12 謎の男
「ヴォルフ! リンカ! いるかしら?」
今日は硬いチーズを練り込んだパンを持って二人と出会った場所にやってきている。すぐに返事は返ってきた。
「ミュゲ!」
リンカがぎゅうと私に抱きついて頬擦りをした。
「元気にしてた? 貴女の噂は聞いているわ。聖女様になって、森の仲間たちを助けているんですって? うふふ、美味しいわ」
食べるかしゃべるかどっちかにしろとヴォルフに注意されてリンカはふくれっつらになった。ヴォルフの方は私に気を使ってか今日は狼の姿のままだった。
「うむ。先日から森に異変が起きているのを君は知っているね。我も何やらよからぬことが起きている。しかし、森を見回ってみても何もみつからなかった。しかし、このおかしな気配。一体何が起きているというのだ」
「ピピィ」
「ミュゲ。その小さな毛玉は夢見のシマエナガか?」
「えぇ、そうだけれど……この子はドゥで群れに見放されてしまった子なの。わかっているわ、魔力を持たないものを助けるのは良くないことかもしれないけれど……」
「いや、なら我の見間違いか。かまわん、そのような小さき生き物の生死に我は何もいうまい」
「ピピ、ピピ!」
「どうしたのピーちゃん?」
ピーちゃんが激しく鳴き、私は違和感を覚えた。するとさっきまでご機嫌でパンを頬張っていたリンカが唸り声を上げる。
「ミュゲ下がっていろ。何かくる」
ヴォルフの唸り声、私のそばにミーシャが戻ってくると彼も毛を逆立てた。次第に、森の奥から足音が聞こえてきた。
「貴様、何者だ。我はこの森を守るヴォルフ。今すぐに立ち去れ」
ヴォルフの警告を無視して進んできたそれはフードを深く被った男だった。灰色のフードマントはぐっしょりと濡れていて、それが何かの血だとその匂いでわかるほどだった。
男の腰には大きな剣、背には弓矢を背負っている。フードのせいで顔は見えない。
「私はシスター・ミュゲと言います。この森の教会でシスターをしております。貴方は?」
男はフードに手をかけてざっと顔を出した。この国では珍しい黒色の髪、顔は真っ赤な血で汚れていた。汚れていて定かではないが彼は……
「助けてほしい。君たちに危害は加えるつもりはない。僕の友人をどうか助けくれ」
男は跪くと胸に手を当てて私に懇願した。しかし、ヴォルフは唸り声を上げたままだった。何せ、彼の体は彼のものではない血まみれだし彼は名乗らなかった。
「その血は魔法生物のものだな? 貴様、密猟者か?」
「違う。頼む、助けてくれ」
「ミュゲ、リンカ。少し待っていろ。我が様子を見てこよう。もしも、この密猟者が嘘をついていれば我が噛み殺す」
ヴォルフは男に連れられて森の奥へと消えていく。残された私たちはしばらくの間身を寄せ合って彼らを待った。
「密猟者って言ってたけど……」
リンカはパンを手にしたまま悲しそうな声で説明をしてくれる。
「この森は魔法生物がたくさんいるでしょう? だから密猟者と呼ばれる悪い人間がたまに入ってくるの。もちろん、返り討ちに会うこともあるけれど……怪我をさせられたり罠にかかってそのまま死んでしまうこともあるの。もちろん、連れ去られて売り飛ばされたりね」
「ひどい……」
「だから、私たちウェアウルフは毎日森を走り回って密猟者がいないかどうかパトロールをしたりするんだけど……。それで見つけたら人間に化けて追い返したりね」
「私も気をつけないと、教会にそういう人が来るかもしれないし」
「そうね、でもミーシャ君がいるから大丈夫よ。マジカルボブキャットはすごく強いんだから」
リンカがミーシャに向かってウインクをすると、ミーシャは「ペッ」と唾を吐いた。
「そうなの?」
「えぇ。ミーシャ君も私たちと同じように人間の姿を持っているはずだし魔力も物理的な実力もヴォルフに劣らないはずよ」
「そうだったの……ミーシャ?」
