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1 森の教会とシスターヴァイオレット

  女神の森と呼ばれる森の入り口に私はやっと辿り着いた。この森は、魔法と愛の国フォードムーン王国と隣国である剣術と法の国スターリッツ帝国が協定を結んでまでも守っている深い深い森林である。ここには多くの魔法生物が生息し、女神アリスのご加護によって各国の侵攻のない穏やかな時間を過ごしている。


 お母様から渡された地図には森の入り口と、教会の場所が書かれており目印となる泉や大きな岩などが手書きで記されていた。森の入り口から少し離れた場所に小さな村があり幸いにも彼らにはレーシアが起こした事件のことは伝わっていないようだった。彼らは「森の中の教会にはほとんど近づかないから」と口々にし、私とも距離を持っているようだった。だからこそ、森の中にある教会とそのシスターについて私は恐怖を抱いた。誰とも関わらない洋花場所にたった一人で生活する人、どんな人なんだろう?


 私は、友人だと思っていた人にも裏切られ、素敵だと思っていた人が簡単に私を見放すような嘘をつく人だった。何よりも、私には何人もの知り合いがあのパーティーにはきていた。その中には私が「真紅のドレス」を準備していることを知っている友人もいた。けれど彼女たちは私に真実を教えてくれなかった。おそらく、エヴリン様が根回しをしていたに違いない。つまりは、あの場にいた同年代の御令嬢全員に私は裏切られたのだ。

 誰一人として、私に手を差し伸べるものはいなかったのだ。


「教会にいらっしゃるシスター様と仲良くできるかしら」


 もう夕暮れが近い、日は翳り始め私はランタンに火をつけた。

 不安な気持ちのまま、私は森に一歩足を踏み入れた。シャクシャクと積み重なった木の葉と土を踏む音、森の中からは小鳥の鳴き声や虫の声、それから獣の鳴き声が聞こえた。都とは違って静かで草と花の香りがする。少し深呼吸してみれば心がすっと落ち着くような気がした。

 地図を頼りにしばらく歩いていると、目印の大きな苔むした岩の前に子馬ほどの大きさのボブキャットが座っていた。ふわふわと揺れる尻尾は二股に分かれその先にはふわふわの綿毛のような毛玉がくっついている。ヤマネコのように獰猛な牙がちらりと見えるがこちらに敵意はないようだった。


「こんにちは、私はレーシア・フレイユ。この奥にある教会を訪ねにきたものよ。貴方や貴方の仲間たちに危害を加える気はないわ。どうか、ここを通してくれないかしら?」


 ボブキャットは黄金色の瞳は私をじっと見つめた。普通の猫よりもちょっと横に広い顔、虎とヒョウを混ぜたような不思議な柄。特にふわふわした三角耳とほっぺたに触ってみたい。

 ボブキャットはこう見えて立派な魔法生物である。ボブキャットを偶然目にした者に幸運が訪れるとか、ボブキャットが居着いた家は生涯暮らしに困らないとか。ボブキャットは魔法の力を使って森の中を駆け回り、普通の山猫よりも長い寿命を持っている。


「ビャッ、ビャッ」


 ボブキャットは短く二回鳴くとまるで私を誘導するように歩き出した。少し歩いては振り返り、時には立ち止まって私が追いつくのを待ってくれた。私が地図を眺めていると気だるげに「ギャオギャオ」と鳴くので次第に地図を見ずに歩き出した。


「ねぇ、どこへ案内してくれているの?」


 と聞いてもボブキャットはブンブンと尻尾を振ってそれからぴょいっと石を飛び越えた。私は石を避けてちょっとした坂を上がると、目の前には古ぼけた煉瓦造りの建物、蔦にびっしりと覆われた女神像が見えた。そのドアの前、花壇に水を上げている老婆がボブキャットと私の姿を見つめると優しい笑顔を浮かべて手を振ってくれた。


「あらミーちゃん。道案内ご苦労様ねぇ。お嬢さん、長旅で疲れたでしょう。ささ、中へお入り。暖かいスープを一緒にどうだい?」



***


 教会の中には小さな女神像があり、長椅子が4組。教会の中にある設備は都のものと変わりないが、こじんまりした様子だった。私が通されたのは教会の裏にある建物で小さな二階建てのお家。一階部分はリビングとダイニング、キッチンが合わさったような空間で魔法植物が植木鉢の上で蠢いていたり、昔ながらの土釜戸や暖炉の上はパンが焼けるように加工されていたり……まるでおとぎ話に出てくる魔女の部屋のよう。


