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14 第二王子との夜

「こんなものしか出せませんが……」

「いや、ありがとう。美味しそうだ」


 教会に戻ってきた私たちは食卓を囲んでいた。王子は汚れていた服を洗って干しているので今は私がさっと見繕ったローブを身に纏っている。血みどろだった彼の顔も綺麗に洗ったのでやっとその顔を思い出した。エドリム王子は私と同じ年齢だが、彼は髪の色が黒いという理由だけで城内ではあまり良い待遇は受けていないことで有名だった。

 人によっては黒い髪と薄くて冷たい青い瞳が不気味に見えるのかもしれない。


「美味しい」


 彼が口にしたキノコのシチューは森で採れたキノコを使ったものだ。新鮮で臭みのないキノコをベーコンとじゃがいも、新鮮な野菜と一緒に煮込んだもの。シンプルな家庭料理のアレンジだけれど冷えてしまった体をよく温めてくれた。


「よかったです」

「あぁ、ありがとう。君には助けられてばかりだな」

「いえ、私はシスターですから。困った人や動物を助けることが女神様への奉仕だと思っていますわ」

「とは言っても、君だって元は貴族の出身だろう。ここまで献身的になれるのは君の心根がとても優しいからさ」

「あの、エド。一つ聞いてもよいでしょうか?」

「あぁ、僕が知っていることなら答えよう」

「フレイユ家はどうなっていますか?」


 私の質問にエドは言葉を詰まらせ目を逸らし、スプーンをおいて俯いた。何かを察知したのかミーシャが私の足元で横になると尻尾を私の足に巻き付けてくる。


「フレイユ子爵家はもう存在しない」

「えっ……?」

「あの社交パーティーのあと、スペリントン公爵家の提案でヘレナへの不敬を償うためにその命を捧げることになったんだ」


 私は時が止まったかのような錯覚を覚えた。お父様とお母様が死んだ? それもスペリントン公爵家からの指示で……。お父様とお母様は私をこの森へと送ったあと私が犯した不敬のせいで……。大好きな二人にもう会えないのかと思うと息ができなくなった。涙が溢れ出し、体が震えた。

 

「そんな……」

「悪い、もっと話すタイミングを見るべきだった。すまない」

「すみません、少し外に出てきます」


 私は涙を拭って外に出ると畑の方へと向かった。裏庭のベンチに座り暗闇の中ランタンに火をつた。小さな野菜の芽を見つめて、私は昔のことを思い出した。子爵家という貴族の中では階級の低いフレイユ家は慎ましい暮らしをしていた。誰にでも優しい両親は、他の子の親御さんに比べると少し年齢が高く落ち着いた雰囲気だった。

 私も二人の穏やかな性格に影響をされて権力やお金よりもお花や動物を眺めるのが好きになった。「レーシアが幸せになってくれればそれでいいんだよ」と二人はいつも言ってくれて、無理な政略結婚や早すぎる婚約をさせるようなこともなかった。

 二人は何も悪くない、悪いのは私を陥れたエヴリン様? それとも当時グレイブ公爵とお話をしてしまいエヴリン様の怒りを買った私?


「レーシア。失礼するよ」


 しばらくして、エドが私の隣に腰を下ろした。


「君はどうしてヘレナ姉さんと同じ色のドレスを?」

「それは……信じてもらえないかもしれないけれど私に言伝をした御令嬢が間違った色を私に勧めて。その上、あの会場にいた他の御令嬢たちも一人として私に忠告してくださらなかったのです」

「僕はあのパーティーに遅れて行ったが、君の話題は不自然なほどになされていなかった。ただ、ヘレナ姉さんが不機嫌だったこと、スペリントン公爵家の令嬢が涙を流していたことはよく覚えている」

「そう……ですか」

「君にドレスの色を伝えた令嬢は誰だ?」

「エヴリン・スペリントン公爵令嬢です。彼女は私にあの色のドレスを仕立てるようにと指示をしました。まさか、幼い頃から親交のあった彼女があんな嘘をつくだなんて」

「君はあの令嬢に陥れられたのか? なぜ」

「彼女は、森へと出家する私に言いました。『グレイブに色目を使ったお前が悪い』と。グレイブ様と私は魔法生物のお話をたまにするくらいで……それはもちろん憧れの気持ちはありました。けれど色目を使ったことなんて……」

「グレイブ・パルヴァー。エヴリン・スペリントンか。なるほど、今やグレイブはお兄様のエヴリン嬢はヘレナお姉さんの側近だ。無論、グレイブに関しては元より近衛騎士だったが、エヴリン嬢がヘレナ姉さんの側近になったのは異例中の異例。よもや、子爵夫婦の命を捧げることで取りいったのかもしれないな。いや。けれど実際はフレイユ子爵夫妻の死罪を提唱したのはエヴリン嬢の両親だったか」


 私は驚いてエドの方に視線を向ける。彼は真剣な表情で何か考え込んでいた。美しい横顔は月光で淡く照らされている。彼は身分の低い子爵家の人間の話を信じている? 貴族の社会というのは思った以上に残酷なもので階級を超えて正義が通じることはほとんどない。たとえ、子爵が何を言っても公爵が証言をすればそれが翻ることはないし、そういった慣習から貴族たちは生まれながらにして持っている「信用」が違うのだ。

 特に私とエヴリン様の間で起きた出来事は何の証拠もない。身分の低い私を信用するはずなどないのに……。


「そんなに見つめられては、少し困るのだが」

「申し訳ありません。まさか、私の言葉を信じていただけるとは思っていなくて」

「多くの王族はそうだろうな。第二王子と第一王子にも同じような差があるんだから。僕の発言は基本的にお兄様にかき消される。君の受けてきた理不尽には到底及ばないだろうが、気持ちはわかるよ」


 彼は悲しそうに笑って、それから俯いた。


「あの国は滅びるべきなのかと思ってしまうことがある。罪もないペガサスを傷つけ、人々は足を引っ張り合い降らない階級制度で誰かが誰かを苦しめる。同じ家族であっても権力に溺れ愛すことすらしない。無償で誰かを助けるなんて、王族たちの頭の隅にもないんだ」

「私は、叶うのならお父様とお母様の汚名を晴らしたい。悪いのは私だったのだから、彼らが罪を被る必要などなかったとそう皆に知ってほしい。だから、国を救いたいです」

「まだ、悪いのは自分だと言うのか?」

「だって……国を救うのに復讐なんていう恐ろしい感情は持っていたくないもの。もしも、その過程でスペリントン家の汚職が発覚すれば告発はするつもりです」

「君はとことん聖女なのだな。ただ、王族の血が流れるはずのない子爵家に生まれたことだけが不思議だが……女神様はこの世にふさわしい聖女を選んだのかもしれないな」


 悲しみの中、私たちは部屋の中へと戻った。ピーちゃんもミーシャももうすでに眠りについているのか姿は見えなかった。王子はかつてシスターヴァイオレットが使っていたベッドに腰を下ろす。。


「少し調べ物をするからレーシアは眠ってくれ。明日、これからの動き方について話そう。今日は君に多くの負担をかけてしまった。必ずどこかで礼をさせてくれ。おやすみ、レーシア」

「おやすみなさい、エド」


 私は二階に上がって、横になった。ミーシャをぎゅっと抱きしめて私はもう一度涙を流した。



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