13 ペガサスとの盟約
「フォードムーン家ははるか昔、この森と契約を結んだんだ。君も聖女様ならご存じかと思うが、人間と魔法生物が和平を結ぶ。互いに侵略せず干渉もしない。その代わりお互いを守り合うと。そこで、我々フォードムーン家はペガサスのグランと契約を結び、彼女を城に招いたのだ」
「知らなかったわ」
「あぁ、森と和平を結にペガサスと盟約を交わしたところまでは歴史の本にも乗っているが。今もなおペガサスが生きていることは王家の一部の人間にしか知られていないことだ」
「それで、どうしてこんなことに」
エドリムは深いため息をついた。
「王家の人間、または公爵家の人間に誰一人として聖女の力を授からなかった。星読みたちによればある日の晩、聖女の力を授かる女性が現れるはずだった。君も知っているだろう? 聖女の星読みの盤を」
星読みの盤というのは、城内にあると言われる神聖な星座盤のことである。昔からこの魔法道具を使って聖女が生まれる日付を割り出すのである。その日付になれば公爵家の御令嬢か王族の誰かに女神の啓示があり聖女となるのだ。
「えぇ、聞いたことがあります。それで、聖女が現れなかったことと彼女の翼を切り取ることになんの関係があるのでしょうか?」
「あぁ。第一王子の妻であるヘレナは聖女が現れないことに憤慨してね。これは僕も実際に彼女が命令したかどうかは聞いていないが、彼女に献上するために森の中で一番神聖な生き物であるペガサスの翼を……あとはわかるだろう」
「なんてひどい……」
「あぁ、僕は物心ついた時からグランの世話係をしていてね。その決定に意義を申し立てたことでヘレナと兄さんの怒りを買って追放されたんだ。実際、グランがこうなってしまうまで助けに行けず彼女を救い出すことで精一杯だった」
「どうして、ペガサスの翼で……?」
私の質問にエドリム王子は答えられなかったが、グランが代わりに答えてくれる。
『私の翼を切り落とした栗毛の騎士は「聖女を作るためだ」と仕切りに言っていたわ。聖女とは女神様の祝福を受けた乙女。確かに私たちペガサスの翼には数千年の凝縮された魔力が溜まっているでしょう。けれど、それを使っても聖女様になることなどできないのに』
「栗毛、グレイブか。くそっ……」
栗毛の騎士。私は、あの社交パーティーでの事を思い出した。私の憧れであったグレイブ・パルヴァー公爵は第一王子の側近だったはず。あの優しかった彼が、魔法生物をこよなく愛していた彼がペガサスを傷つけたのだ。私には到底信じられなかった。
『聖女とは、本来森を守る存在だったわ。けれど、はるか昔森に住まう聖女がフォードムーンの王族と恋をした。彼女がお城に行き王子と結婚をした。森と城を行き来してどちらも守った。そして彼女の血筋を元に都市で聖女が生まれるようになったわ。けれど、いつしか聖女たちは誰一人として森に近づかず、少し魔力が強まるだけで本来の聖女としての意味をなしてはいなかった。私にはよくわからないけれど……』
「グラン、しゃべるな」
『大丈夫よ、エド。少し楽になったの。もう少しここでゆっくりさせてもらえればすぐに回復できるわ』
聖女というのは私にとっても「あまり意味はないが、女神様のご加護を受けた麗しい女性」という認識だった。それはただの人間の傲慢で本来、聖女は森を守るために与えられる加護だったのだ。
「だから、森に住むことになった私に?」
『そうかもしれないわね』
グランの優しい声が響き、私は胸に手を当てた。その時、エドリム王子が私をじっと見つめていることに気がついた。
「あの……王子?」
「君は、その瞳をよく見せてくれ。あっ、いやすまない」
彼は私の頬に触れて無理やり彼の方をむかせた後、すぐに手を離して謝罪をした。私は胸がドキッとして少し体を後ろへ引く。
「だ、大丈夫です」
「すまない。ただ、その赤い瞳には見覚えがあって。君は、ヘレナ姉さんと同じ色のドレスを着ていたとかで、あの社交パーティーから追い出された御令嬢。名前は……確か」
「レーシア・フレイユという名前でした」
「そうだ。フレイユ子爵の。あぁ……そうか。君が聖女に……。いや、今はやめておこう。今、王国は僕の追放のせいで混乱の中にある。そして、このままヘレン姉さんが偽の聖女になれば王国には災厄が訪れるだろう」
エドリム王子の話にヴォルフが口を挟む。
『森の中で一番神聖なペガサスを傷つけ、その翼の魔力を行使しようなど……。魔法生物の体は祝福にも呪いにもなる。無論、魔法生物自身の意志で譲られたものでなければだ。なんと浅はかな……』
