第62話 襲撃
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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第62話 襲撃
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王都の冬はアシュード領よりも寒い。
アリラック・ダンジョンにいきたかったけど、数日降った雪が地面を白銀に染めているので控えることにした。
そんな日に、ダルデール卿がやってきた。
隣の屋敷の玄関から、うちの玄関まで木の板が敷き詰められている。その板はどこから持ってきたの?
「ベッテンバムス領の酒工房が閉鎖になりました。それとその酒工房はファイアット子爵が職人らを無理やり働かせており、その利益も全て子爵が吸い上げていたそうです」
酒工房は閉鎖、酒王は市場から回収する作業が行われているが、すでに一般顧客へ大量に販売されていたので難航しているらしい。
完全に回収は無理かもしれないが、国王と教皇の連名で酒王は口にしないようにと布告されている。
「ファイアット子爵はどうなるのですか?」
「王国騎士団によって拘束されております。子爵は毒のことは知らないと言っておりますが、利益を全て吸い取っていた以上、知らないでは済まないでしょう」
よくて降爵、悪ければ闕所(お家取り潰し)になるのではと、ダルデール卿は言う。
「それと、ファイアット子爵を取り調べたところ、どうもライトスター侯爵がこの件に絡んでいるようです」
「ファイアット子爵がそう言ったのですか?」
「いえ、押収した書類から、酒王の利益がライトスター家に流れているのが分かったのです」
酒麹を盗ませたのがライトスターで、それをファイアット子爵が受け取り酒王を造った。こんなところだろうから、ファイアット子爵が命惜しさにライトスターを売る可能性はあるかな。
「ファイアット子爵の証言次第というところですかね」
「そうなります」
お爺様もライトスターを追い詰めるために色々しているみたいだし、今回のファイアット子爵のこともライトスターを追い詰める一因になるかもしいれない。
「あとは王国が対処することになります」
これはこの国のことだから、神殿はファイアット子爵を含めて国に捜査や処分を任せることになる。
ただし、神殿の行動によって酒王の毒のことが分かったので、詳細な報告を受けるようだ。
その日の夜、俺は自室で変換を行っていた。
集光ランプのおかげで、夜でも屋敷の中は明るくて助かる。
雪が融けたら王都にあるアリラック・ダンジョンへいきたいな。
変換に集中していると、ブルリッと震えた。
閉めていたはずの観音開きの木窓が開いていた。古いものだから風で開いてしまったようだ。
窓を閉めようと立ち上がったその時だ、何か違和感を感じた俺はその場を飛び退いた。
すると、床に短剣が刺さった。
「え?」
「ちっ」
舌打ちが聞こえ、さらに短剣が飛んできた。
俺はテーブルをひっくり返して短剣を受け止めた。
テーブルの上にあったものが派手に床に落ち、大きな音を立てた。
「何者だ!?」
黒装束のまるで忍者のような何者かがそこにいた。
こちらは部屋の中ということもあり、武器は持っていない。マズい状況だ。
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【個体名】 ベルグ
【種 族】 ダークヒューマン
【情 報】 男 33歳 健康
【称 号】 暗殺者
【ランク】 B
【属 性】 闇
【加 護】 闇の剣士
【レベル】 180
【スキル】 闇剣術・レベル4 影移動・レベル3 投擲・レベル3
【ライフ】 1,555
【スタミナ】 1,820
【マ ナ】 1,480
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黒装束のステータスを思わず見てしまった。
こいつ、暗殺者だ!
