第65話 御前裁判
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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第65話 御前裁判
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ファイアット子爵とライトスター侯爵の裁判の日がやってきた。
俺はお爺様とダルデール卿と共に城に入った。なんで裁判が城で行われるのかと思ったら、仮にも侯爵であるライトスターが被告人だから、国王が傍聴することになっているからなのだとか。
大法廷と言われる場所に入った。かなり広い。
正面に裁判官が五席、左に検事用が三席、右に被告人や弁護人用の五席、その中央に証言席があり、傍聴席は百席くらいある。
さらに、裁判官席の奥にレースのカーテンで仕切られた国王用の傍聴席がある。
俺たちは傍聴席の最前列に座った。
そして検事や弁護人、そして裁判官が入ってきてからしばらくして、被告人であるファイアット子爵とライトスター侯爵が現れた。
ライトスター侯爵が俺を見つけると、殺してやると言わんばかりの目で睨んできた。
「ふん。愚か者め」
お爺様がライトスター侯爵に聞こえるように大きな呟きをした。
「っ!?」
ライトスター侯爵は歯が割れそうなくらい噛み、お爺様を睨んだ。
「国王陛下のおなりにございます。皆様席を立ち、最敬礼を」
最敬礼(右腕を胸の前に置き、腰を四十五度傾ける)で国王を迎えると、楽にしろと声が聞こえた。
レースの後ろに数人の影がある。護衛もいるのだろう。
「これより酒王に含まれていた毒についての裁判を行う」
裁判長がそう宣言すると、一人の検事が前に進み出た。
最初は検事が被害状況や毒を確認した事実を淡々と語っていく。
次は弁護人が証拠の不備を指摘していったが、そのどれもが裁判官から却下された。
却下は当然だ。証拠はどれも物証によるもので、指摘はただの言いがかりでしかなかったのだから。
ここら辺は前世の裁判よりドライに行われるようだ。
この国の法はオーソドックスだ。罪は罪で裁き、その人物が更生するかどうかは関係ない。人を殺せば殺人罪で一生強制労働か死刑になる。それが殺す気があったかどうかは関係ないのだ。ただし、自己防衛のために相手を殺したなどは、無罪になる。
「ファイアット子爵は職人を監禁し、その家族を人質にして酒王を造らせました。すでに監禁していた職人と家族は保護しており、裁判官立ち合いの元、その証言を得ております」
「異議あり!」
「異議は認めません。検察、続きを」
何故別の場で証言の確認をしているかというと、平民を御前裁判、つまり国王の前に出廷させるわけにはいかないためらしい。
これは二つの意味があり、国王がいる権威ある場というものと、平民が多くの貴族たちの眼に晒されることにより証言できなくなることを防ぐためだ。
この職人の尋問には、弁護人も同席していることから、異議があるならその場でしっかり異議を申し立てる必要がある。この場での異議を受け付けないのは当然だろう。
「また、ファイアット子爵よりライトスター侯爵へ、多額の資金が流れております。これは酒王の販売が始まってからのことであり、明らかに酒王の件にライトスター侯爵は関与していると思われます」
「異議あり! それはただの借金返済であり、ライトスター侯爵は融資した金銭が酒王の製造に使われるとは思ってもいなかったものです」
「検察は推測ではなく、証拠を持って語ってください」
今回の異議は認められた。
お金の流れはあっても、それを完璧に酒王と紐づけるのは簡単じゃない。
「承知しました。それでは検察は、証拠一〇四を提示します」
証拠一〇四はライトスター侯爵より、ファイアット子爵に宛てた書状だった。
「その書状には、酒王の販売が軌道に乗ったら約束通り売り上げの三割を上納しろと記載されてあります。しかも、最後にその書状を処分するようにと記載があります。それこそが、酒王にライトスター侯爵が関わった証拠にございます」
動かぬ証拠と言うやつが出てきた。
ライトスター侯爵はまさか処分を指示した書状が残っているとは思わなかったようで、かなり焦っている。
俺もこんな証拠があるとは思っていなかったので驚いた。
しかし、ファイアット子爵はなんでこの書状を取っておいたのだろうか。
