第80話 覇天事件
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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第80話 覇天事件
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俺は学園の一室で怒りを収めるために、目を閉じてゆっくり息をしている。
ノック音がし、ララがドアを開けたようだ。
「トーマ!」
人が入ってくるなり、俺の名を呼んだ。焦った感じの声だ。
「お爺様。俺は怪我をしてません。大丈夫ですよ」
「そうか、それは良かった!」
「トーマ様がご無事で何よりでございます」
「ダルデール卿まできてくれたのですね。ありがとうございます」
二人の顔を見たら、怒りが少し収まった気がした。座ってもらい、ララがハーブティーを出してくれた。
「覇天が動いていると掴んでいたが、狙いが分からぬまま襲撃を許してしまった。すまぬ、トーマ!」
お爺様が痛恨の極みと言わんばかりに頭を下げられた。
お爺様の話では、王城や国の主要機関を同時に襲撃したそうだ。騎士団や対応する人員がそちらに向いたのを見計らって、ビシュノウが学園を襲ったらしい。
本命は俺とラインハルト君の誘拐で、他は陽動だったわけだ。
以前聞いた話では、バイエルライン公爵家はこの国の暗部を束ねているらしい。
そういったことから、お爺様は数カ月前から情報を掴んでいたが、目的を掴めずにいたらしい。本当に悔やんで俺に頭を下げている。
「頭を上げてください。お爺様が詫びる必要はありません」
悪いのはビシュノウなのだ。
だけど、聞かないといけないことがある。
「今、お爺様は覇天と仰いました。覇天とはなんですか?」
よろしくない組織なのは、理解している。だが、どういった背景の組織なのかが気になる。
あのビシュノウの説明を読んである程度は把握しているけど、詳しく聞きたい。
「うむ。そうだな。トーマは知っておくべきだ」
「覇天に関しては私からご説明いたしましょう」
ダルデール卿が説明を買って出てくれた。お爺様は顔を歪めたが、ダルデール卿に任せるようだ。
「トーマ様。ニルグニード教には、アシュテント派とカトリアス派という二つの宗派があるのですが、ご存じでしょうか?」
「はい。この国の国教はアシュテント派で、カトリアス派はカトリアス聖王国の国教になっているということくらいは知っています」
カトリアス聖王国はこの国の東にある隣国だ。
「簡単に言ってしまうと、アシュテント派は穏健派、カトリアス派は過激派です。数十年に一回、勇者を召喚するのもカトリアス派です」
俺が十五歳の時に、元クラスメイトが召喚されるのはデウロ様から聞いている。おそらくそのカトリアス派が召喚するのだろう。
「カトリアス派の暗部の名称が覇天なのです」
やっぱりそういうことか。
お爺様が鼻を鳴らした。アシュテント派もカトリアス派も気に入らないのだろう。
ビシュノウのステータスには、カトリアス派の幹部、そして覇天の長とあった。
カトリアス派は、いや、カトリアス聖王国はこちらを完全に敵視している。
「そうですか……。つまり、今回の騒動は、カトリアス聖王国が裏で糸を引いているという考えでいいのですね」
「そう思っていただいて、支障はないかと」
お母さんを攫おうとしたのは、カトリアス聖王国。あの国がお母さんを……あああ、また怒りが湧き上がってきた。
「トーマ。大丈夫か?」
「ふー……。はい、大丈夫です。お爺様」
俺は大きく息を吸って吐きを繰り返し、お爺様とダルデール卿を見つめた。
「今回、捕縛した男は覇天の長です」
「なっ!?」
「まあ!?」
「名前はビシュノウ。種族はシャドー族です」
「「シャドー族!?」」
二人はその種族名に驚いたようだ。シャドー族は魔族と言われる種族だから、いくらカトリアス聖王国でもと思っているのだろうか。
「まさかシャドー族が覇天の長だとは……」
「カトリアス派であれば、魔族と手を組んでいてもおかしくはありません。トーマ様がご無事で本当によかったです」
「あいつは、ラインハルト君と俺を攫おうとしました。俺がデウロ様の使徒と知ってのことです」
「トーマ様を狙うなど、同じニルグニード教とは思えぬ愚考です。恥を知ってほしいものです!」
ラインハルト君も攫われそうになったけどね。
「お爺様」
「どうした? どこか痛いのか?」
「覇天は、お母さんを攫った張本人です」
「っ!?」
お爺様が立ちあがり、その勢いでハーブティーが零れた。
「ビシュノウが言ったのです。お母さんを攫ったが、お母さんはライバー川に身を投げたと」
お爺様の体は小刻みに震え、顔が真っ赤になっていく。
殺気を隠しもせず、大きく開けた目が血走った。
「おぉぉぉのぉぉぉれぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
「お母さんはその時に記憶を失ったと思われます。そしてどういった経緯かは分かりませんが、記憶を失ったお母さんをライトスターが奴隷にしたようです」
「カトリアスのクズどもめ!」
「トーマ様。それは覇天の長が吐いたのですか?」
「はい。俺を追い詰めたと油断したようで、ペラペラと自慢話をしました」
「そうですか……」
ダルデール卿は立ち上がって、床に膝をついた。それはどういう意味なのか、俺は首を傾げた。
「カトリアス派は、聖母様だけでなく、使徒様を攫おうとしました。これはアシュテント派にとって宣戦布告を受けたも同然。どうかご命令ください。カトリアス派を滅ぼせと」
物騒だな!?
でも、心情的にはそうしたい。
カトリアスだとか宗派だとか関係ない。お母さんの記憶の代償、そして人生の代償をしっかり払わせたい。
「ババアは黙っておれ! あいつらに鉄槌を喰らわすのは、この私だ!」
「そうはいきません! これはアシュテント派にとっても重大事にございます。たとえバイエルライン公がトーマ様の祖父であっても、引けません!」
「なんだとっ!?」
「引けぬと申したのです!」
目的は一緒なんだから、手を取り合うということはしないのかな……。
「お爺様、お座りください。ダルデール卿もソファーへ」
「「………」」
睨み合いながらも、二人はソファーに座り直した。
「相手は国です。お爺様もダルデール卿も仲よくとはいいませんが、目的は同じなのです。お互いの得意分野を尊重し、せめて邪魔だけはしないようにしませんか」
「むぅ、それならば」
「トーマ様のお言葉に従います」
「では、お二人にお願いがあります」
「なんでも言ってくれ」
「お聞きいたします」
今回の騒動は、覇天事件と呼ばれることになる。そして、俺は二人にあるお願いをした。
ご愛読ありがとうございます。
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