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16 グランの回復と同棲開始

『これは美味しいわ。ありがとう、聖女様』


 ジニの巣穴で私たちが持ってきた野菜を食べるグランはすっかり血が止まって傷が塞がっていた。私はもう一つのバケツをジニたちに差し出す。バケツの中にはざく切りにしたセダカニンジンやリンゴ、葉物の野菜などが入っている。ジニは私に「ありがとう」と言ったあと、子供と妻が食べ終わるのを待ってからやっと口をつけた。


「まさか、一晩でこんなに傷が塞がるなんて……」


 エドは不思議そうにグランの背中を撫でた。私も、宝石鹿の角に宿る魔力の大きさに驚いたがペガサスは森に愛されている魔法生物。もしかすると女神様のご加護があったのかもしれない。


『歩けるようになったから、これからは自分で食べ物を探せるわ。久しぶりに森の草を食べるのが楽しみなの』


 グランはブルルと鼻を鳴らしたが、私とエドは顔を見合わせた。


「危険じゃないか? もしも奴らが追ってきたら……」


 しかし、彼と私の心配は杞憂だったようで後ろから顔を出したのはヴォルフだった。黒い狼の姿で不機嫌そうに尻尾を振る。


『我らウェアウルフ族と狼族がペガサス殿をお守りする。ミュゲ、心配するな。森を守るのが我々の仕事だ。ペガサス殿は命に変えてもお守りする。君ら人間は君らにしかできないことをしたまえ』


「ありがとう、ヴォルフ。私に協力できることはなんでも言ってちょうだい」

『ミュゲ。リンカは君のチーズ入りパンを気に入ってな。また食べさせてやってほしい』


 ヴォルフはツンとそっぽを向いたが、私は思わず笑顔になる。ヴォルフは人間があまり好きではないのか基本的に言葉尻も強いし棘がある。けれど、彼のお願い事といえば常に妻のリンカのこと。狼は一夫一妻、その生涯をたった一匹の番に捧げるというのをどこかの本で読んだことがあるが本当らしい。


「わかったわ。たっぷり焼いて今度持ってくるわね。ヴォルフも同じのでいい?」

『我は……ベーコンがたっぷり入ったものがいい。あれは人間の食べ物にしてはなかなか美味だ。だが、ミュゲの庭に生えているニンニクは入れてくれるなよ。あれは鼻がダメになる、匂いも取れないし我は好まんからな』



 ヴォルフは「ぐるる」と唸ると巣穴を飛び出して行った。心強い仲間が増えたものの森には味方ばかりではない。私を疎ましく思うものたちがいたようにグランを疎ましく思う魔法生物がいるかもしれない。とはいえ、食物連鎖の頂点であるヴォルフたち狼が味方であればそこまで過剰に心配する必要はないかもしれない。

 彼のいうように私たちは人間にしかできないことをやらなければ。


「足はよくなった?」


 私は足元に擦り寄ってきたジニの子供をそっと撫でる。まだ子鹿で言葉も話すことはできないが、元気いっぱいでキラキラした瞳を私に向けてくれる。


『あぁ、まだ完全ではないが成長するにつれて少しずつ良くなっている』

「よかった。こんなに可愛いのだもの。女神様も見放すはずがないわ。ふふふ、それじゃあまた様子を観にくるわね」


 私は子鹿をたっぷり撫でたあと、エドと一緒に教会へと戻った。今日は、森の入り口の村へ食糧と布を調達しにいかねばならない。村の人たちにもエドのことを知られては行けないのであくまでも布地を買って私の方で繕わなければならないし、食糧もいつもより多めに。

 私はいつもより多くのポーションや薬草、珍しい魔法植物をバッグに詰めて準備を始める。


「エド、今日は村に行ってくるから私が帰ってくるまでミーシャたちとここにいてね。えっと、パンはこのバスケットにあるからお腹が減ったらどうぞ。あと、そっちの戸棚にはりんごジャムがあるわ」

「ありがとう、君がいない間に手伝えることはあるかい?」

「手伝えること?」

「あぁ、たとえば畑仕事とか掃除とか。あまり経験はないが見よう見まねでやってみるよ」

「そうだ、そうしたら倉庫にある種芋も畑に植えてほしいわ」

「わかった、やっておくよ、それから他に力仕事や水仕事はあるかい?」

「そんなにやってくれなくても……」

「いいや、しばらくここでお世話になるんだ。同じくらい働くのは当然のことだろう?」

「貴方がそう思ってくれるなら嬉しいわ」


 エドの薄くて冷たい青い瞳がじっと見つめてくる。私は、王族に対して「高慢」なイメージを持っていたがどうやら彼は違うらしい。彼は第二王子で、いわば馬番をしていた人なので王族同士の醜い権利争いの犠牲者なのかもしれない。


「そうしたら、食べられそうな野菜があれば収穫して近くの小川で土を落としてもらえると助かるかも。もしも、魔法生物がやってきて欲しがったら渡してあげてね。ミーシャ、エドと一緒にいてもらってもいい?」


 ミーシャは「いいぜ」と返事をしてエドの隣に行儀よくお座りをした。


「君は、この子と話ができるのか?」

「えぇ、聖女の力で魔力をもつ生物とはお話ができるの。ミーシャは……多分人語を話せるけど話していないだけね。こっちの夢見のシマエナガのピーちゃんは魔力を持たないから私にも言葉はわからないわ」

「ピー!」

「そうか、いつかミーシャ殿とのお話できるのを楽しみにしよう。レーシア、どうか気をつけて」

「ありがとう。そうだ、何か食べたいものはある? もちろん、買えるかどうかはわからないけれどリクエストだけは聞いておくわ。好きな食べ物とか」


「俺、ムニエル!」


 ミーシャが後ろ足で立ち上がっておねだりポーズをする。私は彼を受け止めてヨシヨシとおでこを撫でた。


「ミーシャはムニエルね。今日もお魚あれば買ってくるわ」

「僕は……とうもろこしのポタージュが好きだ。子供っぽいと笑わないでくれよ」

「私も、とうもろこしのポタージュとても好きです。うちではじゃがいもがよくできるからじゃがいものポタージュばかりだったけれど、作ってみようかしら」


 とうもろこしであれば村で実だけでなく種も買えるかもしれない。そうしたら畑で育てて…・ピーちゃんもとうもろこしは食べられるしいい案かもしれない。


「それじゃあ、いってきます」

「気をつけて」


 エドの優しい笑顔に送り出され、私は村へと向かった。




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