もしかしたら、何かあった時にライトスター侯爵に泣きつくために証拠を取っておいたのかな。
それともライトスター侯爵に切り捨てられると最初から考えていたのかもしれない。あの侯爵親子は信用できないと、こういったものを取っておいたのかもしれない。
「あれはうちの暗部が押さえた証拠だ」
お爺様が声を殺して笑っている。ずいぶんと上機嫌だ。
裁判は進んで俺が証言することになった。
「トーマ・アシュード・ロックスフォールです」
裁判官に名前を聞かれた。俺の戸籍上の正式名称はトーマ・アシュード・ロックスフォール。
普段はアシュードをつけないが、公式の場では使わないといけない。
「トーマ君はどうして酒王の毒だと思ったのかね」
検察の質問に俺は答える。
「神殿のダルデール卿より、奇病が流行っているから診てほしいと言われ、患者さんを診ました。そこでそれが毒だと判断しました」
「どうして毒だと思ったのかね?」
「そういうスキルがあるからです」
「具体的には、どういったスキルですか?」
「見極めというスキルになります」
「そのスキル・見極めによって何人の患者を診ましたか?」
「四十人です」
「その四十人全てが毒に侵されていたのですか?」
「はい」
「では、なぜそれが酒王の毒だと断定したのでしょうか」
「四十人の患者さんが、定期的に口にしているものを調べました。そこで共通していたものがいくつかあり、一つが酒王でした。あとは神殿でそれらのものを調べてもらいました」
今度は弁護人からの反対尋問だ。
「証人の年齢は?」
「十歳です」
「証人はなぜダルデール卿から患者を診る依頼を受けたのですか?」
「総本山へ訪問する予定がありました。その際に診るくらいならと承諾しました」
「証人がその奇病のことを知ったのはいつですか?」
「正式には、ダルデール卿から患者を診てほしいと言われた時です」
「異議あり、弁護人の質問の意図が分かりません」
「異議を認めます。弁護人は質問の意図を明確にしなさい」
「では、皆様! この証人は子供です。その子供が言うことを信じるのですか!?」
なるほど、俺の年齢を突こうとしているのか。
「異議あり! 弁護人は論点をすり替えております」
「異議を認めます。弁護人は証人を貶めるような発言は控えなさい」
「申しわけありません……では、患者がなぜ毒に侵されていると分かったのですか?」
「スキルです」
「そのスキルでは、どのようなことが分かるのですか?」
「そうですね……。弁護人さんの名前とかならすぐに分かりますよ」
「そんなものは事前に調べておけば言い当てることは可能です」
「それでは、貴方の病気はどうですか?」
「え?」
「弁護人は腰痛と水虫、それから左側の手足の痺れがありますよね」
「そ、それも調べれば……」
「気をつけたほうがいいですよ。その手足の痺れはやがて頭の中を腐らせます」
「っ!?」
弁護人は脳梗塞になりかけているのだ。そのうち血管が詰まり、脳が壊死することになるはずだ。このまま放置したら、一年しないうちに倒れることだろう。
「これが本当かどうかは、一年もすれば分かります。貴方はある時突然倒れ、仮に命が助かっても左の手足は動かすことができなくなるでしょう」
「ひぃぃぃっ」
「そんなこと嘘に決まっている!」
弁護人は情けない声を出したが、ライトスター侯爵が叫んだ。
「ライトスター侯爵も時々胸が痛むのではないですか。それは心の臓の病です。このままでは長くないですよ」
日頃の不摂生のおかげで、心筋梗塞になりかけている。
このまま放置すれば、二、三年の命だろう。まあ、有罪になったらその二、三年も持たないかもしれないけど。
とは言え、弁護人の脳梗塞もライトスターの心筋梗塞も、神官の治療で治すのは難しい病だ。
これは人体の構造を知らないこの世界の回復系魔法の限界だな。
「こ、この死神が!」
「失礼ですね。僕はあなたたちのことを思って病にかかっていると教えてあげたのですよ」
「うるさい! 黙れ!」
「静粛に! 被告人は静粛に! それに証人を侮辱するような発言も控えなさい!」
裁判官の警告を受けたライトスター侯爵は、うるさいと裁判官にまで暴言を吐いた。
「今度暴言を吐いたら、退廷させます!」
ライトスター侯爵は不満を浮かべた顔で、どかりと椅子に座り込んだ。
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