「あぁ、王家に伝わるペガサスとの盟約には互いに傷つければ代償を追うことになる。フォードムーン家は滅亡し、国は滅びるだろう。そうなれば何の罪もない民までも……」
『フン。それで、貴様はミュゲに助けを求めにきたというのか。なんたる傲慢。我らが聖女を森から奪う気か』
「貴方のいうとおりだな。僕だって、兄さんやヘレナ姉さんがやったことが正しいなんて思わない。追放された身でこのままグランを連れて逃げてしまうことだってできる。けれど、僕はあの国が好きなんだ。生まれ育った場所が呪われていくのを見てはいられない。だから……」
ヴォルフは鼻を鳴らすと不機嫌そうに伏せて尻尾で地面を叩いた。
『だが、この森とフォードムーン王国の盟約が崩れれば森も異変に襲われるでしょう。ヴォルフ、貴方もわかっているはず。この森と資源は人間たちに守られている。もしも、エドの国が呪いによって陥落すれば、多くの国がこの森の資源を求めて戰を始めるでしょうね。魔法生物たちはより攻撃的になり……人間を襲うようになる。そうなれば、もう』
グランの言葉に全員が俯いた。
『では、この森を守るために人間たちの呪いを解くと? 翼を落とされ殺されかけた貴女はあの場所にみすみす戻るというのか?』
ヴォルフが唸ったが、グランはじっとエドリム王子を見つめた。
「僕は兄とヘレナ姉さんを倒し……僕が国を継ぎます。この事を、現在の国王である父上に報告し二人を断頭台へ送ります。そのために……国へ戻り、グランを傷つけた者たちに罪を償わせる。そして……僕が新しい王としてグランと再度盟約を結ぶ」
エドリム王子は突然私の手をつかむとじっと薄く冷たい青の瞳で見つめてくる。彼の瞳には強い信念が感じられた。
「君には、真の聖女として僕と一緒に城へ来てほしい。僕がまずは城の状況を確認し、時が来ればここへ迎えにくる。そうしたら聖女である君が偽の聖女となったヘレナ姉さんを糾弾する。僕と一緒にだ。君のことは命をかけても守る、そして……その」
彼が言葉に詰まると、グランが「うふふ」と小さな笑い声を上げた。私はどうしてグランが笑ったのか、彼が言葉に詰まったのかも理解できない。ただ、聖女としてフォードムーン王国で生まれ育った人間の一人として彼の申し出に協力しようと思っている。
「もしも、この作戦がうまく行ったら……僕の妻になってほしい」
突然のプロポーズに後ろの方にいたリンカが「きゃっ!」と声を上げた。私は状況が飲み込めず喉の奥から変な音が出てしまった。
『エドはね、小さい頃から聖女様とご結婚するのが夢だったのよ。これも貴方の運命なのかもねエド。森の聖女様を王子が城へ迎える。ああ、宝石鹿の』
『ジニだ』
『ジニ。ありがとう。もう私なら大丈夫、どこか他に隠れられる場所はあるかしら』
ジニは立ち上がったグランを心配そうに見つめたが
『我の巣穴はこの森の中でも一番安全な場所。貴女様は森と人の国の将来のため完全に回復するまでここを離れない方がいい』
と言って、出ていこうとするグランの前に立ちはだかった。グランは礼を言うと再び横になって体を休めた。一方で顔を真っ赤にしているエドとそれから呆れ顔のヴォルフと何やら盛り上がっているリンカ。けれど私の答えは決まっている。
「その、返事は……国が、城が正常になったあとでいいから。考えておいてほしい」
「エドリム王子。私は、シスター・ミュゲ。名前の通り、今はシスターとして女神様にご奉仕をしています。シスターになったからにはもう結婚は……。それに、もしも生涯を共にする人をお探しなら心から愛せると思える人ではないと。恐れながら私たちは出会ったばかり、お互いに何も知らないでしょう? 結婚はできないけれど、聖女として貴方の作戦に協力します」
「エドでいい。今は追放された身、王子ではないから。エドと気軽に呼んでほしい。それから、軽率に君に思いを伝えてしまいすまなかった。ただ……僕はグランを治療するため自らの魔力を削っている君を見て惚れたのは事実だ。決して、聖女だからという理由だけで求婚をしたわけではないよ。さ、シスター。申し訳ないが今夜は教会に泊めてほしい」
「え、えぇ。もちろん。お召し物を洗って温かいご飯を用意しますね」
「ありがとう、レーシア」
私はジニたちにもう一度礼をいい、ヴォルフとリンカに別れの挨拶をしてからエドを教会へと案内した。




