第87話 家名を名乗れよ
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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第87話 家名を名乗れよ
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六月に入った。
お母さんとエルゼは健康に過ごしている。
ジークヴァルトはお婆様やお爺様があっちこっち連れ歩いている。それには、アレクサンデル様の子のローゼマリーとヘルムートも同行しているらしい。
え、俺だけハブられてる?
そんな折、俺が学園から帰ってくると、屋敷の前に貴族馬車が停まっていた。金色の意匠があるから、上級貴族だと思う。
客なら屋敷内に馬車を入れると思うが、なぜ門の前で停まっているのだろうか。俺の馬車が屋敷内に入れないじゃないか。
見れば、うちの騎士と神殿騎士が執事と思われる人物と言い合いをしていた。面倒ごとの予感がする。
シュザンナ隊長が馬車をどけるように要請するが、馬車はどかない。それどころか、執事がこっちへこようとしている。
「ロックスフォール侯爵閣下の馬車とお見受けいたします。どうか、お助けください」
いきなりだな。まずは家名を名乗るとか、いきなりの無礼を詫びるとかあるだろうに。それだけテンパっているのかもしれないけど、質のいい執事ではないと思ってしまった。
執事とやりとりをしていたうちの騎士を呼んで、事情を聴いた。
「あの者の主人が明日をも知れぬ状態だと申しております」
「どこの家の執事なの?」
「それが家名は言わぬのです」
それでは相手をする必要はないな。
俺に助けを求めているのに、家名も名乗らないなんて不誠実すぎる。それに、怪しい。
「実力行使しましょうか」
「いやいい。西門に回るから」
「しかし、ご当主様が」
「どこの門を使おうと関係ないよ。あと、あの家紋を調べておいてくれるかな」
「はっ!」
馬車を出した途端に急停止。あやうく前に座るララのたわわに実った胸に飛び込むところだったよ。それはそれでありかと思うけど、いったい何事なの?
「貴様!」
シュザンナ隊長の怒声が聞こえた。
「お願いいたします! どうか主を―――」
「黙れ、この痴れ者が!」
執事が神殿騎士に取り押さえられている。
まったく……。
俺は馬車を降りた。そして、取り押さえられている執事ではなく、馬車に乗っている人物に声をかけた。
「今すぐ家名を名乗りなさい」
馬車のドアが開き、中から五十歳くらいの男性が顔を出した。頬がこけ、顔色がかなり悪い。それと、鼻が膨れ上がっているので、人相が悪い。
「儂は……侯爵である」
力ない声だ。
病を患っているのだろう。それで俺のところにやってきた。それはいいけど、家名を名乗れと言っているのに、なんで爵位しか言わないかね。
「貴様がトーマなる者か」
なんか上から目線?
同じ侯爵なんだから、もう少し言葉遣いに気をつけようか。それとも俺が子供だから甘く見てるのかな?
「そうですよ。この馬車が邪魔なので、のいてもらえませんか」
「儂の病を治すのだ」
こういう人がいるから、お爺様が選別しているのだ。その選別から漏れたこういう人は、漏れるなりの理由がある。
「何事だ!?」
お爺様がやってきた。
「ここはロックスフォール侯爵家の門前である! 直ちに馬車をどけよ! さもなくば、ロックスフォール侯爵家に害意あるものとして排除する!」
侯爵はちっと舌打ちし、俺に手を伸ばしてきた。その手をシュザンナ隊長が掴んで捻り上げた。
「うがっ、貴様! 儂を誰と心得るか!?」
「家名も名乗らぬ者がたわごとを言うな!」
シュザンナ隊長は侯爵の腕を引き、投げ飛ばした。
「ぎゃぁぁぁっ」
「トーマに手を出すとはいい度胸だ! 構わぬ、この馬車を破壊してやれ!」
「待ってました!」
飛び出してきたのは、ベンだった。
准爵に叙され、文字の読み書き計算を覚えるために、屋敷で勉強をしていたのだが、騒動を聞きつけてやってきたようだ。
そのベンは、喜々としてモーニングスターを振った。馬車は真ん中から真っ二つに破壊され、馬が嘶いて逃げていった。
「トーマ。このような痴れ者を相手にする必要はない。屋敷に入りなさい」
「はい、お爺様」
騎士たちが破壊された馬車をどけてくれた。あの自称侯爵は白目を剥いて気絶しており、護衛の騎士たちはあっけなくシュザンナ隊長たちに無力化された。
俺は馬車に乗り込み、屋敷に入った。そしてリビングにお爺様と共に寛いだ。
「あの人、梅毒でしたよ」
「梅毒か、節操のないヤツだからな。ざまあないわ」
侯爵はライドハルクというちゃんとした貴族だ。ただし、梅毒にかかっていて、かなり状態が悪い。
梅毒は症状が収まっても数年したらまた現れる。だから、気づいたら重症化している感染症だ。
「あの人、あまり長くないですよ」
梅毒に罹患してから十年以上経過しているようで、もう長くはないだろう。
「構わん。あいつが死んだほうが、領民は苦しまずに済むわ」
あの人はかなり傲慢で領民を苦しめているらしいが、息子さんは比較的まともな方なのだとか。
だから、早く隠居なり死んだほうがいいと、お爺様は言う。
辛辣な言葉だけど、領民を虐げている領主は排除するべきだと俺も思う。
お爺様はライドハルク侯爵から治療の依頼があっても、受け付けなかった。それは領民を苦しめる領主だからだ。そういった判断を含め、お爺様は診察する貴族を選別している。
王国法では処分できない悪辣な貴族は多い。
領地持ち貴族は、ある意味その土地の王なのだ。そしてこの国はそういった小王が集まった連邦のようなものになる。だから、小王の統治権は非常に強い。
王権は絶大だが、使いどころを間違えると小王たちの反感を買い内乱になりかねない。
だから、ちゃんと裁判が行われ、その裁判は貴族に公開されているのだ。不正や忖度された判決が出たら、貴族たちの不満が溜まっていき謀反に繋がることになりかねないからだ。
ご愛読ありがとうございます。
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