「お嬢さん、お名前は?」

「レーシア・フレイユです」

「おやおや、そうかい。ここへきた理由は話さなくていいからね。さ、この森で育ったセダカ人参のスープだよ。心も体もあったかくなるからね」

 セダカ人参は人工栽培の難しい魔法植物である。私も学校の授業で習った程度しか知らないが、この女神の森に自生する人参で棘を持つ背の高い木のそばに自生することから「セダカ人参」と呼ばれている。

 森の栄養満点の土で育つことから栄養価が高く、棘を持つ木のそばで育つことで太陽の光をもとめてセダカ人参も天高く茎を伸ばす。甘く、香りの強いその味は好みこそ分かれるものの珍味として貴族の間でも楽しまれている。


「え、えっと……」

「私はシスター・ヴァイオレット。貴女の遠い遠い親戚よ。それで、こっちはミーちゃん。マジカルボブキャットでこの教会を数百年前から守ってくれているのよ。この教会に人がいる時もいない時もね」


 ミーちゃんと呼ばれたボブキャットは暖炉の前に座り優雅に顔を手で洗っている。マジカルボブキャット、やはり魔法生物だ。


「女神アリス様のご加護に感謝を」

「女神アリス様のご加護に感謝を」


 手を組み合わせ、シスターと共に祈りを捧げてからスープに口をつけた。にんじんの甘みとほのかな塩気がたまらない美味しいスープだった。暖炉のオーブンで焼いたであろうパンはふわふわで香ばしく、スープを吸わせて食べればモチモチと口の中を幸せにしてくれた。


「うっ……美味しい」


 私は嬉しいはずなのに、安心できたはずなのに涙がこぼれ落ちた。食べ物を食べたいはずなのに喉が上下し、胸が苦しくなる。嗚咽し、目をぐりぐりと擦ってしまいたい。一気に感情が溢れ出して、止まらなくなった。


「おやおや、大丈夫よ、もう大丈夫よ」


 シスター・ヴァイオレットは私の隣に座り直すと私の背中を優しく撫でて抱きしめてくれた。足元にはふわふわのした感触がありミーちゃんがそばに居てくれていることもわかった。

 私はひとしきり泣いたあと、ことの全てをシスターに聞いてもらった。シスターは私を否定せず全てを聞いたあと私にこう言ってくれた。


「貴女は何も悪くないじゃない。ただ周りの悪意に陥れられてしまっただけ。ここには好きなだけ居ていいわ。大丈夫、もう何も怖くないわ。女神様も私も貴女の味方よ」

「シスター・ヴァイオレット。私はシスターになれるでしょうか?」

「えぇ、もちろん。女神アリスは何人もその御心に受け入れてくれるでしょう。そうねぇ、名前を考えないとねぇ」


 シスターヴァイオレットは「ふふ」と楽しげに微笑むと席に戻ってスープに手をつけた。彼女は私を受け入れてくれたのだろうか、突然やってきた親戚とはいえ見ず知らずの何もできない娘を……。私はもう一度誰かを信じてもいいのだろうか?


「ミャオ」


 ミーちゃんが二股の尻尾を私の足首に巻き付けて大きく鳴いた。まるで私の心を読んでいるかのようにジッとこちらを見つめパシパシと瞬きをする。幸せを運ぶボブキャット、もう一度私は幸せになるため頑張ってみよう。


「私は……運命を受け入れます。今までも素敵な暮らしも大好きだけれど、けれどここで精一杯女神様のために祈りを捧げます。シスター・ヴァイオレットまだ未熟な私ですがよろしくお願いします」


「おやおや、強い子だねぇ。いいのよ、もう少し悲しんでいても落ち込んでいても。それくらいのことがあったのよ。今日はもうお休み。二階は貴女の部屋にしていいからね」


 その日はシスターに従ってすぐに眠りにつくことにした。


 二階部分は客室になっているようで整えられたベッドと簡素なテーブルセット、それから小さな暖炉とランタンが一つ。空の本棚や飾り棚もあったがガランとしている。私は荷物を置いて、それからベッドに寝転がった。持っている服は三着、森に近い場所にあった村でも衣服は買えそうだったのでそれは後々準備すればいいだろう。

 今日はもう眠ろう。シスターが優しそうな人でよかった。女神様のそばで私は人生をやり直す。まだ納得いかないこともあるけれど、けれどなるようにしかならないのも事実だ。幸い、大好きな魔法生物たちが住まう森、もしかしたら幸せな出来事が待っているかもしれない。悲しいけれど今はそれを悲しいままにして、精一杯生きよう。


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