エヴリンの後ろにいた騎士たちが臨戦体制になった。
「エド、今は、貴方にしかできないことをして。私は、城に行きます。どうか、また会えますように」
私はエドの腕を退けて、エヴリンの方へと歩み寄る。エブリンは騎士たちに剣を納めるように命じるとにんまりと笑った。
「あら、物分かりがいいのは親譲りかしら? あぁ、知らないと思うけど貴女の両親は死んだのよ。それも、ヘレナ様に償いの気持ちを見せてもらうために一番残酷な方法でね」
「おい!」
エドが怒鳴るが、エヴリンは無視して続ける。
「子爵という称号をとりあげて、市民と同じ地位に降格させてから裁いてあげたの。市民が王族に対して不敬をはたらけばどうなるかご存じでしょう? 石打の刑。スラム街に置かれた簡素な邢台に裸で縛られて、貴族に恨みをもつ市民たちは楽しかったでしょうね。自分達の手で貴族を抹殺できたのだから」
「この悪魔……!」
「なんとでも言うといいわ。さ、馬車に乗りなさい。貴女には私が聖女になるための道具になってもらうんだから。そこのアナタ、その聖女の宝石は麓にあった大きな川にでも投げ捨ててちょうだい。もう必要ないわ」
エヴリンに命令された騎士は聖女の宝石を私から奪うとエヴリンに敬礼をして走り去っていった。
エヴリンは吐き捨てるようにいうと、私を馬車に押し込んで自身も乗りこんだ。私は、彼女をじっと睨み、それから恨みの言葉を飲み込んで、言った。
「絶対に貴女の好きにはさせないから」
「あの第二王子が助けに来てくれるとでも? 残念ね、あんな王族の中の落ちこぼれがどうかできる話じゃないわ。でも思ったより王族って馬鹿なのね。ちょっと残念ね」
私は目の前にいる女性があの「エヴリン様」だとは思えなかった。表情は邪悪で口から発する言葉も恐ろしく、人が違ってしまっているような感覚。私ができることは森のためにここを離れ、エドが十分に星月中央裁判所にたどり着ける時間を稼ぐこと。
馬車が出発する時、窓の外にいたエドと目があった。彼は強く頷いて私に視線を送る。大丈夫、彼は絶対に助けに来てくれる。




