11 森の異変とスターミンク
「うーん、どうしましょう」
「ピピ」
私はシマエナガを優しく持ち上げてひっくり返してみるももふもふの足の間には何の特徴もない。この子に名前をつけたいのがオスなのかメスなのかがわからないのだ。元々、鳥の雌雄を判別するのはとても難しい。
「夢見のシマエナガたちはオスメスがあるタイプの魔法生物だぞ〜」
「ミーシャ。からかわないでよ。貴方わからないの?」
「わかんないな。こいつは魔力を持ってないみたいだから話もできないし……それにまだ子供だしな。うーん、ピーちゃんとかでいいんじゃないか?」
「ピピピゥ!」
嬉しそうに羽をパタつかせる小鳥をみていると「ピーちゃん」が気に入ったみたいだ。
「ピーちゃんでいいかしら。大きくなってもしお喋りでできるようになったらまた考えましょうね」
「ピッピッ!」
ピーちゃんを肩の上に乗せて、朝の掃除を終えたあと私は裏庭の畑へと向かった。ここでは魔法植物以外にも森の入り口の村で分けてもらった野菜の種を植えている。トマトやきゅうり、かぼちゃなどさまざまな野菜をこの森の魔法栄養たっぷりの土で育てているので成長スピードが早くほとんど毎日なにかしらの野菜を収穫ができたりする。今日はトマトがよく熟れているはずだが……
「聖女様、聖女様。このトマトをわけてくれないか?」
畑にずらっと並んでいたのはスターミンクと言われる魔法生物だった。スターミンクはキラキラと輝く毛皮を持ったミンクである。確か、群れのボスである「母親」の個体は他の個体に比べると一回り大きく強い力を持っているとか。
「あら、いいけれど。初めまして。私はシスターミュゲよ」
「僕たちは南のスターミンク。えっとえっと、スターミンクの群れはこの森の中全部で四つあるんだ。それでね、東西南北で別れてそれぞれママがいて……」
「そんなことはいいだろ! 僕たちのママ……森の南をナワバリにしているんだけど大怪我をしてしまったんだ。それで、聖女様の育てるお野菜だったらママが良くなるかと思って……分けてほしくて……」
「お願いよ! ママは魔力を吸われてしまったの。だから重症で……」
たくさんのミンクたちが私の足元に群がって後ろ足で立って前脚を合わせた。まるで人間が女神様に祈りを捧げるようなポーズをする。
「もちろん、お野菜はいくらでも持っていっていいけれど……貴方たちのママは大丈夫なの? もしよかったら薬草やポーションを作ろうか?」
スターミンクたちは顔を見合わせたがしょんぼりと下を向いてしまう。
「ママはヒールきのこが嫌いなんだ。人間の作る薬草やポーションはあのきのこの匂いがするから」
「わかった。じゃあ、お野菜を好きなだけ持っていって。もし明日も病状が悪化しているようなら細かい事情を教えて。私が治療しに行くわ」
「ありがとう、聖女様。わかった。ママは教えてくれないけど……どうして怪我をしてしまったか聞くわ。ありがとう」
スターミンクたちがごっそりと野菜を持っていったのを確認してから私は呆れ顔のミーシャの方に歩いていく。彼はあまり小動物が好きではないらしい。
「なぁ、いいのか? スターミンクのような盗人を甘やかして」
「盗人?」
ミーシャはあくびをした後、畑の日向でごろんと体を伸ばした。
「スターミンクってのは何も毛皮がキラキラしてるだけじゃないぜ。キラキラしたものも好きなんだ。だから人間の里に化けて出ては宝石なんかを盗んでくる。あいつらの巣穴はすごいぜ、金銀財宝でキラッキラだ。いつか、星空に輝く星すらも盗んでやろうと思ってるとかなんとか。しかも、あの毛皮は石みたいに固くてまずいし」
「食べたことがあるのね」
「女神様の眷属になる前な」
「もしかして……夢見のシマエナガも……」
「あぁ、あれ羽ばっかりで身がちょっとしかなくて」
「ピッピッ」
ピーちゃんが震えながら私の修道服のフードの中に入り込んだ。ミーシャのことが怖くなってしまったらしい。
「ってのは冗談で、ミュゲ。森がおかしいと思わないか?」
