第73話 三つの剣術
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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第73話 三つの剣術
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俺は学園の騎士訓練場にやってきた。
コロッセオのような訓練場の中では、多くの生徒たちが切磋琢磨していた。
「体育会系のノリは好きじゃないんだよな……」
剣の訓練は毎日しているけど、騎士科の生徒の暑苦しい訓練は見ていて胸焼けがしそうだ。
こんな訓練場にやってきたというのも、ラインハルト君たちの訓練につき合うと約束してしまったからだ。(無理矢理約束させられたとも言う)
「やあ、トーマ君。きてくれたんだね」
「おう、トーマ!」
「ごきげんよう、トーマ様」
ラインハルト君、ダニエル君、レーネ嬢が連れだってやってきた。
三人が現れると、生徒たちが動きを止めて敬礼した。
ラインハルト君は王子だし、ダニエル君は伯爵令息、レーネ嬢は侯爵令嬢と位階が高いのもあるけど、目立つんだよね。華やかで輝いて見え、俺には眩しすぎるんだ、三人は。
挨拶を済ますと、三人はすぐに体をほぐし始めた。
レーネ嬢はいつものスカートの制服ではなく、騎士服を着ている。スカートから見えるスラッとした足はとても女性的だけど、騎士服の時は男装の麗人ぽくて凛々しい。
ラインハルト君は片手剣と盾、ダニエル君は大剣、レーネ嬢はレイピアのような細い剣を使うようだ。
そういえば、この学園に入学して四カ月になるけど、騎士や魔法使いの訓練場に足を運んだのは、最初の見学の時以来だ。
俺はあの自称神の三神使に意趣返しをし、デウロ様を再び神の座に就けるように尽力する目標がある。彼らにも俺とは違った目標があることだろう。それぞれ、目標に向かってがんばってほしいものだ。
「トーマ君。手合わせを頼むよ」
ラインハルト君と模擬剣を合わせる。
俺の剣は両手でも使えるやや長めの剣だ。
「いくよ!」
「どうぞ」
「はっ!」
ラインハルト君の突きを、俺は冷静に剣を滑らせて軌道を変える。
俺がお父様に稽古をつけてもらっていた時はこれだけで姿勢が崩れてしまったが、さすがはラインハルト君だ。踏みとどまってすぐさま逆袈裟を放ってきた。
それを一歩下がって回避すると、今度は上段からの斬り下ろしがくる。こういった連動する動きをしっかり考えて攻撃しているのが分かる。
だけど……だからこそ、攻撃が予測しやすい。そこからは逆袈裟がくると簡単に予想がつくんだ。
俺は予想通りの逆袈裟を半歩下がって避けた。
「はぁはぁはぁ……。僕はトーマ君にとって赤子も同然なのが、よく分かったよ」
ここで周囲がざわついていることに気づいた。どうやら俺とラインハルト君の稽古を皆が見ていたようだ。
「そんなことはない……よ?」
「僕はこの年齢ではレベルが高いと自負していた。その僕が敵わないなんて、トーマ君のレベルはいくつなのか」
教えませんよ。そういうのを聞くのは駄目だしね。
「ラインハルト君の剣はこの国で最も広く使われている王国騎士剣術王道派だよね」
「うん。僕は王国騎士剣術王道派の手ほどきを、騎士団長から受けている」
「ラインハルト君の動きは綺麗すぎるんだよ」
「綺麗?」
「王国騎士剣術王道派の基本に忠実な剣だから、次にどんな攻撃がくるか予測がしやすいんだ」
「なるほど……それであそこまで綺麗に躱されていたんだね」
「俺のお父様も王国騎士剣術王道派の使い手だけど、もっと変則的だったよ」
「ロックスフォール騎士爵の噂は聞いている。王国でも五本の指に入るほどの強者だとね」
「え、そうなの?」
「たしか、騎士科の卒業生だったはずだよ。学園に在籍している五年間、学生には一度も負けたことがないらしいよ」
マジっすか!? お父様、格好いいぜ!
「騎士団長のシュトゥーベンが同級生だったけど、騎士科と魔法科を合わせても無敗だったと言っていたよ」
武術大会優勝者と魔法大会優勝者が最後に戦うエキシビションマッチがある。それを含めてお父様は無敗の王者なんだね! お父様どんだけ伝説なの!?
若い時から強かったんだね、お父様は。これまでも尊敬してきたけど、もっと尊敬するよ!
