第84話 ベンの恋
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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第84話 ベンの恋
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覇天事件によって閉鎖されていた学園が、久しぶりに再開された。
学園は以前よりも警備の人員が増やされていた。物々しい姿の警備員が巡回している。
サロンで寛いでいると、ラインハルト君がやってきた。
「やあ、トーマ君」
「ラインハルト君。おはよう」
彼は自然な所作で俺の前に座った。
ララがハーブティーとマフィンを、これまた自然な所作で置いていった。
ララのメイドとしての動きはかなり洗練されている。俺が侯爵になってから、随分と練習したのだろう。ありがたいことだ。
「聞いたよ、クラウディア嬢のこと」
ラインハルト君にも知られるほど、あの話は広がっているようだ。
「まさかあのクラウディア嬢が一目惚れとはね」
「人は見かけによりませんから」
「本当だね」
「あら、何が本当なのですか」
「やあ、レーネ嬢」
「おはよう、レーネ嬢」
レーネ嬢も当然のように俺たちのテーブルについた。
もちろん、ララの動きは速い。
「クラウディア嬢のことだよ」
「ああ、あの件ですか。わたくしも驚きましたわ」
ベンが居心地悪そうにしているが、仕方がない。英雄は女性に惚れられるものだ。
そして、件のクラウディア嬢がやってきた。
「皆様、ごきげんよう」
彼女はそういうと、ベンを見て頬を朱に染めた。
なんだかんだ言ってもまだ十一歳の子供だからね。
おや……おやおや、ベンもまんざらじゃない? 頬を赤くして、意識しているんだ。フフフ。
「あ、あの……ベン様……」
お、愛の告白か!?
「………」
おい、ベン! 返事くらいしてあげなよ!
「あの時は、ありがとうございました。おかげでこうして無事に過ごせております」
「そそそそれはっ……」
声が上ずっているぞ、ベン。それはよかったと言いたいんだろ?
「クラウディア嬢がご無事で何よりでした。ベンは恥ずかしがり屋なので、俺が代弁させていただきました」
「あ、いえ……」
クラウディア嬢の顔が熟れたトマトのように真っ赤になった。
ラインハルト君やレーネ嬢はニヤニヤとしている。人の恋路を見守るのは楽しいね。
教室では、今回の騒動について当たり障りのない説明が行われた。
担任のアストリット・グーゲル先生は、あの騒動で亡くなっているため、担任に格上げされた元副担任のフィリーネ・ハウスドルフ先生が説明した。
「―――ということで、これからは十九名になっております」
ファンデンベルグ侯爵家の四男が死亡しているため、この一年A組の生徒の数は十九人になっている。
「それでは、亡くなられた方へ哀悼の意を表して、黙祷」
ほぼ一分ほどの黙祷を捧げた。
再開初日は無事に終わり、俺は屋敷に帰った。
「なあ、ベン」
「おう、なんだ?」
「クラウディア嬢のこと、どうするんだ?」
「なななななんでそんなことっ!?」
いや、あからさま過ぎるだろ!
「シャーミー。これ、どう思う?」
ここは俺の私室。俺とベンとシャーミー、そしてララしかいない。
「初めて惚れられて、まんざらでもないって感じかしら」
「シャーミーッ」
上ずった声で叫ぶベンが可愛すぎる。
「ベンがその気なら、俺は応援するぞ。准爵なんていわず、騎士爵くらいにはしてやるし、そうしたい」
「………」
ベンが真面目腐った表情をした。あれはロクでもないことを考えている顔だ。
なんだかんだ言っても、もう五年のつき合いだ。ベンのことはある程度分かる。というか、ベンはいい意味で分かりやすい男なのだ。
「俺ではクラウディア様の相手に相応しくない」
「そんな理由で諦めるのか?」
「そんな理由って……身分の差は莫迦な俺でも分かるくらいに、大きなものだぞ。トーマ」
「ベンがまともなことを言っている!?」
「驚いたわね!?」
「お前ら……」
「だけどさ、俺はベンとクラウディア嬢の気持ち次第だと思うぞ。バルツァー伯爵のことは、俺に任せればいいんだ。それくらいのことはしてやるから。俺たち親友だろ」
「しかし……」
「じれったいわね。いつものイケイケのベンはどこいったのよ! 男なら当たって砕けろよ!」
シャーミーが男らしい。でも、当たって砕けないように、俺がフォローするからさ。
「お前たち……」
ベンもなんだかんだ言って来年で十六歳だ。この国では十六歳は成人になる年齢で、婚約者がいてもおかしくない。それは平民でも貴族でもだ。
この世界の婚期はかなり早い。十代のうちに結婚する人がほとんどだ。
「すまん。俺のために」
「いつものベンらしく、突撃してきなさい!」
「突撃はともかく、バルツァー伯爵とは話を進めておくよ」
泣くんじゃないよ、まったく……。俺まで泣けてくるじゃないか。
学園再開の翌日、俺はお爺様に頼まれていた病の診察を行うことになった。
最初に診察を行うのは、件のバルツァー伯爵だ。今一番ホットな話題に絡む重要人物である。
バルツァー伯爵は軍務卿だと聞いているが、顔に大きな傷痕がある身長二メートルくらいの人だ。存在感がすごいな、この人。
クラウディア嬢は母親似なんだね、よかった。
伯爵は部屋に入ってくるなり、キョロキョロと部屋の中を窺った。ベンを探しているのかな。俺の後ろにいるから、しっかり見ていってくださいな。
そのベンは、かなり緊張しているようだ。初めて彼女の親に会いにいく彼氏のようにね。
「バルツァー伯爵ですね。そこにお座りください」
「ダミアン・ガーランド・バルツァーだ。よろしく頼む」
「トーマ・バルド・ロックスフォールです」
ソファーが小さく見えるな。
「それでは診させてもらいます」
「その前に少しいいかな」
「……なんでしょう?」
「ベンという者はどいつだ?」
ベンがビクッとしたのが分かるほど、気配が漏れている。
まったく、お父さんに名前を呼ばれた程度でキョドるんじゃないよ。
「お前か」
「は、はい!」
「娘をどうするつもりだ?」
スゲー迫力!
でも、どうするかは、バルツァー伯爵次第ですよ。ベンと結婚させるにしても、そうでないにしてもね。
「バルツァー伯爵。その話は後でしましょう」
「……いいだろう。診てもらった後で話を聞こうか」
バルツァー伯爵を変換で見たけど、まったくの健康体……ではなかった。
本人は隠しているようだけど、長らく酷使してきた左膝がかなり悪い。本来あるべき軟骨がまったくない状態だ。
平然と部屋に入ってきたけど、相当痛むはずだ。あと水虫。
水虫はこの国の兵士や騎士に多い。軍人にとって職業病みたいなものだな、水虫は。
うちやバイエルライン公爵家、それに神殿騎士の多くが水虫に悩んでいたから、塗り薬を皆に与えている。
そしたら、結構な人がデウロ信徒になってくれた。こういった地道な啓蒙活動は大事だよね。
そして、軍人のバルツァー伯爵も相当酷い水虫に悩まされているようだ。
王国軍にデウロ信者を作るいいきっかけになりそうだ。フフフ。
ご愛読ありがとうございます。
これからも本作品をよろしくお願いします。
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