10 夢見のシマエナガ(3)
「今日は俺も行く」
「珍しいわね。っていっても、キノコ刈りよ? ポーションに使う痛み止めのヒールキノコ。ミーシャは匂いが苦手だったでしょう?」
「ん、ついてくったらついてくんだ。マジカルボブキャット様が案内するんだぞ? 喜べ喜べ」
「そう、ありがとう」
「ピピピッ!」
「わかったわ。二人とも一緒に行きましょうね」
ヒールキノコは万能な魔法植物でこの森ではかなり手に入りやすい。シスターの図鑑によればキノコはヒールツリーという魔法植物の近くに生える習性があるらしい。都市にいた頃はキノコ料理は数回した食べたことがなかったけれど、今度食べられるものも探してみようかしら。レシピ集にはキノコのページがたくさんあってどれもこれもとても美味しそうだった。具沢山キノコのミルクシチュー、大きなキノコのバター焼き。お魚と一緒に大きな葉に包んで蒸し焼きにしても絶品だそうだ。あぁ、食べてみたい。
「よし、この辺でヒールツリーを探してっと」
「俺、小川でお魚探してくる! とったらムニエル作ってくれる?」
「いいわよ。まだバターも小麦粉もあったから。ミーシャ、とってもムニエルが気に入ったのね」
「ん。あんまり離れるなよ」
小川に向かってぴょんぴょんと跳ねていくミーシャを見送って、私はヒールツリー探しを始める。ヒールツリーは細くて私より少し大きいくらいの背丈。薄緑色の葉っぱが分厚いのが特徴で……。
森の中を歩いていると、ヒールツリーがいくつか生えている場所を見つけた。以前は感じなかったけれど、聖女になるとヒールツリーからは魔力が放出されているのを感じ取ることができた。
「この辺にあるはず……」
ヒールツリーの群生地、木の根元に被った木の葉や土を少しどけると、薄緑色のキノコが顔を出す。塗り薬の一瓶だからきのこも一つで十分。
優しく掘り出して引っこ抜いて土を払う。そのまま持ってきた布に挟むようにしてバッグの中にしまった。
「よし、ミーシャを探して帰りましょうか」
「ピィッ!」
私の方の上のシマエナガが元気よく鳴いた。小川にいるはずのミーシャを探して少し歩いていると、私は小さな赤い実をたっぷりとつけた木をみつけた。漂う甘い匂いの元は「スモールベリーの実」である。これは魔法植物ではないが都市部でも愛されるフルーツでケーキや紅茶によく使われている。野生のものを見るのは初めてだけれど、こんなにたくさん木の枝がたわむくらい実をつけている。
「ピピピッ、ピゥ!」
「あら、スモールベリーが好きなの?」
「ピッピィ!」
「はいはい、食べる分だけね」
プチプチとスモールベリーをいただいて、一つ口に入れてみる。甘酸っぱくてみずみずしい。昔、ケーキ屋さんで食べたものとは比べ物にならないくらいの美味しさだ。
『おや、人間をたぶらかしたのかい』
頭上に響いてきた声は、女性の声だった。少し皺がれていて迫力のある声。見上げると、スモールベリーの木の上の方に人間の顔ほどの大きさのシマエナガが止まっていた。巨大な白いもふもふの真ん中にはあの可愛らしい円な瞳と黒くて小さい嘴。
けれど、彼女の目はきゅっとつり上がっていて怒っているようにも見えた。
「ごめんなさい。この木が貴女たちの縄張りだとは知らなかったんです。私はシスター・ミュゲ。この森の教会に住んでいます」
『ミュゲ。あぁ、知っているよ。女神様の加護を授かった聖女。初めまして、私はワゾ。夢見のシマエナガを束ねる者。人間の世界の言葉で言うと……族長。かしら』
「ワゾ、はじめまして。これは貴女たちにお返しするわ」
私は手に取ったスモールベリーを差し出した。しかし、ワゾは「クククッ」と笑うと
『それは持って帰りなさい。森はみんなのもの。食べ物も誰にも占有する権利などないのだからね。まして聖女ともあれば誰も文句は言わないよ。ただ、森には森のルールがある。我らがシマエナガにはシマエナガのルールがある』
「わかっているわ」
『なら、そのドゥをこちらへ返しなさい』
「ピピィ」
私の肩に乗っているシマエナガをワゾはぐっと睨んだ。
「この子は貴女たちの……その族の出身なの?」
『あぁ、その子は我が子だ』
「よかった。昨日雷雨の前に道で迷子になっていてね……でも」
私の肩の上のシマエナガを見てみると怯えて震え、私の服に爪を立てていた。そこで、私はこのシマエナガが『ドゥ』と呼ばれる魔法能力の持たない特殊個体のこと。ミーシャの話では群れを追い出されるとか言っていたような。この子の反応を見ても……返すべきじゃない。