「勘のいいヤツだ」
「あんた、暗殺者か。誰に頼まれた?」
答えの代わりに剣でテーブルが斬られて真っ二つになった。
俺は飛び退いて床を転がった。ベルグはその俺を追いかけ剣を突き刺そうとする。さらに転がって躱す。
その時だった、いきなり床から剣が出てきて俺は左肩を刺されてしまった。
「クッ!? 今のは……」
どうやら闇剣術の技のようだ。闇か影を通じて攻撃できるといった感じか。
こんな技を使われたら、防ぐのは難しい。暗殺に適した技だな。
「ちっ、心の臓を狙ったのに、躱したか」
とっさに体をよじったのがよかったが、左肩からはとめどなく血が流れ出ている。
しかし、あの闇剣術というのは、止めようがない。早めに決着をつけないと、ヤバいな。
「もう逃がさんぞ」
「こんなところで死ねるか!」
「グアッ!?」
俺が変換を発動した瞬間、ベルグの左肩から血が噴き出した。
「な、なんだ!? 何が起きて……何!?」
俺の左肩の血が止まっているのを見て、ベルグは目を見開いた。
「貴様、何をした!?」
「そんなことを教えるわけないだろ!」
攻守交替だ。俺は一瞬で距離を詰めて、ベルグの顔面に飛び膝蹴りを放つ。
見事にクリーンヒットした膝が、ベルグの鼻を潰した感覚があった。
吹っ飛んだベルグは壁に激突してズルズルと力なく倒れた。
その時、乱暴に扉が開いた。敵の増援かと、身を硬くする。
「トーマ、どうした!?」
「トーマ!?」
「「「何事ですか!?」」」
ベンとシャーミー、そして神殿騎士たちが部屋に飛び込んできた。
「てめぇっ!」
ベンが黒装束を見ると、武器を構えた。
「おい、こいつは死んでいるのか?」
「いや、気絶しているだけだ。取り押さえてくれるか」
神殿騎士たちがベルグを取り押さえ、その覆面を剥した。
浅黒い肌の掘りの深い顔の男だ。
「トーマ、肩が」
シャーミーが駆け寄り、回復魔法をかけようとしてくれたのを制した。
「大丈夫だ、怪我はないよ」
変換・レベル4で覚えた事象を変換する能力で、俺とベルグの左肩の状態を変換した。
俺の左肩の怪我はベルグに移り、俺は怪我のない左肩を手に入れたのだ。
いきなり肩に痛みを覚え、ベルグは狼狽えたはずだ。
この変換は転移同様多くのマナを消費する。おかげで一気に一万五千ポイントも減ってしまった。
これが全身の怪我だったら、今の俺のマナ量では賄えないくらい消費することだろう。
俺は大きく息を吐いて、床に座り込んだ。
「はー、ビックリしたー」
上げていてよかった~レベル。
レベルが低かったら、対応できてなかったと思う。
その後、執事のリュードさんらが駆けつけ、着替えと部屋のあと片づけをしてくれた。
血があちこちに飛び散っているので、清掃にしばらく時間がかかるらしい。
血の痕がある部屋って、普通に怖いよね。
さらには騒動を聞きつけたダルデール卿までやってきてしまった。
「トーマ様の私室に賊が入るなんて、なんのための警護ですか!」
日頃声を荒げることのないダルデール卿が珍しく怒鳴った。
温厚かどうかは分からないが、少なくとも声を荒げたところは見たことがないダルデール卿が怒ると、妙な迫力があった。
「申しわけございません!」
神殿騎士で警備隊長をしている大柄のルドル・バッハが深々と頭を下げた。
王都のロックスフォール屋敷の警備は、このルドルさんがしている。
いつものシュザンナ隊長は護衛隊長なので、屋敷の警備については手出ししていないのだ。
「トーマ様。申しわけございません。こんなことが二度とないように、警備を厳重にいたします」
「いや、厳重にされると息が詰まるので……」
「こればかりはお許しください。トーマ様のお命を狙う者がいると分かった以上は、警備の人員を増やさなければいけません!」
ダルデール卿の鼻息が荒い。引き下がりそうにないな、こりゃ。
「しかし、誰が俺を狙ったのでしょうか?」
「今の時期に最も可能性があるのは、ファイアット子爵に絡んだことでしょうか。決めつけはいけませんが、神殿でしっかり捜査をします」
「神殿が捜査をするのですか?」
「ロックスフォール家の屋敷に関しては、神殿が責任を負っております。ここに賊が入ったのですから、神殿が捜査をする権利を有します」
そうなんだ。へー。
俺はこの時、ベルグは口を割らないだろうと思っていた……。
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