「おい、トーマ! 次は俺だぜ!」
次はダニエル君が大剣を担いで前に出た。
「ラインハルトの仇は俺が討ってやるぜ!」
「いや、ラインハルト君は死んでないけど……」
「僕を殺さないでくれるかな……」
「ダニエルさんは相変わらずですわね」
ダニエル君は『俺、何かしたか?』とキョトンとした。
ダニエル君の剣は剛剣だ。ラインハルト君の王国騎士剣術王道派と双璧と言われる王国騎士剣術剛剣派というものになる。
巨大な剣を振り回すことから、下手に受けると質量に押される。だから躱すことに主眼を置き、受けるにしても受け流すべきだ。
「うりゃーっ」
巾広で剣身が一・二メートルくらいの大剣を振り回し、筋肉が躍動する。十一歳なのに筋肉ゴリゴリだよ、ダニエル君。
身長も百七十三センチメートルくらいか。将来はベンよりも大きくなるかもしれないね。
「ちょこまかと!」
ただ、ダニエル君の剣はとにかく真っすぐなのだ。攻撃以外は何も考えてない、本当の剛剣である。
おかげで、攻撃を予測するのは簡単だ。ラインハルト君よりもよっぽど避けるのは簡単だ。真っすぐだもん。
「はぁはぁはぁ……当たらねぇっ!」
「ダニエル君の剣は素直過ぎるんだ」
「素直ってなんだよ?」
「真っすぐってことだよ。力でねじ伏せる。そんな感じだね」
「おう、力こそ全てだぜ!」
清々しいまでに、脳筋だ。
ニカッと笑った白い歯が眩しい……。
「次はわたくしですね」
「はい。よろしくお願いします。レーネ嬢」
「こちらこそよろしくお願いいたします。トーマ様」
レーネ嬢の剣は鋭い突きを主体としたものだ。初めて見た剣術で、最初は戸惑った。そして、なによりも剣を扱うレーネ嬢の美しさに見惚れてしまう。
「これはニーケヘン剣術ですか?」
「そうです。わたくしはニーケヘン剣術を学んでいますの」
ニーケヘン剣術は過去の英雄ニーケヘンが編み出した細剣用の剣術だ。本で読んだことはあったけど、見るのは初めてだよ。
「その細い剣の特性を活かした刺突が主な攻撃手段かな」
「刺突は基本ですわ。ですが、それだけじゃありませんわよ!」
おっと、剣がヘビの身体のように歪んで見えた。
なるほど、これが蛇体剣というものか。変幻自在の剣と言うべき予測が難しい動きをする。
俺のレベルがレーネ嬢と同じだったら、対処できなかったかもしれない。
「くっ、まったく当たる気がしませんわ」
「そんなことないです。初めて見た剣術ということもあるけど、変幻自在の剣は予想がしにくいですよ」
レーネ嬢のレベルは四十と、ラインハルト君に次ぐものだ。でも、ラインハルト君のほうが戦いやすい。
よく知っている剣ということもあるけど、予測しやすいのがいい。
それに対してレーネ嬢の剣は予測が難しい。基本的に受け流しや回避を防御の主眼に置く俺とは相性が悪いと言える。
「まったく相手になりませんでしたわ。もっと精進しないといけないですわね」
「ニーケヘン剣術を初めて見ました。勉強になりましたよ、レーネ嬢」
レーネ嬢の頬を一粒の汗が伝う。宝石のような美しい汗だと思ってしまった。
▽▽▽ Side クルディア王国国王オトフリート ▽▽▽
バイエルライン公爵が登城した。
「パーティーについて相談だと? 余の私室に通せ」
パーティーとは、内密の話があるという隠語だ。
バイエルライン家はこの国の暗部を束ねる家だけに、他者に聞かせることができぬ話が多い。だからいくつかの隠語を用意している。
「待たせたな」
「ご機嫌麗しく」
「面倒な挨拶はよい。何があった?」
「はっ。我が国に入り込んでいる覇天の動きが慌ただしいようにございます」
「何……?」
「学園を狙っている可能性が高いと」
「……学園か。今の学園は、余の子もいれば、公の孫もいるからの」
「他にも上級貴族の子弟が多く通っていますな」
「何が目的かは掴めてないのか?」
「残念ながら。ただ、もうすぐ学園では武術大会と魔法大会があります」
「そうか、もうそんな時期だったか……そこで何かがあると公は思うのだな?」
「まだなんとも言えませぬが、時期が時期ですので、警戒するべきかと。ただ、学園のどこまで覇天が入り込んでいるかが不明です」
「学園に知らせると、情報漏洩の可能性が高くなるか」
「その通りにございます」
「ならば、余の子らを警護するという名目で、騎士団を配置するとしよう」
「警戒しているのが覇天に知られますな。そうなると、調査がしにくくなります」
「むう……。どうするのがよいと?」
「騎士団員を教師に偽装させ、教員の増員という理由にしましょう。その中に暗部の者も入れます」
「この時期の増員か……あからさまに騎士団を動員するよりはいいか」
「今は敵の目的が分かりませぬゆえ、最低限の者で対応するしかないかと」
「分かった。騎士団から腕利きを出そう」
覇天とはカトリアス聖王国の暗部の名称だが、極めて厄介な相手だ。
余が即位する以前より、いいようにやられている。余の片腕と頼む者も二人殺されている。もちろん証拠などないが、おそらく覇天が行った暗殺だろう。
ご愛読ありがとうございます。
これからも本作品をよろしくお願いします。
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