第81話 覇天事件顛末
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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第81話 覇天事件顛末
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俺はお爺様とダルデール卿と顔を突き合わせている。
二人との話の前に、ニルグニード教について少し語ろうと思う。
ニルグニード教はこの大陸の多くの国で布教されている。そのほとんどでアシュテント派が根づいており、カトリアス派はカトリアス聖王国以外ではあまり勢力がないらしい。それというのも、カトリアス派は必要もないのに勇者を召喚し、その力を使って他国に侵攻した過去があるからだ。それは何度かの勇者召喚において行われており、各国から呆れられているほどだと言う。
それほどカトリアス聖王国は腐っているということだ。
あと六年もすれば、俺のクラスメイトたちが召喚されることになる。それまでに俺はもっと力をつけなければいけない。
今回も神殿の尋問官が活躍し、ビシュノウは二日で落ちた。ビシュノウは口ほどでもなかったな。ランクのおかげで強かっただけで、大した人物ではなかったのだろう。
「ビシュノウはこれまでにも、我が国の要人暗殺や誘拐をしていた。これまでは証拠がつかめず、苦汁をなめておった。だが、今回トーマのおかげで多くの情報を得ることができた」
お爺様はこれまで覇天が関わったと思われる情報をしっかりとっていた。
今回の尋問は、俺も立ち会った。
「しかし、覇天がヘルミーナを攫ったとは……。カトリアス聖王国には必ず報いをうけさせる!」
お爺様の怒りはすさまじいものだ。そばにいると、その怒りの熱気のようなものを犇々と感じる。
ビシュノウには、お母さんのことをしっかり聞かせてもらった。そして、俺を攫おうとした背景も分かった。
なんでもカトリアス聖王国には、三人の総大主教がいるらしい。その三総大主教が使徒など嘘に決まっていると言い、俺を攫ってその化けの皮を剥がそうと考えたらしい。
ラインハルト君についても、ランクSの子供を誘拐して洗脳すれば戦力になると思ってのことらしい。
なんと短絡的な思考なのか。三人もいて、その結果起こりうる問題を一切考えていないのだろうか。
言い方は悪いが、殺して闇に葬るならともかく、ラインハルト君を洗脳して尖兵にしたら明らかに国際問題になる。
こういった考えなしの行いは理解に苦しむから、ある意味最も恐ろしいと言えるだろう。
そして、お母さんを攫った理由は、当時バイエルライン公爵家はカトリアス聖王国の内情をかなり深いところまで調べ上げていた。
そして、覇天についてもいくつかの行動を邪魔するなどしていたのだ。
そこでビシュノウがお母さんを攫い、バイエルライン公爵が従える暗部の行動に制限をかけようとしたらしい。
当時まったく覇天と関係ない犯罪組織を取り込み、誘拐させた。もちろん、覇天の素性は隠していたので、犯罪組織がどうなろうと情報は漏れない。
お母さんを受け取ったビシュノウは、船で移動した。船を選んだのは足がつきにくいという理由らしい。
あとは、お母さんが川に飛び込んで、ビシュノウたちの目論見は文字通り泡と消えてしまった。
結論。覇天はロクなものじゃない。そして、覇天を従えるカトリアス聖王国はクソだ。
俺は覇天を、カトリアス聖王国を絶対に許さない。
さて、あのビシュノウは長く覇天に所属していた。そしてここ三十年は覇天の長をしていたらしい。
たしかビシュノウは二百五十五歳だった。長く生きていることで、悪さも長くしてきたようだ。
さらに、ビシュノウはシャドー族で、これは魔族といわれる種族だ。
魔族は過去の勇者と激しく戦った種族で、魔王を筆頭にすごく強い。
何度も勇者を召喚しているカトリアス派に、魔族が混ざっている。言っていることとやっていることの差が大きく、一貫性がないことが分かる。カトリアス派の教義など、その程度のものなのだろう。
いや、彼らにとっては、自分たちの欲望を叶えるという一貫性があるのかもしれないな。
「それだけカトリアス派が腐っておるのだ」
「ええ、あんな邪悪な者らに、ニルグニード教を名乗ってほしくないものです」
俺としては、ニルグニードに神を名乗ってほしくないのだが、今はそれを言う時ではない。その想いをぐっと心の中にしまい込み、話を聞いた。
「今回はラインハルト王子が誘拐されかかり、教師が四人、生徒が八人も死亡、重傷者多数と、大きな被害が出ている」
ラインハルト君は軽傷だけで、大きな怪我はなかった。だが、死んだ人がマズかった。
教師の一人はミューゼル公爵の末妹だったし、生徒の一人もファンデンベルグ侯爵家の四男だったのだ。
この国でも大きな発言力と軍事力を持っている両家としては、簡単に矛を収めるという判断はないだろうとお爺様は仰っている。
王城では、戦争も辞さないという空気になっているらしい。
俺もカトリアス聖王国を許すつもりはないが、戦争は最終手段としてとっておきたい。
その前に色々やっておきたいのだ。
「それとバルツァー伯の娘だがな、……かなりご執心のようだ。困ったものよ」
バルツァー伯の娘というのは、クラウディア嬢のことだ。彼女はビシュノウの部下に襲われていたのを助けられた。
問題は、クラウディア嬢を助けたのがベンであり、彼女がベンの雄姿に惚れしてしまったことなのだ。吊り橋効果というやつだろうか。
俺から見たクラウディア嬢は、非常に貴族らしい令嬢だ。それがベンに惚れたとは……。貴族なら、家の都合で伴侶が決まると知っているだろうに。
俺は恋に身分の差がどうこう言うつもりはないが、他の貴族たちはそうじゃない。
ただ、ベンさえその気なら、俺は応援するつもりだ。
平民と伯爵令嬢の恋……身分差の恋、クラウディア嬢の片想いは実るのだろうか。
「バルツァー伯爵は否定的なのでしょ?」
「それが、意外とノリノリらしいぞ」
「え?」
身分の差をすでに乗り越えていた!?
「あの男は強き者を好むからの、そのうち考えなしに乗り込んでくるのではないか?」
「えええ……」
乗り込んできて何をする気なの? まさかベンを寄こせとか言うんじゃないでしょうね? そんなこと言ったら、俺も穏便に済まそうなんて思わないからね!
だが、ベンが貴族になりたいと言うなら、悪い話ではない。もっとも、ベンは貴族なんて面倒だと断りそうだ。
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