「この子をどうする気なの? この子はドゥ。群れにはいられないはずよ」
『あぁ、そうだ。だから返せと言っているんだ』
「群れで育ててくれるのかしら?」
『いいや、今度こそこの手で始末するのだ』
「母親である貴女が子供を始末するって……今そう言ったの?」
私はぐっとシマエナガを睨んだ。
『あぁ。ドゥは私たち魔法生物を汚す存在。汚れた存在は抹殺しなくてはならない。飛べないソレを雨の予感の日大地に落としたのは私だ。死骸を回収し、女神様の元に流すつもりがまさか生きていたとは。聖女よ、この森に住む者ならわかるはず。さぁ、その子を渡しなさい』
この鳥は何を言っているのだろう? ルール? そんなことに縛られて自分の子供を殺す母鳥がいるなんて。
母鳥はじっと厳しい視線を向けたまま、私の肩の上の小鳥は震えたままだった。私は、この森に生きる人間として聖女として彼女のいうルールに従うべきなのだろうか? この子を殺すと言っている母鳥に返すべきなのだろうか。
そっと小鳥を掌の上に乗せて、そっと両手に包んで頬を寄せる。震える可哀想な小鳥を見つめると、別れの挨拶だと思ったのか諦めたように力を抜いた。その姿も表情もあまりにも悲しくて私はぎゅっと小鳥を胸に抱き寄せた。
「渡せません。この子はもう私の……仲間です!」
『何?』
「貴女は昨夜この子を捨てた。私がこの子を拾って仲間にした。もうこの子は貴女の群れの一員ではなく私の仲間です。仲間を殺すと言われてみすみす返すもんですか」
『それはドゥ。夢見の力も持たず言葉も話せず、飛べもしない。生まれるべきではなかった忌み子。死ぬべきなのだ』
「いいえ、死ぬべき生命などありません。生命を授かることは女神様に愛された証拠、女神様に与えられた寿命を全うすることが女神様への奉仕そのもの。貴女は間違ってる。ルールだというのならルールが間違っている」
『ほぅ。その出来損ないの面倒を見ると?』
「私の仲間にそんな言い方はやめて。この子は出来損ないなんかじゃない。私たちの言葉を理解しているし、時間が経てば話せたり飛べるようになるかもしれない。それに、親に捨てられるのがどんなに辛いか……」
『お前……お前も親に捨てられたのか』
母鳥の声を聞いた途端、ズキンと胸が痛み、頭がくらくらとした。胸に抱いている小鳥の鳴き声が遠くに聞こえ、段々と意識が遠くなる。立っていられなくなって膝をつくと、私は半分夢の世界に引き込まれる。そこにはお父様とお母様がいて……あぁ、私がこの教会に行くことになった日だ。お父様とお母様は私を捨てたんだ。
<もう、この子を手放すしかないわ貴方>
<そうだな。我々が助かるためにはこの子を森へ捨ててしまおう>
そうだ、私は……捨てられ、
「俺の主人に何してるクソ鳥!」
大きな声が響いて私はぐわんと元の世界に戻ってきた。目の前にはふわふわの尻尾と毛を逆立てた背中。私の腕の中には震える小鳥。
「ミーシャ!」
「フシャッ! 取って食われたくなかったらどっか行きな! 次うちの主人に変なことしたら八つ裂きにするからな!」
パタパタと羽音がして、スモールベリーの木から大きなシマエナガが飛び去った。それを追うように隠れていた大きなシマエナガたちが次々と飛び立っていく。
「まったく。だから遠くまで行くなって言ったのにさ。おかげでお魚逃しちゃったじゃないか」
「ミーシャ、ありがとう!」
「ピピッ!」
「うわっ! 抱きつくなよ!」
ミーシャにぎゅうぎゅうと抱きついた私、小鳥も同じ気持ちだったのかミーシャの尻尾にしがみついている。ミーシャはうざったそうに身を捩りギャウギャウと鳴いた。それから私の顔を見ると安心したようにため息をついてペシっと爪を立てずにパンチする。
「夢見のシマエナガはなぁ、この森では弱い奴らだからすぐに戦闘モードになるんだよ。ほら言うだろ? 弱い奴ほどよく吠えるってな。だから、お前を悪夢にひきづり込もうとしてた。さっき見た夢はあいつが見せようとした悪夢だからすぐに忘れろよ。俺はベーコンたっぷりのごはんでいいから」
「ありがとうミーシャ」
「さ、帰ろうぜ〜。お前も」
「ピィ」
シマエナガは不安そうに首を傾げたが、ミーシャはぽいっとシマエナガを咥えて背中に乗せると
「こいつが仲間って言ったんだ。主人の仲間は俺の仲間。さ、新入り。さっさと帰るぞ」
「ピピピッ、ピィ!」
ミーシャの後について私も歩き出した。こうして魔力ももたず飛べもしない可愛い小鳥が私たちの教会に住むことになったのだった。