ミーシャはブンブンと尻尾をふる。
「そりゃ、そうだろ。でも俺はこの姿が気に入ってるんだ。それに闘うのは好きじゃないし俺は日向でゴロゴロできてお腹がいっぱいになればそれでいいんだ」
「ミーシャらしいわね」
「ピピィ!」
「ピーちゃんもそうね。ピーちゃん、リンカにご挨拶してね」
「まぁ、ふわふわで美味しそう!」
リンカに怯えるピーちゃんはぴょんと跳ねてミーシャの頭の上に乗っかった。
「もう冗談よ。シマエナガなんて食べるところほんのちょっとしかないし、気難しいし。あら、帰ってきたわ」
リンカがすくっと立ち上がり私も彼女が見つめる方向に視線を向けた。ガサガサと木々が動き、次第に一つの人影とヴォルフの姿が見えた。二人は争うことなく横並びに走っている。
「アナタ!」
「リンカ。ミュゲ。彼が言っていることは本当だ。悪いがすぐにこちらへきて力を貸してくれ」
***
森の奥、小さな洞穴にたどり着いた私たちは異様な雰囲気に背筋がゾワッとする感覚を覚えた。むせかえるような血の匂いの中に、薄れていく何者かの魔力。
「大丈夫だ。グラン、聖女様がきてくれたよ」
男は優しい声でそう言った。すると、洞穴の奥で優しい女性の声が響く。
『あぁ、あぁ聖女様。よかった、こんなところにおいでになったのですね』
真っ赤に染まった大きな馬の体、背中には二つの突起。ドバドバと溢れる真っ赤な血。弱弱したく横たわる彼女はゼェゼェと苦しそうに息をする。
「すぐに治療をしないと」
私は彼女に駆け寄って傷口に触れる。治癒魔法とバッグに入れていた薬草を塗りつけて止血を試みる。しかし、血は止まらない。
「普通の治療ではダメだ。僕が散々ためしたのだから。彼女はその昔、フォードムーン王家とこの森が和平を結ぶ証として王家にやってきたペガサス。千年の時を生きる彼女の翼を……くそっ」
男が悲しそうに言って彼女に触れる。
『よいのです。けれど死ぬ前にこうして森へ戻ってこれた。森で死ぬことができる。女神様のもとへいくことができるのです』
私は魔力が尽きて頭がクラクラする感覚に襲われてよろける。けれど、この目の前の生き物を助けたくて魔力を注ぎ続ける。しかし、ペガサスはもう生を諦めたようにゆっくりと息を吐いた。
「そうだわ。ヴォルフ、ジニを知ってる?」
「ジニ? あの宝石鹿か」
「ええ、彼を……彼なら彼女を救えるかもしれない! グランと言ったわね。諦めたらダメもう少し我慢をしてちょうだい」
ヴォルフが森を駆け回り、ジニに事情を説明した。私たちがいる洞穴までやってくると私の申し出を快く了承してくれる。
「なるほど……宝石鹿の巣穴か。ミュゲ、これから命を繋げるかもしれない」
やっとのことでグランを立ち上がらせて、ジニの巣穴へと向かう。治癒魔法の宝石を持つジニの巣穴には彼の角のカケラや生え変わった角が保存されている。そこであればこの背中の特殊な傷も癒えるのではないかと考えたのだ。
ジニの巣穴は透明な宝石が一面に落ちた不思議な空間であった。足を踏み入れただけでビリビリと魔力が体に流れ込んでくるような不思議な感覚。ジニの家族も心配そうにペガサスを眺め、彼女に横になる場所を明け渡してくれた。
ゆっくりと横になったペガサスの血はすぐに止まり、呼吸も安定する。
「ジニ、ありがとう」
「いいのさ。我は森のために生きる者。まさか、幻の存在を助けられるとは。ミュゲ、こちらこそありがとう」
「ジニ……」
「フォードムーン王家は森を裏切った。ということだな、説明をしてもらおうか。王子殿」
ヴォルフの言葉に私はやっと彼の正体に気がついた。
——エドリム・フォードムーン
フォードムーン家の第二王子。
「あぁ、まずはジニ殿。ヴォルフ殿。それから聖女・ミュゲ殿。棒の友人であるグランを助けてくれてありがとう。僕のわかる範囲だが、話をさせてくれ」
エドリム王子はゆっくりと話し始めた。




