第85話 ベンの意地
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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第85話 ベンの意地
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左膝の軟骨を再生させる薬と水虫用の飲み薬と塗薬を調合し、バルツァー伯爵が待つ部屋に向かう。
「ベン。気合を入れろ」
「お、おう」
「なんなら、バルツァー伯爵をぶっ飛ばしてでもクラウディア嬢を奪えばいい」
「そ、そんなことして大丈夫なのか? 俺、死刑にならないか?」
「死刑になるかもな」
「そんな!?」
「そのくらいの覚悟を示せってことだよ」
「お、おう……」
部屋に入った。相変わらずバルツァー伯爵の存在感は半端ない。
「左足の膝、相当悪いですね」
「………」
「この薬は、左膝用です。毎朝食後に飲んでください。十五日間飲み続けることが大事です。さっそく明日から毎日欠かさず飲んでください」
「………」
「あと、水虫用の飲み薬と塗り薬です。飲み薬も毎朝膝の薬と一緒に飲んで下さい。それと毎日朝晩足を洗いしっかり水気を拭きとってからこの塗り薬を塗ってください。あと、水虫の足で触れた靴下と靴は全て廃棄し、新しいものにしてください」
「………」
「最後に、左膝の薬を飲んでいる間は、激しい運動はしないでください」
「………」
って、聞いてんの、あんた!?
バルツァー伯爵は座ったまま腕組みをし、ベンに睨みを効かせている。
マジで、俺の話を聞こうよ。あんたの体の話だよ?
「話は終わったか」
「俺の話、聞いてました?」
「そんなものはジョセフが聞いている」
「はっ! 一言一句漏らさず聞いておりましてございます!」
俺は大きなため息を吐き、バルツァー伯爵の従者ジョセフに薬と用法を書いた紙を渡した。
「苦労してそうですね」
「………」
その苦笑が答えですね。
「さて、ベンよ」
「は、はい!」
「我が愛娘のクラウディアを、お前はどうするつもりだ? 返答次第では、分かっておろうな」
「伯爵。うちの騎士に―――」
「トーマ、悪い。ここは黙って見ていてくれるか」
「……分かった」
ベンは何をする気なんだ?
「伯爵様!」
「なんだ?」
「俺と勝負してください!」
「ほう、俺とやろうっていうのか。小僧め、命が要らんとみえるわ。いいだろう、相手をしてやろうじゃないか」
ねえ、伯爵。俺の話聞いていた?
あんたの足、もう限界をとっくに超えているんだよ?
ベンもベンだ。いくら俺が『ぶっ飛ばしてでも』と言ったからって、本気で行動に移すなよ。
「ジョセフ殿。いいのですか?」
「いいも悪いも、ああなった閣下は止められません」
「苦労してますね」
「ええ、苦労してます」
肩を怒らせながら歩くベンと伯爵の後ろを、俺とジョセフさんが歩く。
なんだろう、俺がベンの従者になった気分だ……。
「俺が勝ったら、クラウディア様は俺がもらう!」
「「「おおおっ!」」」
訓練場で伯爵と対峙したベンは、大声でそう宣言した。
周囲にいた騎士からは、ベンを応援する声が飛び交った。
「この若造が! この俺に勝てるなどと思うなよ!」
バルツァー伯爵はどう見ても悪役だな。顔も悪役に相応しい厳ついものだし、完全にアウェーだ。
「伯爵の左足、もう踏ん張りが効かないんじゃないですか」
「ええ、昔の古傷もありますが、長年無理をしていましたから」
「もっと早く神官に回復してもらっていれば、ここまで酷くならなかったのですよ」
「何度も治療を受けることを勧めたのですが、神官はあてにならないと仰られて……」
ジョセフさんも苦労しているね。
しかし、うちのお爺様みたいなことを言っていたわけか。まあ、ニルグニードなんて神を僭称する神使のトップだものな。俺と気があいそうだね、伯爵。
「いくぞ、小僧!」
「こいっ!」
二人はディフェンス無視で殴り合った。お互いの顔面に拳がめり込む。
しかし、なんでこうなったんだろうか? 何も殴り合いをしなくても、話せばわかり合えると思うのだけど? 脳筋たちの考えはよく分からん。
お互いに一歩後ずさったが、すぐに踏み込んで殴り合った。
「うおぉぉぉっ!」
「舐めるなぁぁぁっ!」
シュザンナ隊長に目配せをすると、近くに寄ってきて耳を傾ける。
「腕のいい神官にきてもらってください」
「承知しました」
しかし、さすがはこの国の軍のトップだな。レベル二百五十三のベンと互角に殴り合っているよ。
バルツァー伯爵はランクAの加護・剛腕の戦士だ。しかもレベル三百を超える。間違いなくこの国でも強者の一人だ。膝が万全だったら、きっとベンは相手にならなかっただろう。
「まだまだーっ!」
「なんのこれしきっ!」
ベンの身長は百八十五センチメートルほどだが、そのベンよりも巨体のバルツァー伯爵の拳は重そうだ。
あんな拳で殴られたら、一瞬で意識が刈り取られそうだ。ベンはよく持ちこたえている。
「ベン! もっと腰を入れろ!」
思わず叫んでいた。それほど壮絶な殴り合いが行われている。
「そんな死にかけのジジイに負けるな!」
「ロックスフォール侯爵様。さすがにそれは言い過ぎかと」
「あ……すみません」
思わず正直な心の内が出てしまったようだ。
かれこれ一時間は殴り合っているか。お互いに顔は原形をとどめていない。
「ベン! 気合だ。根性を見せろ!」
手に汗握る戦いだ。お互いに一歩も引かない。
お互いにいつ倒れてもおかしくない状態で、意地だけで立っているのかもしれない。
「次が最後の一発になる……」
「ええ、そうですね」
俺の呟きにジョセフさんが頷く。
ベンも伯爵もボロボロだ。いつ倒れてもおかしくない。それなのに、倒れないのは意地なんだろう。
瞼が腫れあがっているが、お互いに見えているのだろうか? いや、見えてなくても気配で分かるはずだ。
思えば、ベンの人生で人に惚れられたなんて初めてだろう。
そして相手は同年代でもトップクラスの美人でお嬢様だ。のぼせ上がるのも仕方がないんだろうな。
さあ、最後の一発。お互いに緩慢な動きで拳を振り上げる。
ゆっくりとした動き。お互いに意地だけで体を動かしている。
お互いの顔面に拳が届いた。ペチッという力がこもっていない音がした。
そして二人の体がぐらついた。
ベンの体が落ちる……膝をついたが、持ち堪えた。
「立て、立つんだベン……」
「閣下!」
ジョセフさんの声と同時に、バルツァー伯爵が大の字に倒れた。
すでに意識はないようだ。
「う……うおおおおおおおっ!」
ベンが吠えた。
そして、立った!
右腕を高らかに天に掲げた。
よくやった、ベン!
俺は今、猛烈に感動している!
その後は大変だった。二人とも大怪我だ。
ランクSの神意の聖者となったブルーノが、二人を治してくれなかったら危なかったかもしれない。
ご愛読ありがとうございます。
これからも本作品をよろしくお願いします。
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