第90話 使徒生誕の地
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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第90話 使徒生誕の地
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バルド領でビールを造るため、まず職人を育てないといけない。
そこでバルド領でビール職人を公募した。そしたら、百人以上が応募してきた。
「まさかここまで応募があるとはな」
「驚きましたね」
「これもデウロ神が酒の神で、トーマがその使徒だと知っているからだな」
「そんなに俺のことが知られているのですか?」
「ハハハ。バルド領は使徒トーマ生誕の地として、かなり有名だぞ」
「え?」
「お前が思っているより、トーマの名はこの国中に広がっている。バルド領の民はトーマが領地入りすることを首を長くして待っておるわ」
そ、そうなんだ。これまでバルド領への布教は特にしてなかったから、意外だった。
「神殿がな、トーマの生誕地だからということで、新たな神殿を建設しておるわ。総本山にも負けぬ規模のものだそうだ」
え? その話、知らないんですけど?
「トーマのための神殿と聞いては、拒絶するわけにはいかぬから私が許可を出しておいた」
マジっすか!?
まさかそんなことになっているとは思いもしなかったよ。
「神殿はそこまでしますか」
「神殿は神酒アッフェルポップと集光ランプを信徒に売りつけておる。懐はかなり暖かいようだな」
集光ランプの販売は神殿を通している。アシュード領の神殿が全て買い上げ、流通から何から何までやってくれる。ロックスフォール騎士爵家の懐はそれだけでかなり暖かい。
でもアッフェルポップは二割の優先販売しかしてない。一般の商人に販売したアッフェルポップも買い占めているのは知っているが、それを信徒に売っているとはな。
皆に飲んでほしいので、あまり阿漕な商売だけはしないでほしいものだ。
話が逸れてしまったが、ビール職人は十人を採用することにした。
バルド領で代官をしてくれている人が十人を選んで王都に送ってくれる手筈になっている。
「トーマ。一緒にお買い物にいきましょう」
しばらく買い物にいってないなと思ったので、お母さんに二つ返事した。
エルゼはお爺様に任せ、お母さん、ジークヴァルト、お婆様、お母さんの専属メイドのルルカ、お婆様の専属メイドのディアナ、俺の専属メイドのララが一台の馬車に乗り込んだ。
俺、お婆様、お母さんが並んで座り、その前に専属メイドが座る。ジークヴァルトはお婆様の膝の上で楽しそうにしている。
いつもは広いと感じる馬車だが、七人も乗るとそこそこ狭く感じる。それでもあと二人くらいは乗れそうだ。
馬車の周囲はロックスフォール侯爵家の騎士が五人、バイエルライン公爵家の騎士が五人、神殿騎士が五人で固めている。
最初はやっぱり服だ。店に入るなり、女性陣(メイドも含める)は生地を選び出した。
俺はジークヴァルトを抱っこしながら、女性の服選びの時間が長いことを実感するのだった。
「にーにー」
「どうした?」
「しっこ」
「お、おう……」
トイレはどこだ?
店員にトイレに案内してもらい、シーシーとおしっこをさせる。
貴族が出入りするだけあって、この店のトイレは質がいい。便器が斜めになっていて、水がチョロチョロ流れている。
大のほうも水洗になっているけど、アシュード領の屋敷の大便器はボットンだった。出したものは穀物の肥やしになったりするのだ。
トイレから帰っても女性たちの買い物は続く。暇だからジークヴァルトを抱っこしながら、俺も生地を見ていく。
貴族の服の素材は、基本的に絹らしい。しかし、高級生地になるとモンスターの素材もある。中でもフェスタールスパイダーの糸で編まれたフェスタール布は、手触りも見ためもよい最高級素材として超高額で取り引きされているのだとか。正直いって興味はないが、この店にフェスタール布は置いてないのだとか。
「フェスタール布は数年に一反入荷すればいいところで、十年以上入荷がないことも珍しくないのです」
フェスタールスパイダーは、アシュード領の森の奥にもいた。ただ、蜘蛛型の魔虫だから誰も食べないということで、狩られることはあまりないし、仮に狩っても持ち帰らなかった。
フェスタールスパイダーの糸は蚕の繭のような巣を採取するのだが、その巣はとても危険な崖などにあるからあえて採取してない。命のほうが大事だからね。
女性陣が生地を選び終えたのは、店に入ってから二時間後だった……。
さらに、そこからドレスのデザインを選んでいくのだから、男にとっては正に苦行である。
「にーにー、おなかすいた」
「もうちょっとだから……」
可愛いジークヴァルトにひもじい想いをさせたくはないが、あの中に入っていく勇気はない。
「そうだ、飴玉舐めるか」
「なめる!」
異空間倉庫にあった飴玉を取り出してジークヴァルトの口に入れてやる。
「おいちい」
ジークヴァルトの機嫌が少しよくなった。早く終わってくださいよ、お母さん。
しかし、シュザンナ隊長たちは直立不動で立っているが、俺にはあの姿勢を数時間維持するのことはできない。なんという精神力だ。
店を出た時の俺はとても疲れていた。お母さんたち女性陣は満足そうだ。
お昼はお婆様の知っているレストランに入る。さすがにお婆様を断る店などない。
昼食後は宝石商のティファス・ブルガルの店に寄った。
「これはロックスフォール侯爵様。それにバイエルライン公爵夫人、ロックスフォール騎士爵夫人、ようこそおいでくださいました」
ティファさんはたまに屋敷にきてくれる。宝石を買い取ってくれるのだ。
「今日はジュエリーのデザインを頼みたくて寄りました」
「デザインですか?」
「宝石は俺のほうで用意します。ティファスさんはお母さんとお婆様、あとはバイエルライン公爵家のテレジア様とローゼマリー嬢、それからリッテンハイム男爵家のルイス様とタリア嬢に似合うデザインを描いてほしいのです」
「わたくしだけでなく、テレジアさんやローゼマリーもいいの?」
「ええ、もちろんです。好きなジュエリーを作ってください。お婆様」
「嬉しいわ。ありがとうね」
お母さんとお婆様だけ贈るとテレジア様たちに角が立つ。それに親しい女性ということでは、ルイスさんとタリアも外せない。
タリアを外したら、あとから何を言われることやら。
「宝石は侯爵閣下がご用意くださり、デザインとジュエリーの製作を当店にお任せくださるということですな」
「その通りです」
「承知しましてございます」
ティファスさんは手揉みして引き受けてくれた。
お母さんはネックレス、お婆様はブレスレットが欲しいというのでデザインの希望を伝えた。他の四人はティファスさんにお任せだ。
「ありがとうね、トーマ」
「できあがるのが楽しみだわ」
「お母さんとお婆様の笑顔を見るのは、俺としてもとても嬉しいことですから。な、ジークヴァルト」
「はーい」
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