ミーシャはころっと起き上がると伏せをしたまま真剣な表情になる。
「どうして?」
「まだわからないか。昨日の夢見のシマエナガの異常な攻撃性も怪我くらいで焦るスターミンク。どいつもこいつもまるで何か恐ろしいことが起こるからそれに備えて自分達を守ろうとしているみたいだ」
「何か悪いことが起きるってこと?」
「起きてるのかもしれない。まぁ俺は幸運を運ぶボブキャットだからな。悪いことの予言はあんまり得意じゃないんだ。けど、毛がうずうずするんだよなぁ」
「明日、ヴォルフたちのところに行って聞いてみようかしら? そういえば最近パンを持っていってなかったし……」
「そうだな、あいつらなら何か知っているかも。ふわわ、お昼寝しようぜぇ」
***
マジカルボブキャットの予言はよく当たる。
森に異変が起きているなんて私は微塵も感じていなかったが、今日もまた夕方は雷雨だった。まるで女神様が悲しんでいるか怒っているかのよう。
「やっぱりなんか悪いことが起きそうだなぁ。雨って好きじゃない」
「そうね、ミーシャ。ポトフ食べる?」
「食べる」
「ピーちゃんは小麦ときのみを砕いたものと……コーンね」
「ピッピッ」
ポトフは倉庫に保管していたじゃがいもと葉物野菜、ベーコンの切れ端を使ったシンプルなスープ。私は今朝焼いて冷めてしまったパンをポトフにつけて食べる。本当はトマトを入れる予定だったけれど事情が事情なので仕方がない。
「今日は余った時間でリンゴをジャムにして……そうだ。ピーちゃんの寝床も毛糸で編んであげましょうね。ミーシャ、食べ終わったら先にブラッシングしましょうか」
ゆっくり食事を摂ったあと、私はミーシャのブラッシングをした。そのあとリンゴジャムを作る合間にピーちゃんの寝床を毛糸で編み上げていく。帽子を作る要領で作るため難しくはない。とにかく、体温を奪わないようなふわふわの設計で……。
「すみません! 聖女様! 開けてください!」
ゆったりとした時間に窓を叩く音で私は驚いて椅子から飛び上がった。出窓の方を見てみると外にはびしょ濡れのスターミンク。急いで家に入れてやれば彼は一匹でやってきたようだった。
「すみません、聖女様。朝はお野菜をありがとうございました。けれど、ママの様子がおかして……傷が痛むって意識ももう無くなりそうで……」
「わかった、大丈夫よ。私がなんとかしてあげる」
ミーシャが呆れた声で
「ヒールキノコが嫌いだってのにどうやって傷を治してやるつもりだ? それに魔力が少なくなっているなら普通の薬草じゃ無理だぜ」
「わかってる。これをあげるわ」
私は修道服のポケットにいれてあった宝石を取り出した。透明に輝くそれは治癒魔力を持つ不思議な宝石。
「それは……お前がもらったもんだろ?」
ミーシャが呆れた声で言った。
「えぇ。これは宝石鹿のジニが私にくれた彼の角のかけらよ。透明なこの魔法石には治癒魔力がうんとこもっている。きっとこれをそばに置いて少し眠っていれば貴方たちのお母さんも良くなると思うわ」
「よ、よいのですか? 宝石鹿さんの角のカケラ。しかも透明なものは我々スターミンクのコレクションにもないとても貴重なもの。それを……」
「えぇ、先ほど貴方たちのことを調べたわ。スターミンクは<森の拾い人>落ちた果実やなり過ぎた野菜を貴方たちが拾い集めて食べることで森の生態系が保たれる。だから、いなくなってはいけない存在だってね。つまり貴方たちを助けることは森を助けることにつながる。それなら、ジニも怒ったりしないでしょう」
宝石をハンカチに包んでスターミンクの肩に結びつけてやるとスターミンクは小さな前足でそれを微調整してぴょんと飛び上がった。
「さ、急いで戻ってあげて」
「ありがとう、聖女様。ありがとう。絶対にこの恩は忘れないよ」
「ほら、わかったから」
スターミンクを見送って、私は彼のせいで濡れてしまった床を掃除した後再びジャム作りと編み物に取り掛かる。あの魔法石でスターミンクのママが治ることを祈って……。




