19 Side エドリム
レーシア・フレイユ。彼女を初めてみたのはあの社交パーティーでのことだった。彼女は真紅のドレスを見に纏い涙を流しながら会場を去っていき、その後は怒り心頭のヘレナ姉さんとスペリントン家の令嬢が話しているのを眺めていた。
レーシアはもっと高慢で勘違いをしているような子だと思っていたが、今シスターとしてここにいる彼女は全くそうではない。
傷ついたグランを自身の魔力を削ってまで助けようとする姿も、魔法生物たちに無償で力を貸す姿もだ。となれば、彼女の話は本当で「スペリントン家の令嬢にハメられた」ということだ。
「エド、今日はもう寝るわね」
「あぁ、おやすみ」
「今日もまだ起きているの?」
「もう少し、国で何が起きているのか考えてみようと思ってね」
「そう、おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
レーシアは二階に上がっていく。彼女の背中を見送りながら僕は手帳を取り出した。そして、疑問に思ったことを書き綴っていく。
【なぜ、スペリントン家の令嬢はレーシアを陥れた?】
スペリントン家の令嬢・エヴリンは王族の中でも話題になるくらい美しい女性だ。僕の好みではないけれど、彼女への婚約申込みはかなり多かったはずだ。そんな彼女が子爵家、しかもスペリントン家の配下の子爵家の令嬢を陥れる理由が全くわからない。
レーシアの話ではグレイブに色目を使ったということだったが、それは違う。グレイブはエヴリンにかなり惚れ込んでいたし、エヴリンは何度か彼の申し出を断っていたはずだ。
となれば、レーシアを陥れる理由が「グレイブ」というのは正直考えにくいだろう。
「やはり、レーシアが美しいからだろうか」
僕はもやもやした気持ちを感じながら先ほどのメモに線をひいた。レーシアが出家するに至った事件は今回の「ペガサス襲撃騒動」とは繋がらない。
「いや、エヴリンはレーシアが聖女になると気づいていた……とか? だとすれば、彼女を追放してしまうことで自分の支配下の令嬢が聖女として脚光を浴びることを防げる。それなら、上級貴族の考えそうなことか。いや、けれど女神の啓示を受けることが事前にわかるなんて……」
可能性を考えてみるもつながりそうで繋がらない。ただ、レーシアの追放後、スペリントン家のエヴリンがヘレナ姉さんの世話役になりそこからペガサスの襲撃事件が起きた。となればエヴリンが絡んでいることは濃厚なのだが……。
「レーシアもグランもこれ以上は傷つけさない。これだけよくしてもらったのだから僕がもう少し頑張らなくては」
とは言っても追放中の身であることは僕も変わらないので実際に城に戻るわけにはいかないし……、何もできない時間が過ぎていくのはすごく残酷だ。レーシアは地位を失い、両親も失った。それでもなお、彼女は聖女として人も動物も助け続けている。
僕のような王族もこうして受け入れ、食事まで振る舞ってくれている。その上、彼女は「王族になれるかもしれない」僕の求婚を断っている。どこまで無欲で純粋なのだろう。彼女が求婚を嫌だといったのに、僕はこうして彼女をまた想ってしまう。どうして僕は手に入れられないものを望んでしまうのだろうか。彼女は僕を好いてくれるだろうか、いや今は国のことを考えよう。
窓の外がさらに暗くなり、僕は手帳をしまうと眠る準備を始める。暖炉の火を小さく調整してそれからドアの鍵を落とす。レーシアが入れてくれたハーブティを一気に喉に流し込んでからベッドに入り込んだ。
「おい、王子さんよ」
突然男に声をかけられて驚いて振り返るとそこには「ミーシャ」と呼ばれるマジカルボブキャットが行儀よく座っていた。
「あ、あぁ」
「お前に頼があるんだけど」
「わかった、ミーシャ君」
「ミーシャでいい。お前も俺のご飯を用意してくれる人間の一人だからな。対等だ」
「ありがとう」
「新鮮な水を皿に入れて欲しいんだが、頼めるか」
ミーシャは僕を見ながら水の入った皿を前足で軽く触った。皿の中にはピーちゃんの羽が浮いてしまっており、それが気になるようだった。
「わかった。ちょっと水を汲んでくるよ」
「すまないな」
「いや、気にしないでくれ。今は一緒に住む仲間だからな」
外に出て、裏庭の畑のそばにある小川まで歩く。夜の森は嫌に静かで不気味だ。今にも凶暴な魔法生物が飛び出して襲いかかってきそうなくらいだった。
「ミュゲはまだ悲しみを抱えてる」
「ミーシャ?」
ミーシャはいつの間にか僕の後ろに立っていて、尻尾をゆっくりと振った。
「俺はこの教会でたくさんの人間と過ごしてきた。前のシスターも、その前のシスターも。みんな優しくて森を守ってくれたよ。ミュゲもその一人だ。けどさ、一つだけ違うのはミュゲはもっと華やかな暮らしをしてたってことだ。きっと心の奥では昔の暮らしに戻りたいんだろう。今日、見ただろ? あの甘いパイを食べた時のあの子の顔を。あの子はここにいるべきじゃない、君が住んでいたような華やかな場所で悠々と過ごすべきだ。毎日好きなものを食べて、体なんか動かさずに綺麗なドレスを着て過ごして欲しい」
「そうかもな……けど、もしも僕は彼女をこの森から奪ったら森はどうなる? 彼女は森も愛しているはずだ」
「森は、ずっと聖女を必要としてなかったんだ。この教会には長くシスターがいない時期もあった。大丈夫さ。君の方の問題が解決さえすればな」
「それはグランのためにも絶対に解決するよ」
「期待しないで待ってるよ」
ミーシャはブンと尻尾を降ると僕よりも先に小屋の中へと入っていった。小川の冷たい水を彼の皿にたっぷりと入れ、僕もそのあとを追う。
「ニャーオ」
ミーシャは人語を話すことをやめて、いつも通り鳴き声を上げた。まるで礼を言ってくれているようで僕は少し嬉しくなる。
「おやすみ、ミーシャ」
僕は小さな味方でできて少しだけ希望が見えた気がする。レーシアの気持ちはわからない、けれど僕の気持ちはまだ変わらない。ペガサス襲撃事件の決着が付いて僕が王族に復帰することができたら彼女にもう一度求婚しよう。




